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父の楽譜と 恋するトランペット奏者 7

  結局、バスケットと 野球の二種目を 一年六組が 制し、波乱の球技大会は 幕を閉じた。


  一年生が 優勝したのは、なんと 七年ぶりだというから、たいへんな快挙である。


  その 立役者である 《行動派》のナギと、監督として 采配をふるった 《知性派》のケイトは、涼しい顔をしたものだ。



「それにしても …… ほんとーに、打ち身以外 なんともないのか?」

「けっこう 派手にぶつかってたのにさー」


  あれから、ルシフェルは クラスメイトに囲まれたまま、身動きが取れない生活を送っていた。

  どこへ行くにも、誰かが ついてくる。

  トイレに行きたくても、体育の授業で 着替えをしたくても、なかなか 解放してもらえない。


「いいことじゃないの? 君は どうやら…… 誰かさんに、狙われているみたいだし?」


  ルシフェルと対戦した 五年生の生徒たちは、あの日をさかいに 《退学》したという。

  もちろん、情報を仕入れてきたのは、クラス一の 情報屋・フランクだ。


  金持ちばかりが集まる アスタルテだが、その 退学した生徒たちは、最近 家の資金繰りが苦しくなり、立派な家を売るかどうかという、切羽詰まった状態であったらしい。


「金に困ったうえでの、犯行だろうね」

「誰かに …… 脅されて、仕方なく ボクに怪我をさせようと?」

「それだけ、お前が 企画している 《演奏会》というものが、誰かにとっちゃ 《ヤバイ展開》になるんだろうな」

「うーん ……」


  ますます、ナゾが 深まるだけだ。

  父の作った曲を 演奏することが、いったい 何の 《不利益》があるのだろう。


  人前で弾くことと、楽譜を 残すことを、拒んでいた 父。

  いったい、何を 恐れていたのだろう。


「とりあえず、どこの誰だか 知らないが、連中が 《本気》だったのは 間違えないな」

「…… 連中? 黒幕は、一人じゃないってこと?」

「だって そうだろ? 楽譜を消したり、親父さんの 記録を消したり…… それは 音楽科で起こってる。 でも、今回の 球技大会は 普通科だろ? 審判のことといい …… 普通科で、誰か 《協力者》がいなけりゃ 成り立たないことじゃないのか?」

