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父の楽譜と 恋するトランペット奏者 3

  『昼休みに、音楽科へおいでよ』



  ソルファンは 笑顔でそう言ってくれたが、そう簡単に 出入りできるわけがない。

  こちらは 普通科で、一年生で、今では 有名人になりつつあって……。

  これ以上、目立つ行動は 控えるべきなのだろう。


  ケイトに、忠告されたばかりなのだ。

  目立てば、その分 《正体がバレる》確率が上がる、と。

  ただでさえ、目立つ容姿をしているのだから、おとなしくしているように、と。

  そして、何か 変化があった時は、すぐに 報告するように―――。


「………… ケイトってば、いちいち 口うるさいんだからなー」

「何か 言ったかい? 誰のおかげで、今日の 《小テスト》が 無事に 《乗り切れた》と思っているの?」

「ケイト様のおかげです~。 おかげで、放課後の補習から免れました~ …… でもさ、教え方が 優しくないんだけど」

「なるほど、充分 優しく教えたつもりだけど、もっと厳しくした方がよさそうだね。 以後、検討しよう」

「うわっ、何でそうなるかな」


  昼食を終えて、昼休みの時間。

  それぞれ 好きな場所で 昼休みを過ごそうと、各自バラバラに散っていく。


「…… 君はどうするの?」

「ルシフェル~、鬼ごっこしよーぜ!」

「何で、この歳になって鬼ごっこなんだよー、ボクは中庭で 昼寝すんの!」

「たまには、図書室で 勉強でもしたらどうだい」

「どうぞケイト様、心ゆくまで お勉強してき下さいませ」


  遊びに誘ってくる クラスメイトと、図書室行きを勧めるケイトをかわして、ルシフェルは のんびりと中庭に向かった。

  授業の合間には、教室の机に突っ伏して、仮眠を取る。

  そして、少し時間が取れる昼休みには、こうして 中庭で昼寝するのが 日常になりつつあった。


  酒場の給仕のバイトの時は、帰宅時間が 深夜のこともある。


  眠る時間は、多ければ 多いほど良い。

  空腹と 睡眠不足は、何においても マイナスにしかならないのだから。


  いつもの、人がまばらな 端の方で、座れるベンチに陣取る。

  第五の月、メルフォル。

  春から夏に移りゆく途中の、すべての生命のパワーがみなぎる、新緑の時期。

  特に、この 首都シュメールという町の 気候は穏やかで、風も少なく 日中はポカポカだ。


  ルシフェルが、家族五人で住んでいたのは、シュメールの隣町・イクザルだ。

  両親が亡くなって、仕事をさがすために、幼い弟と妹の手を引いて 引っ越してきたのが、十三歳のとき…… あれから、もう三年が経つ。


  弟は 十四歳になり、体力もだいぶつき、少しずつ 学校に通えるのでは――― と、医師と相談するくらいまでになった。

  しかも勉強が得意で、仮に 入学するのなら、飛び級で 《高校から》というのが、ルシフェルの見解である。


  末っ子の ユフィは、美人で評判の母に 瓜二つで、将来が 今から楽しみな妹だ。

  若干 クールで冷めた言動をするが、根は 優しくて 甘えん坊なのは知っている。

  三才で両親を亡くしたため、ルシフェルのことは 《姉》というより 《母》のような存在なのだろう。

  なんだかんだいって、抱きしめて キスをしてあげることが、まだまだ必要な 年齢なのだ。



「…… あれ? ヨンハ先輩……?」

  ベンチに ぐたっと寝転びながら、愛しい 《家族》のことを考えていると。


