表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/26

父の楽譜と 恋するトランペット奏者 6

  楽譜に関することで 頭をいっぱいにしているうちに。


  アスタルテ学院・普通科、春の名物行事 ――― 球技大会の日が やってきてしまった。


  種目は、サッカー・バレーボール・バスケットボール・テニス・野球の 五種目であり。

  怪我人 以外は、必ず ひとり 一種目は参加が義務付けられている。


  体格差では、どの競技も かなりのハンデがある ルシフェルだが、遠くからのシュートの成功率が ずば抜けて高いことを理由に、バスケットへ 選手登録がしてあった。


  接触プレイが多いバスケットでも、できるだけ 隅っこで待機して、チャンスがあれば 遠くからシュート …… というのが、一年六組の作戦である。


  うかつに コートの中央に出て、ガタイの大きい男に 吹っ飛ばされでもしたら、大ケガになりかねない。

  天使さま贔屓の 六組メンバーが、そんなことを許すはずもなく。

  ルシフェルは、基本的に 《補欠》扱いにして、規則上、試合中に ちょびっとだけ 出場…… というのが、一番のベストだった。


※ ※ ※


  さて、一年から 六年までの 学年が存在する 高等部・普通科は、すべての学級を合計すると、全部で 三十クラスにもなる。


  三十クラスが、学年の垣根を越えて、それぞれの種目別に、トーナメント方式で 対戦する。


  生徒の 大半が、お坊ちゃまで構成されている アスタルテとはいえ、十代から 二十代の男たちが、一堂に会するのだから。

  おしとやかに、終わるわけがなく。


  試合中は、どの競技も、まさに 《戦場》と化す。



「うっわぁ………」

  高等部から入学した ルシフェルにとっては、これが 初めての球技大会だった。


  お昼時間の、ランチ争奪戦という 《静かな戦い》しか目にしたことがなかったから、目の前の 迫力に、しばし 言葉を忘れて ぽかんとしてしまう。


「心配すんなよ、ルシフェル。 補欠なんだから、ほとんど 試合に出ることはないって!」

「あー …… そうなんだよね」

「だって、あの中に入って、無事に帰ってこられると 思うか?」

「いや、思わない……」


  性別を 偽り、酒場の給仕のアルバイトをしているせいか、深夜の時間帯には、酒癖の悪い客が 店内で大暴れするところは、よく見る。

  イスは投げるわ、テーブルは ひっくり返すわ、タルが飛んでくることも、珍しくはない。


  ただ、そんな時は 《黒服》という おにーさんに任せて、ルシフェルは カウンターの下に隠れているだけでよかった。

  わざわざ、止められる 腕力もないのに 飛び出せなんて、店のマスターは言わない。


  体育館で 行われている バスケットの競技は、その 荒れた酒場の 店内と同じように、かなりの危険が伴う場所だと いえた。

  数日後には、小ホールでの 演奏会が待っている。

  今、たかが 球技大会で、自分が ケガをするわけには いかない。


「応援してるから、みんな 頑張ってきてねー!」

「おう!」

「死なない程度に、参加してくるわ」

「…… 約束の、ポンポンは?」

「約束した覚えは ないだろー!!」



  いつもの ノリのクラスメイトを、コートの外から 送り出す。

  参加というよりも、半分以上は 《観戦者》として、球技大会を 楽しむつもりだったのだが ―――。


  予想に反し、並み居る 強豪クラスを撃破して、どの 種目も、一年六組は 順調に勝ち進んできていたのである。


※ ※ ※


  一年六組の中で、唯一 《全種目・出場 》を定められた、ナギの活躍は いうまでもないが。


「なんだよ、みんな、すごい 頑張ってるんじゃないかよー」


  今、試合中の バレーボールは、接戦だが すでに 相手にマッチポイントを取られて、負けが決まりそうだ。

  準々決勝で、敗退。

  一年生ということを考えれば、健闘した方だろう。


「おい、ちょっと、サッカーは、まだ 試合終わらないのかよ~?」

「ダメダメ。 六年相手に 戦ってる最中だ」

「テニスの 次の試合、もう 始まるってよ!」

「無理だろ、勝ち残ってるの、今 サッカーに出場中の ナギだけだもん」

「サッカーの試合、誰か 交代 いないのかよ?」

「…… 負傷者出て 《補欠》が交代しちゃったから、もう 誰もいねーだろ」

「げ~ …… せっかく 勝ち進んだのに、ナギが出れなきゃ、相手に 《不戦勝》をくれてやるってことかよ?」