「なるほど ……」


  思わず、ナギの推測に 感心していたルシフェルは、デコピンを くらう。

「いてっ」

「感心している場合か? 狙われているのは、お前なんだぞ?」

「いや~ …… そうなんだけどさー」


  今のところ、演奏会に 関わることになった 音楽科の先輩 ――― カイル・ソルファン・トーニャの 三人には、これといって 《被害》が出ていないという。

  それだけで、ルシフェルは よかった。


「人前で 演奏することと、楽譜のことと…… どっちが、一番 《重要》なんだろう?」

「普通に 考えれば、楽譜の方だろうね」

「古代の 絵物語でない限り、たかが 演奏したくらいで、世界に何かが起こるとは 考えにくいしな」

「…… そっかぁ」


  言われてみれば、その通りだ。

  それならば なおのこと、演奏会を 邪魔される意味が わからない。


「演奏会をする。 そして、その披露された 曲が、人々の関心を引く。 すると …… どうなると思う?」


  ケイトの質問に、ルシフェルは 想像力を働かせる。

  もし 自分が、今回の演奏会を、聴きに行く立場だったならば。


「すっごいなぁ …… あの曲、何かな~ って知りたくなって …… あ、そうか!」

「楽譜は無いのかと、知りたくなると思わないか?」

「なる、なる!」

  音楽に携わり、楽器に触れたことがある者なら、誰だって 知りたくなるだろう。


「その楽譜の作者は 誰なのか。 いつ、どこで、作られた曲なのか。 原本は、どこにあるのか」

「それから、《販売》はしているのか …… ってことか? なーるほど。 校内で 調べだす生徒が わんさかと増えるわな、そりゃ」


  ここまでくると、もう間違えない。

  父の書いた楽譜を、世に出すことを 恐れる連中が、いるということだ。


「さて …… わかったところで、ここからが問題だよ、ルシフェル。 君は ――――― どうしたい?」

「え?」


  ケイトの瞳が、キラリと 光る。

「君は 最終的に、何を 望む? 危険なことが わかった以上、ここから 《先》に進むのに、ただの 《興味本位》ってだけじゃ済まなくなる」

「それは……」


  つまり、ただの 演奏会で 終わらせるのか。

  それとも。

「書いた楽譜を、世に 発表するのか …… ってことか」

「発表の仕方にも、様々あるね。 校内での 公開に留めるのか、それとも 対外的に、出版社などでの 販売という手法をとるのか……」

「あー ………」


  ナギと ケイトの言葉に、ルシフェルは 微妙な顔をした。

  焦ったような、困ったような表情を見て、男ふたりは すぐに気が付く。

「おまえ、まさか ……」

「ルシフェル、君って人は……」

「あっはははー、えーと ……」


  そこまで深くは考えずに、ルシフェルは 次の行動を 起こした後だった。


「まさか、もう、出版社に 売り込みに行ったのか!?」

「いや~ 、その、なんというかねー」


  カイルに 楽譜を書いてもらった その直後、町の 楽譜出版社に、すでに ルシフェルは 交渉をしに行っていたのである。


「何も考えずに、何で そんな、軽率な行動を?」

  じろりと 静かなる口調のケイトが、正直 怖い。


「だってさー …… 父さんの名で 楽譜を売るってウワサが出回れば、誰かが 動くんじゃないかと思ってさー」

「…… はぁ」

「なんてことを ……」


  一応、安全を配慮して、楽譜は 一枚きりだということにしておいた。

  そして、その楽譜は 学院内の どこかに隠してあると、説明した。


  演奏をする 先輩三人には、楽譜は無しで 暗譜してもらっっている。

  誰の手元にも、楽譜は無い。


  曲を知りたければ、演奏者を襲って 聞き出すか、隠してあるという 楽譜を探すかの、どちらかだと思っていたのだが。

  予想に反し、相手に 動きは無かった。

  球技大会で 襲われたのは、ルシフェル 一人。


  なんとなく、納得がいかない。

「おまえは、無茶がすぎるぞ?」

「だってさー」


  退学していった生徒のことを考えると、確かに 迂闊だったかもしれない。

  報酬の金を手にできなかったことで 退学していったのか、口封じとして 消されたのかは、不明なのだ。

  だからといって、ヤラレるまで 黙って待っているほど、こちらは おとなしくはない。


「他の誰のところでもなく、ボクのところに来ればいいんだよ」

 

