表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/26

父の楽譜と 恋するトランペット奏者 8

  そうこうするうちに、演奏会の日を迎えた。



  父から譲り受けた 《紺の衣装》をまとい、すっかり正装した ルシフェルは、舞台裏に 集合していた。


  音楽科の所有する、演奏可能な ホールは、全部で五つある。

  その中の 一番小さな、小ホール・二。

  申請さえあれば、生徒主催で 演奏会を開くことが可能だというが、誰もが簡単に、許可されるわけではないらしい。


  それなりの実績と、実力。

  ホールの管理を 一任されている教師が 認めなければ、今回のことは 開催不可能だったのだ。


「先輩方…… 本当に、ありがとうございます」


  カイル・ソルファン・トーニャの 三人だからこそ、申請が通ったといっても過言ではない。

  教師に 一目置かれる存在と、ともに 演奏できるなんて。

「あぁぁ~ …… 幸せだなぁ」

「おまえ、少しは 警戒しろよ?」


  思わず、ふわーっと 夢見心地になってしまったところに、ナギが 忠告する。

  いつ、どのあたりで、何が起こるかわからないのだ。


「とりあえず、照明が落ちるとか、緞帳が落下するとか …… 上からの危険はないと確認したけど、演奏中なんて、ほとんど 無防備なんだからな?」

「はーい ……」

「本当に 大丈夫なのかよ?」

「ナギくんは、ずいぶんと心配性なんだねぇ」


  後ろでは、トーニャが くすくすと笑っている。


「球技大会の時も、裏では けっこうありましたんで」

「え、そうなの!?」

  そんなことは、ルシフェルは 初耳だ。


「打ち身くらいで済んで、御の字というわけか…… 天使ちゃん、本当に、もう痛くないの?」

「あ、それは全然 ヘーキです。 このとおり、ピンピンしてます」


  今回は 弾く出番がない カイルは、客席で鑑賞することになっている。

  演奏会を開くために 手伝いを頼んだ生徒が、時間だと 声をかけてきた。


「じゃあ、トーニャ。 お先に」

  人前に出ると 緊張する…… と騒いでいたはずの ソルファンも、きりっと顔が引き締まった。


  さすがは、音楽科。

  その 意識の高さには、感心するしかない。

「行ってらっしゃい、ソルファン。 途中で 転ばないようにね~」

「う、うるさいな!」


  かつて、実技の 定期試験の際、ソルファンが顔から転んだ話は、有名だった。

「い、行くよ、天使ちゃん!」

「了解です!」


  まるで、戦争へ向かう兵士たちの曲でも 吹くかのような 形相に、トーニャは ひとり、呆れた。


「今から吹くのは、恋する乙女へと向けた、甘~いうた なんだけどねぇ」

  所詮、まともな 初恋はまだの ソルファンと、まだまだ お子様のルシフェルの組み合わせでは、無理なのかもしれない。


「せっかくの 《曲》が、死んでしまわなければいいけどねぇ……」


  トーニャの心配をよそに、お辞儀を終えた二人は、演奏を 開始する。


※ ※ ※


「なんだ …… これ」

「今まで、聴いたことがないな」

「おい、あれは本当に …… ソルファンなのか?」



  会場が、ざわつきだす。


  《恋するトランペット》

  偶然、街角で見かけた、名前も知らぬ君。

  貧しい 僕には、どうしたって 声をかけることなど 許されない。


  相手は、貴族のお嬢様。

  こちらは、平民。

  