  トーナメント方式のため、早々に 負けてしまった生徒たちは、その後 恐ろしいほどのヒマができるのだが、一年六組の場合は、嬉しい 悲鳴を上げていた。

  勝ちすぎて、次の試合に 出る人が、準備できていないのである。


「…… 残念だが、仕方ないね」


  野球の、選手 兼 監督をしていたケイトが、戻ってきた。

「ケイト、野球は どうなった?」

「愚問だね …… 僕が 監督をしていて、負けるはずがないだろう」

「そうですかー ……」


  選手の 力量ではなく、監督の采配が 勝敗を分けるというのが、ケイトの持論らしいが。

  そんなことは、実際に あるのだろうか。


「せっかく勝ち進んだ 競技だけど、このあたりで 《絞る》しか ないようだね」

「絞る? どうするの?」

「今の 状況から見て、サッカーは 勝てる。だが、テニスの次の試合は 勝つ見込みが無い」

「じゃあ、テニスは 捨てる?」

「残念だけど …… 参加人数の多い サッカーを 《ないがしろ》にすると、クラスの不満も出てくるだろうしね」

「ふーん」


  ケイトは すぐに、サッカーのメンバーたちに、何かを伝えに行ってしまった。

  おおかた、この試合は 全力で勝て…… とか、発破をかけているのだろう。

「それにしても …… ナギ、本当に 大丈夫かな?」


  いくら スポーツが得意だとしても、体力には 限界がある。

  五種目 すべてを、順番に 出場し続けている彼の体力は、さすがに あまり残ってはいないだろう。


  確か、今の サッカーのあとは、バスケットに出る予定だ。

  あれだけ 広いグラウンドを 走り続けたあとで、バスケットなど できるのだろうか。

「…… 無理じゃないの?」

「ルシフェルー、そろそろ 俺たちの試合、始まるって~」

「集合だってさ~」

「とりあえず、ナギが 来てくれるまでは、俺たちだけで なんとかしようぜ~」

「うぃーっす」


  勝ち進んでいた バスケットも、次は 準決勝戦だ。

  ルシフェルにだって、そろそろ 参加する番が 回ってくるだろう。

「はいよー」


  覚悟をしつつ、ルシフェルは 体育館用のシューズを抱えて、バスケットのコート前に急いだ。


※ ※ ※


  相手は、五年生。

  全員が、二十歳前後だと 思われる。


  それに対して、一年六組は、十五歳から 十六歳 …… ハンデは大きい。


  これまでの予選では 縮小されていた 試合時間も、準決勝からは 正規の時間へと 変わる。

  一年生は まだ 身体も成長途中であり、体力面で考えても 及ばないのが現状だ。


「それにしたって…… これは、ちょっと、酷くない?」


  明らかに、故意だとわかる、反則があるのに。

  審判役の 生徒が、笛を 吹かない。 試合が そのまま 続行してしまう。


「ここにきて、一年生 イビリかよ!? 卑怯だぞ、先輩のクセしてー!」

「ちょっと ルシフェル、相手は 五年生だから、落ち着いて!」


  これが、落ち着いていられるかって!

「点差は 開いていくし、みんなは ケガしているし…… ナギが来る前に、このままじゃ 負けちゃうよ?」

  実力で 負けるのなら、仕方がない。

  けれど、相手は どうみても、それだけではない方法で、点を稼いでいるではないか。

  こんな 負け方なんて ……


「みんなが許したって、ボクは 許さないぞ!」


  制止する メンバーを振り切って、ルシフェルは、交代の 手を挙げた。

「ル、ルシフェル!?」

「ばっか、やめとけって!」

「ケガするだけだって!」

「…… みんなの方が、もう ケガしてるじゃないかー」


  足を引っ掛けられたり、肘で 殴られたり、ディフェンスすると見せかけての 体当たりなんて、黙って見ていられない。

  この試合、どうせ 負けるとしても。

「…… ボクに、全部 パスを回して。 ヤバかったら、返すけど…… 外から、打ってくから!」

「お、おい、ルシフェル~」

「うそだろー」

「…… あとで、ナギと ケイトに 殺されるぞ……」


  クラスメイトの 忠告も無視して、怒りのオーラを漂わせながら、ルシフェルは コートに立っていたのだ。


※ ※ ※


  言い出したら、きかない。

  ルシフェルの 一直線な性格は、こんなところでも いかんなく発揮される。


「おー …… これは可愛らしい、天使サマじゃないか」

「こんな危険な試合に、よく出てきたじゃないか」


  ぞろぞろと、ルシフェルの前に 集まりだす、体格のいい 上級生。

  その声の感じから、もしかしたら、ルシフェルを 試合に出させるために、わざと こうしたのでは ――― との 疑惑が持ち上がる。


  理由は、何?