  猫のような俊敏さで、人に気付かれないように、中庭を 突っ切っていく 《兄弟子》の姿が見えたのだ。


※ ※ ※


  ルシフェルは、五歳の時 とある《音楽塾》に通い始めた。



  生まれてから ずっと慣れ親しんできた、いわば 《遊び道具》のような存在の、ピアノ。

  父から 簡単に教わって、遊びながら弾いていたのだが、少し 《本格的》に習ってみたいと思い、父に相談したのだ。


  てっきり、父が 直々に教えてくれるものだと思ったのだが、意外にも、父は 《自分の師匠》をルシフェルに紹介してきたのだ。

  『お父さんの、お師匠様だよ』――― そう言われて会った 《お師匠様》という人は、頑固なじーさんで、いわゆる 変わり者だったのだが。


  立派なピアニストである父が、師匠と仰ぐだけあって…… 教わることは すべてが新鮮で、おもしろくて、ルシフェルは 毎日楽しく 音楽塾に通いだしたのである。


  そして、その音楽塾で 出会ったのは、ルシフェルと同じくらい 音楽が好きで、音楽を追求したいと考えている、幼い演奏者の卵たち ――― その中に、あの 《チェ・ヨンハ》がいたのだ。


  ヨンハは、その中でも群を抜いて、特別な存在だった。

  音楽の神・オルディーヌの再来と称され、町の 小さな音楽塾ではなく、正式な 《国立音楽学校》への入学の話が、いくつもあったほどだ。

  誰もが ヨンハに憧れ、彼に追い付きたいと 練習に励んでいたのを、ルシフェルは ずっと見てきている。


  一番 年下で、教会の壁画に描かれているような、可愛らしい 《天使》。

  しかし、ピアノに触れれば 年齢を忘れさせるような 《大胆な音楽》を奏でる姿は、ルシフェルが ただの天使ではないことを物語っていたといえる。


  そして、付いたあだ名は、《常勝ピアニスト》。


  ルシフェルは、昔から 単独で弾くことよりも、合奏や伴奏など、誰かと演奏した方が、その 《威力》は増すと言われてきた。

  ルシフェルの音に 周囲が煽られ、通常ではできなかった演奏ができる――― つまり、《勝利を呼ぶ者》として、コンクールには ルシフェルと組むことが 《勝利の条件》とまでウワサされた程だ。


  けれど、特別に 技術があるわけではない。

  十二歳のとき、実は 進学で迷っていたくらいだ。

  普通の学校に行くのか、それとも 音楽学校に 挑戦するのか。


  練習をしても、凡人には 限界がある。

  このまま、音楽を目指していいのか、ただの 《趣味》で終るのか ――― 真剣に考えだした時に、両親が亡くなり、生活が苦しくて 近所の学校を退学。

  働くために 引っ越しをして、今に至る。



「あのまま、進学していたのかな……」


  もし、あの時。

  両親が、健在だったなら。


  必ずしも、音楽の道を選んでいたとは 限らないと思う。

  ルシフェルにとっての、第一の壁 ――― ちょうどあの頃、スランプに陥っていたからだ。

  自分の才能の無さに悲観して、進学をあきらめていたかもしれない。

  自分は、天才 《チェ・ヨンハ》とは 違うのだ、と。

  音楽に 背を向けていたかもしれない。


  しかし、結局のところ、ピアノを捨てられるわけがないのだ。

  もう 《中毒》というべきか、ピアノに触れない日はないまま、自分が どれだけピアノが好きなのかと、思い知らされるわけであり。


  上手いか下手かは 二の次にして、音楽が好きなことは 認めて、あとは自分のペースで 音楽と付き合えばいい ――― そう気が付いてからは、気持ちがぐっと ラクになって。