  幼かった弟や 妹は、知らないことが多い。

  父の 曲、すべてを知っているのは、世界に ただ一人、ルシフェルだけなのだから。


  怖さもあるが、今や 怒りの方が 勝っていた。


  出版社に行ったことで わかったのは、もし ロイド・ターナー 《直筆の楽譜》であれば、相当な値がつくということだった。


  貧しい奨学生から、学院のトップまで上り詰め、その才能を 世に出す前に、なぜか 《商業》の舞台から遠のいてしまった父。

  無料の演奏会や、各地への 慰問演奏、そして 若手の育成指導に のめりこんだ、伝説の 《音楽家》。


  在学中から、楽譜を 出版したいと 出版社が こぞって 父のもとを押しかけたというが、父は 首を縦には振らなかったという。

  楽譜を 世に出すつもりはない ――― その一点張りで、もし 楽譜を売り出していれば、父は 一生を遊んで暮らせるほどの 《大金》を手にしていたに違いない。


  卒業後、すぐに結婚し、長女のルシフェルが生まれた。

  子供や 妻のことを考えれば、お金を稼げる方へと 思いは傾いたはず …… それでも、頑なに 否定したのは、それだけの 《理由》があったわけで。


  しかし、それならば、ルシフェルに 教えるべきではなかったのだ。

  言い出したら きかない、両親の 《音楽好き》の魂を受け継いだ娘。


「ボクに教えたのは、父さんと 母さんだもん。 あんな家で育ったのに、止められるわけないじゃないか」

「…… ルシフェル ……」


  《恋するトランペット》は、序章にすぎない。

  なんせ、父という人物は、数えきれないほどの曲を、作りだしているのだから。


「…… 実はね、今度の演奏会は、二曲だけじゃないんだ」

「…… は!?」

「君は いったい、何を 企んでいるの?」


  二曲 が終わった後。

  ルシフェルは、ある ピアノ曲を 追加で演奏しようと 計画していたのだ。


  トランペット曲・恋するトランペット。

  チェロ曲・いとしい人。

  そして、ピアノ曲《カヤの森》。


  ルシフェルの 推理が正しければ、父が 隠し続けた 曲の中でも 危険度が高い、《ヒミツ曲》のはず。

「多分だけどね…… カヤの森は、在学中じゃない。 卒業後、ボクが生まれてから作ったんじゃないかと思う」

  曲の 雰囲気が、古いモノとは 違うのだ。


  在学中のものでもない、人前で 披露されていない、《禁断の曲》の ひとつ。

  この曲に 関しては、楽譜には しなかった。

  書き取ったカイルに 危険が及ばないように、演奏することも 皆には伏せてある。


「まぁ …… 無事に成功するように、祈っててよ」


  卒業するまでは、目立たないように、おとなしく過ごすつもりだったのに。

  チェ・ヨンハに 出会ったことなんて、きっかけの ひとつに過ぎない。

  結局は。


「どんなになっても …… ボクは、音楽からは 逃れられないんだ」


  息をして、生活する以上、音楽を 捨てることなんてできない。

  それなら それで、腹をくくって 関わっていくしかないだろう。

  父の 謎を解くこと 以外に、演奏することに対して 《喜んでいる自分》を、隠すことはできないのだから。


「…… 当日まで、絶対に 一人にはなるなよ? 当日は、俺が 舞台裏に 待機するから」

  演奏中に、何かが起こっても、すぐに 助けに動けるように。


「僕は、消えた学生たちのことを、もう少し 探ってみるよ。 知り合いに 《調査官》もいるし、何かわかるかもしれない」

  調査官と知り合いなんて、ケイトは いったい 何者なのか。

  学生で、医術に詳しくて …… 不思議な男ではある。


「はい、諸君。 楽しみな 数学の時間だぞ、着席したまえ」



  数学教師が 来たことにより、この話は 終了となった。


※ ※ ※


  誰にも 見つからない早業で、音楽科の校舎に滑り込んだ チェ・ヨンハは、目の前に突き出された 《石版》に、唖然とした。


  『声を出さずに、筆談で』


  その 独特な文字を見れば、書き手が誰なのか、ヨンハには すぐにわかった。


  角に 身を隠し、腕だけを出して 石版を突き付けてくる、後輩 ――― 黒い袖の制服というだけで、普通科の生徒だと バレバレではないか。

  『どうしたの、お姫様?』


  笑いをこらえつつ、言われた通りに 答えを返すと、相手 …… ルシフェルは、いきなり ど真ん中を 突いてきた。


  『先輩が 父さんの楽譜について 調べているのは、わかってるんだからね』


  稀代の 天才・音楽家として、華々しく 世界で活躍するはずの、ヨンハが。

  素性を隠し、こんな 《普通科》に在籍していることが、前から おかしいと思っていた。


  先日、偶然 音楽科の校舎に 入っていくところを見かけてから、実は 何度も 音楽科を往復していることを、ルシフェルは知っている。

  ヘラヘラと笑い、遊び人のようなフリをして、普通科にも 音楽科にも、《遊び仲間》を多く作っていたのは、それこそ 《目くらまし》に過ぎない。


  音楽科に いることを見つかった時に、何とでも 《言い訳》ができるように ――― そのための、演技。

  すべては、ロイド・ターナーのことを、調べるために。



  観念した ヨンハは、やれやれと 肩をすくめた。

  ルシフェルの、前置きの無い 直球な部分は、母親のサラに似てしまったらしい。

  『仰る通りだよ、お姫様』


  ルシフェルたちが通っていた 音楽塾の師匠よりも、ヨンハは 誰よりも 父に憧れていた。

  二人の死について 《疑問》がある限り、音楽の道を このまま進むことなんて できなかったのだ。


  『真相を暴いて、ロイド先生の 無念を晴らす …… そうでないと、僕は、前には進めなくてね』

  『先輩は、どこまで 楽譜のナゾを知ってるの?』



  真正面から 問うてくる 可愛い後輩の腕を、ヨンハは ぐいっと 引っ張った。

「!」

「しー …… 静かにしないと、誰かに 見つかるよ、ルル?」


  ルシフェルの体を 腕の中に抱き留めて、そのまま器用に、空き教室へと 入り込む。


「黙っていたからといって、君が 安全とは限らないってことは、球技大会で よくわかったよ」


  憧れの人の、 《すべて》を継いだ 娘。

  できることなら、何も知らせずに、解決したかったけれど。


「ボクは、ロイド・ターナーと、サラの 子供だよ? 黙って見ていられるわけがないでしょ?」

  口よりも先に、行動する。

  それは 付き合いの長い ヨンハが、よく知っていること。


「そうだね。 じゃあ、仕方がないな ―――――」




  ヨンハは、これまでに集めた情報と、わかっているだけの ことを、ルシフェルに 話し始めたのである。

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