  指示したのは、誰?


  ルシフェルを コートに立たせて、試合に かこつけて ケガをさせるのが目的だとしたら?


  だとしたら …… 黒幕は。

  ルシフェルが ケガをして、今度の演奏会が 中止になることを、願っている人物だ。

  それは、つまり。

  父ロイドの楽譜を 破り捨てたことと、関係しているということだ!

「ふっざけんなぁぁっ!」


  身長も 腕力も 敵わなくても。

  小さな体格と、酒場で培った 瞬発力とで、逃げ回ることなら 得意なのだ。


  ディフェンスや 高さのあるブロック、乱暴な パスカットを くぐり抜け、ルシフェルは 外からのロングシュートを、鮮やかに きめていった。


  開いていた点差も、みるみるうちに うまっていく。

  あと 一本。

  ロングシュートが 入れば、逆転か …… という場面まできたとき。

  それは、起こってしまった。


  ルシフェルに ボールが渡った瞬間に、相手チームのひとりが、体当たりを食らわしてきたのだ。

  誰が どう見ても、意味のない、ただの 体当たり。

  小さなルシフェルの体は、ボールを持ったまま コート外に 吹き飛ばされ ――――。


「ルシフェル!!」

「―――― フランク! 任せたっっ」

  コート外に設置された パイプイスに衝突する寸前、ルシフェルは 空中で 仲間に向かって パスを投げた。


  誰もが ルシフェルの行き先に 目を閉じかけた隙をついて、ボールを受け取った フランクは、きっちりと シュートをきめてくれる。

「ぎゃ、逆転!」

「一年六組、逆転!」

「ルシフェル!」

「誰か、救護係!」


  見物していた 生徒も、試合の終わった クラスメイトも、一斉に ルシフェルのもとへ 集まる。

「いっててて ……」

「ばか、頭打ってるかもしれないから、動くなよ!」

「あー …… 痛いけど、大丈夫。 とっさに 《受け身》を取ったから」


  派手な音を立てて パイプイスに突っ込んだのだが、思ったより 衝撃は 軽かった。

  伊達に、裏通りで 数々のアルバイトをしているわけではない。

  男として 生活している以上、多少の アブナイことくらいは 経験済みだ。


「打ち身だけだと思うから、心配しないで。 それより、ほら。 試合は まだ、終わっちゃいないでしょーが」

「―――― まったくだね」


  痛みも 忘れるような冷たい声が、頭上から 降り注ぐ。


「ケ、ケイト ………」

「補欠である君が、中心になって プレイして、なおかつ 相手の罠に まんまと引っかかるなんて……」

「えーと、これには ワケが ……」

「言い訳、無用!」

「ルシフェル …… あとは、俺に 任せろ」

「……… ナギ?」


  サッカーの試合を 終えたのか、ナギが バスケットの 《ゼッケン》をつけている。


「あれだけ走っておいて…… まだ試合、出るの?」

「お前が これだけ カラダ張って 点差を縮めたのに、何もしないなんて 《男》じゃないだろ?」

「まぁ ………」

「審判! ルシフェルと交代します!」


  ケイトは、救護箱から 湿布などを取り出しつつ、ナギの背中に向かって 声をかけた。


「―――― ナギ、遠慮しなくていいぞ?」

「もちろん…… そのつもり」


  ルシフェルには よくわからない、《男同士》の 《合図》を交し合って、ナギは コートを走り出していた。


「遠慮って …… 何?」



  ルシフェルの疑問をよそに。

  疲れているはずの ナギは、大活躍をして。


  バスケットの種目において、一年六組は、《優勝》を収めたのである。


※ ※ ※


「それで、首尾はどうなった? なにっ …… あの小僧は、たいした怪我をしていないだと!?」

「こんの …… 役立たずどもめ!」

「わかっているな …… 失敗したヤツには、しっかり 《口止め》をすると ――――」



  闇にまぎれて、中年の男たちが交わす 《暗い会話》を。


  気配を消した 《チェ・ヨンハ》が、一部始終を 聞いていたのである。  

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