手引き
4.手引き
柱の残像が視界に影を作っているものの、やはり明るいということはそれだけで気分がよくなるものだ。しかし果たして、この先の展望という意味でも明るくなったのだろうか。
部屋は隅々まで見渡すことができ、改めて昨日までと何も変わっていないと感じる。
自分の部屋だと思う。
本棚、勉強机、衣装のラックにテレビ。テレビの向こうには、風車の丘のカレンダーとクーラーが見える。何も変わってはいない、はずだ。
窓は、黒いままだ。
ふと、暗闇の向こうに部屋の明るさが筒抜けになっている気がして、カーテンを一気に引く。見通せないそこにある暗闇がとても恐ろしい。暗闇とは人間の根源の部分において恐怖をもたらすものだという言葉を見た記憶がある。
明るい視界のもとで他にも怪しげな物が増えていないか確認しておきたいところだが、まずは一番怪しいと言ってもいいこの黒い本に手をつけるべきだろう。幸いにして伸るか反るかの勝負としては順調な滑り出しなのではないだろうか。そういうことにしておきたいところだ。コインを嵌め込んでもびた一文変化がない可能性もあったが、現状はいい方向へ向かっているはずだ。そう思いたい。
本に目を落とすと、ページが浮き上がっている。コインを嵌め込んだページが、なんだかぺらっとしていて、ようやく本らしくなった気がする。
あれだ。コインを嵌め込んだことで封印的なものが解けたんだろう。あの覚悟が報われるような、現状を打破するものが書かれてあって欲しいところだ。
もう戸惑う気持ちもなく、しっかりと指をかけ、ページをめくる。ふわりとした柔らかな風の感触とともに目に入ってきたものは、大きく白いページの中ほどに細々と整列した文字。前のページのbeginnerよりもはるかに小さく、目を凝らしてようやく読めるほどにコンパクトにまとまっている。
◇◇◇
ここはダンジョンにある、あなたの部屋
です。月毎に維持費がかかります。部屋
の扉はダンジョンにつながっていて、1
回開くと一定時間は開きません。この本
はあなたのスキルの開放を行ったり、生
活用品を得るための端末です。対価とし
ては金銭や先程嵌め込んだコインです。
基本的に、金銭はモンスターの討伐によ
り、コインはレベルアップにより入手で
きます。コインを使い、スキルや装備を
揃えて攻略していってください。なお、
コインを一定枚数貯めれば、元の世界へ
帰還することも可能です。
◇◇◇
字面を追っても内容が理解できない。理解が追い付かない。ただ、それでも分かる一文は、「元の世界へ帰還することも可能です」だ。そしてそれにはコインとやらを一定枚数貯める必要があると。
……恐らく、残っている六枚のコインでは帰還はできないだろう。そうでもないのか。いや、やっぱり可能性は捨てきれないが、甘ったれた考えはやめた方がよいだろう。
それよりも現状の情報を断片ながらも得られたからか、気分が上向きになったように感じる。読み返してみて、ダンジョンという言葉に高揚感を覚えたのもあるだろう。モンスター、レベルアップ、そしてスキル。そのどれもがゲーム、それもRPGでお馴染みのフレーズだ。
ここは現実だと思っていた。だが現実にはモンスターはいないし、レベルアップはない。スキルも、いやスキルはあることにはあるが、開放されるものではなかったはずだ。違うはずだ。元の世界へ帰還、という言葉が示すのは、ここはつまり元の世界ではないということ。
――― ここはゲームの世界なのか。
◇◇◇
ふと、他のページも開けるようになっていることに気がつく。やはり封印的な何かが解けたのだろう。ゲームと考えると実に納得の行く展開だ。紋章やらクリスタルやら、そんな思い出が脳裏に浮かぶ。
ゲームはけっこうやり込んだ。小中学生の時はもちろん、むしろ大学生となった時に費やす時間は増えていたのではないかと思う。なかでもRPGを好んでやっていた。
この「ゲーム」はどうだろうか。簡単にはいかないだろう。ゲームみたくコントローラーを握っていればよいわけはない。この状況を用意した得体のしれない何かが、簡単なモノを出してくるわけはない。難易度は、おそらく高いのだろう。
まずは情報収集といったところだろうか。
黒い本は、ようやく本らしくなったようで、ページに力を込めると全体が柔らかく追随する。軽く2000ページはありそうな紙の束を撫で、とりあえずは順に見ていくことに決める。
次のページには、「◆初期」と記されており、その下に何行か文字列があるだけだ。ページの下半分はまっさらで何も書かれていない。
*【初回特典】生活基盤パック 無料
*【初回特典】生活物資セット 無料
*【初回特典】冒険者初期装備セット 無料
*【初回特典】冒険の書カスタマイズ 無料
*麦茶(500mL) ¥2000
*おにぎり(各種) ¥2000
*検索窓 ¥100000
*検索AI(銅級) ○○
初回特典と無料が何行か並んだあとに、やたらと高い値段とともに麦茶とおにぎり、とある。その下に検索窓、検索AIとなっていた。検索AIには値段の表記はなく、代わりに丸い窪みが2つ並んでいる。
多分だが、コインを嵌めるやつなのだろう。