  忘れようとすれば するほど、彼女の 姿が、頭から離れない。

  一度でいいから、僕を見てほしい。

  一度でいいから、その 愛らしい声で、名を呼んでほしい。


  叶わぬ恋に 苦しみながら、僕にできることは、この思いを トランペットで吹くことだけ。

  どうか、空よ。

  繋がっているのなら、この音を、彼女に届けてほしい。


  何も、望まない。

  今は ただ、それだけで、いい。



「うっ …… 不覚にも、涙が出てくるぞ」

「ああ …… トランペットにも、あそこまで音が出せるなんてな……」


  普段、音色には 特に厳しい 弦楽器の生徒も、ソルファンの演奏を バカにはできなかった。


  お調子者で おっちょこちょいではあるが、音楽に対する情熱は、熱いものを持っている。

  何よりも、音楽が好き。

  そして、誰かと 演奏することが好き。


  そんな ソルファンの 《想い》を、ルシフェルの伴奏が さらに《後押し》し、加速させていたのだ。



  ―――― やっぱり、すごいなぁ …… 天使ちゃんは。


  高揚する気分の中で、ソルファンは、背後に広がる ピアノの音に 酔いしれた。

  父ロイドが作ったという 最高級の曲に、ピッタリな 伴奏。

  音楽が好きという 気持ちと、曲の 恋する気持ちが、混ざり合って 融合し、会場内を包み込む。


  最後の 一音まで吹ききったとき、ソルファンは、自分が 《新しい世界》の領域に たどり着いたことを 感じ取っていた。


「ブラボー!」

「よかったよ、ソルファン!」

「トランペットが、こんなに響くなんて!」

「いい曲だっ!」


  興奮で 熱くなる観客に挨拶をして、ソルファンと ルシフェルは 舞台裏へと下がる。



「さて、じゃあ 次は、僕のチェロを どうぞ」


  退場したソルファンと入れ替わり、今度は トーニャが、舞台に立つ番だった。


※ ※ ※


  身長が あまり高くはないトーニャには、チェロという楽器は 似合わないと思われることが多かったのだが。

  一般常識を 覆すほどの、力強くて、深い音色が、会場を埋め尽くしていく。



「!」

「これは ……」


  練習室で、何やら 極秘に練習しているという 噂は、音楽科に すぐに広まった。

  まして、話題の 《金髪天使》が 伴奏をつとめるとあっては、その威力は 何倍にも増す。



  《いとしい人》

  その視線には、すぐに 気が付いた。

  町へと出かけるたびに、見つめてくる、素敵な 男性。


  実は お嬢様も、青年に対して 恋心を抱いていたのだ。


  身なりを見れば、結ばれないことは わかっている。

  それでも、会いたい。


  少しでも、可愛いと思ってほしくて、出かけるときは 精一杯 オシャレをした。

  町はずれの森で、トランペットを 練習していることを 知ってからは、こっそりと 覗きに行った。


  何かを 欲するように、甘く うたう 音色は、なんて 心を揺さぶるのだろう。

  あの 音が、私を 想って吹いていたなら、どんなに 幸せか。

  もっと、近くで 聴きたい。 もっと、近くに いたい。


  できるなら、その 甘い声で、私の名を呼んでくれないだろうか。

  その たくましい腕で、抱きしめては くれないだろうか。


  願ってはいけない ことを、胸に秘めたまま、いつも 一日が終わってしまう。

  風よ、あの人に 繋がっているなら、どうか この想いだけでも、届けてほしい。


  今だけ、私は、ただの乙女になるの。

  あなたに 恋する、ただの 乙女 ――――。



  どちらかといえば、高音の美しい ヴァイオリンで演奏した方が しっくりくるような、そんな曲調だというのに。

  トーニャの 演奏は、そんなことを感じさせなかった。

  低音から高音までを駆使して、青年と乙女の様子が、舞台の上に浮かび上がるようだったのだ。


  そして、観客の耳を釘付けにする トーニャの演奏は、それに対抗して 奏で続けた 《伴奏のチカラ》が あってこそだということに、誰もが気付いていた。


「ブ、ブラボー!」

「素晴らしい演奏だった!」

「すごいよ、トーニャくん!」  

「天使くんも、よかったよ!」


  ソルファンに 引き続き、会場は 大盛況。

  観に来た生徒は 立ち上がり、演奏者へと 惜しみない 拍手を送る。


「…… これをもちまして、演奏会を終了させて頂く予定でしたが」

  鳴りやまぬ 拍手の中に、司会役の生徒の声が 響く。


「急遽、予定を 変更いたしまして …… もう一曲、皆様に お届けいたします」

「なんだ?」

「もう一曲?」

「今度は、誰だ?」


  舞台裏で 終わったことにホッとしていた 先輩二人は、ルシフェルの 固い表情に、驚く。

「え、まさか 天使ちゃん?」

「黙っていて、ごめんなさい…… でも、これは 一種のカケなんで」


  禁断の曲を披露することで、何かが 起きるのか。


「最後は、皆様、 《温かい目》で 見守っていただけると、幸いです」


  素晴らしい 音楽科の生徒の演奏の後では、どうしたって 劣るのは わかりきっているから。

  せめて、自分が伝えたいこと ――― 表現したいことだけでも 届けと、密かに願う。  


「演奏者を ご紹介しましょう。 先ほどまでは伴奏をつとめた、金髪の 《天使》 ―――― ご存知の方も多いですね? …… 普通科 一年の、ルシフェル・ターナーくんです!」



  その日、一番の熱気に 会場は包まれた。

  誰かの 伴奏でもなく、難解な 《仮面舞踏会》でもなく。


  父が作曲した曲の、正当な 《継承者》としての、演奏の披露。


「父さん、ごめん」

  父の意志には 反することになるが、止められない。

  だって、知りたいのだ。

  どうして、隠さなければならないのか。

  どうして、父の存在が、闇に埋もれていくのか。


「ボクの父さんは …… そんな、軽い存在じゃないんだから」

  誰かの 《企み》ごときで、音楽を愛する心まで、踏みつぶされるわけにはいかない。


  ――― 来たれ、音楽の神・オルディーヌ!