  今では、音楽に触れていることが、楽しくて仕方ない…… そう思えるようにもなったのだ。


※ ※ ※


「どこ、行くんだろ…… こっちは、音楽科の校舎なのに……」


  ヨンハの表情は、見たことがないくらい 真剣で、怖かったのだ。

  声をかけるのも ためらわれて、でも 気になって。

  あとを追ってみたものの、校舎の裏口から するりと中へと侵入してしまう。

「げっ …… 本当に行っちゃったよ、あの人。 しかも、何で コソコソと裏口から?」


  普段から、音楽科にも顔を出しているというから、明らかに 怪しい。

「今さら、隠れてデート? はっ…… もしかして、相手は 教師とか?」


  …… いや、待てよ? このアスタルテ学院は、教師もすべて 男性のみだったはず。

「えっ…… じゃあ、お相手は 男性? ぎゃっ、禁断の関係!?」

  本人が聞いたら 怒るだろうが、これでもルシフェルは、十六歳の乙女なのだ。

  乙女の 妄想――― 否、《想像》は たいがいは こんなものだろう。


「まだ時間はあるし…… とにかく 気になるし……」


  ケイトから、《目立つ行動はするな》と 釘をさされたにも関わらず、好奇心には逆らえない。

「見つかったら、必殺 《笑ってごまかせ作戦》で乗り切ろう、うん」


  繁華街で働いていると、自然と 図太くなるものだ。

  ヨンハに続いて、裏口から 中へ入ると、さっそく生徒の声が聞こえてきて、慌てて 空き部屋に身を隠す。


「…… そろそろ、練習室の時間だから」

「おー、じゃあ俺は、中庭で 練習してくるよ」


  生徒が その場を過ぎ去ってから、ルシフェルは 慌てて、ヨンハが消えた方向へと進む。

  普通の教室というよりも、資料室や準備室などが続き、生徒は まばらな通路だった。

「…… これが、資料室か……」


  つい先日 知り合った ソルファンが、父の楽譜を見つけた場所だ。


  扉にかけられた 案内板を見ると、同じ 資料室でも、《卒業生の作品》だったり、有名な《古典楽譜》など、収容場所が それぞれ異なるらしい。

「お父さんの楽譜…… 他にもあるのかな」


  父が作曲した曲は、ほとんど ルシフェルに教えてくれていたはずだ。

  それこそ、学生時代の曲から、卒業後に作ったものまで、膨大な数を 父は書いていたと思う。

  その すべてを、実は 楽譜ではなく 《口伝》によるものだったのは、何か 理由があったのだろうか。


「そうだよね…… あんなに たくさん曲があるのに、ウチには 直筆の楽譜が、一枚も無かった……」


  それは、なぜ?

  楽譜を残すことは、意味のある行為のはずなのに。

  考えてみると、妙な話だ。 アスタルテで伝説になるほどの父が、楽譜の一枚も 無いなんて。

「…… 天使ちゃん?」

「うわぁっ」


  考え込んだ ルシフェルの耳元に、突然 声が聞こえてきた。

「そっ…… ソルファン先輩……」

「こんにちは、こんな所で どうしたの?」

「それは…… 」

  何と 説明しようか悩んだところに、横から トーニャが割り込んでくる。


「もしかして、お父様の 《楽譜の件》で、気になって 来ちゃったとか?」

「あ…… はい」

  本当は、ヨンハを追ってきたのだが、楽譜の話も ウソではない。


「やっぱりねー。 僕も気になっててさー」

「あー、実は 俺もだよ。 あの曲のことも、それから 他の曲のこともさ~」

「…… 伝説の人であるのに、確かに 《ロイド・ターナー》に関する記録が、この学院には 極端に少ないことが、おかしいと思わないか?」

「カイル先輩まで……」


  ソルファン、トーニャ、カイル。

  音楽科三年生・三人組である。


「…… と、いうことで ――― 諸君。 私はこれから、この資料室を調べてみようと思うのだが」

「だって…… この 《資料室・六》って、開かずの間でしょーが」

「常に施錠されていて、カギは 職員の誰が持っているかわからないし……」

「だ・か・ら、怪しいと言っている。 ここは、どうにかして、内密に 侵入して―――」

「………… カイル先輩、カギ 開きましたよ」



  ルシフェルは、本来 不器用にできている。

  しかし、この 《カギ開け》の技術は、ずいぶんと 生活を助けてくれた。

  開けられなくなったカギや、金庫や 宝石箱など …… 《開けてほしい》と頼まれ、それで 《報酬》を頂いて、夕飯を食べていた時期もあったくらいだ。


「ルシフェル君、君は どうやって……」

「あー、コツさえ掴めれば、意外と簡単なんですよ。 特に、こういう古いタイプは、得意なんです」


  ポケットに入っていた ヘアピンは、友人からのプレゼントだ。

  今では お守り代わりに持ち歩いていたものであり、そのピンを使えば たいていのカギは開けられるだろう。

「…… でかした、天使ちゃん。 人が来ないうちに、さっさと入るよ」

「待てよ、トーニャ! ほら、カイルと天使ちゃんも早く!」



  そうして、四人は 暗い資料室へと 足を踏み入れるのである。

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