  ルシフェルは 全身全霊をかけて、曲を 弾き始めた。

  間違いなど 気にする余裕などなく、ただ ひたすら、がむしゃらに鍵盤を叩く。


  音楽が好き。 父が好き。

  笑顔しか見せなかった 母の歌声が、どこかで 聞こえてくるような錯覚さえある。


  『私たちの、可愛い 天使。 どうか、人を愛する心を、忘れないでね』


  想いは、きっと、空に届くから ――― 母の口癖は、今も耳に残っていた。

  好きという 感情は、ときに 何よりも 強くなる。



「なんだ…… この曲は」

「神秘的な、音使いに……」

「うねるような、隠れた音もある……」

「これは …… 本当に、この間 《仮面舞踏会》を弾いていた、あの ターナー君なのか?」

「あまりにも ……」

「雰囲気が、違いすぎる……」


  《カヤの森》とは、気高く 美しい 《精霊の森》という意味があった。

  ヨシュアが 定期試験で表現した、教会の、静かで荘厳な空気とも 異なる ――― 不思議な世界。



  《カヤの森》

  人を拒み、人の住む里から 離れて暮らしているとされる、精霊たち。

  けれど、それは 人間たちが 勝手に作りだした、誤解にすぎなくて。


  いつだって、人を愛し、その行く末を 心配している精霊たちのことなど、誰も気付こうとしない。

  それでも、いい。

  愛しているのは、真実だから。

  届かなくても。 受け入れられなくても。


  どうか、人の子たちよ。

  目に見えるモノ ばかりを追いかけて、道を見失わないで。


※ ※ ※


  長いようで、あっという間の 一日だった。


  最後を締めくくった ルシフェルは、まるで 《神》が降臨したような、そんな 神々しい光を纏っていて。


「…… すごかったなぁ……」


  下校時間だというのに、ソルファンは 中庭のベンチから、動けずにいた。


  細かいことをいえば、ミスが 無かったわけではない。

  けれど、ミスなんて帳消しにするどころか、それを補って、なお 余りある ――― あの、形容しがたい《迫力》。


「天使ちゃん…… 本当に、普通科?」


  音楽の神・オルディーヌは、そうそう簡単には、降臨してくれない。

  どんなに、音楽を愛していても。

  想いが強いだけでは、神は 認めてくれないのだ。


  天使のような 愛くるしい外見をしていながら、いざ ピアノに向かうと豹変する、不思議な後輩。



「…… ソルファン? まだ、帰らないの?」

  カギ当番の 教師陣しか残っていない、ひっそりとした場に、トーニャが現れる。


「なんだよ、トーニャこそ……」

「ふふふ~、さては、今日の演奏会のことを 振り返って、興奮してたのかな?」

「興奮って…… いや、まあ。 間違ってはいないけど……」


  もし、伴奏者が、ルシフェルではなかったら。

  あんな風に、自分は 演奏できていただろうか。

「トーニャだって、感じただろ?」

「あー …… 確かに、オルディーヌ神が 来たかと思ったね~ アレは。 あんなに 《引っ張られた》ことは、今まで無かったよね」


  あの、小さな体のどこに、あんな チカラが出せるのだろう。


  好き。 好き。 好き。

  全身で そう訴えてくる姿に、逆らうことは難しくて。


  ルシフェルの 《熱》にヤラレたように、終わった後も、顔が火照ったまま 治らないではないか。


「…… やっぱり俺、興奮してるんだな」

「んー …… どうかな。 僕は 違う気もするな~」

「違うって、じゃあ 何だよ?」

「えー …… 知りたい? 知らない方が、いいと思うけどね?」

「そこまで 話を出しといて、それはないだろ!」


  掴みかかろうとすれば、トーニャは ひらりと逃れてしまう。

  重いチェロケースを 担いでいるくせに、なんて 軽い身のこなしなんだ。


「おい、トーニャってば! 教えろってば!」

「えー …… 本当に、いいの? 後悔しても 知らないよ~?」


  意味ありげに 美しい笑みで振り返ったトーニャは、この日 一番の 《爆弾》を投下してきた。


「天使ちゃんのことが、気になるんでしょ? 気になって、顔が 火照って、落ち着かない。 それってさ~」

「うん?」


  ――――― 《恋》をしたってこと、なんじゃない?



「…… えっ ……」



  ええぇぇぇぇぇ、と。

  トランペットの音よりも 大音量の ソルファンの声が響き渡ったのは、いうまでもない。

 これで、トランペットの話は 終了です。

 次回からは、また 違う楽器をタイトルにしたストーリーに入っていきます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