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考察

3.考察


 検証とは言ってみたものの、実際にできることは少ない。金槌で力いっぱい叩きつけてもヒビさえ入らない窓ガラスはどうしようもないし、当然のように開かない部屋のドアもどうしようもない。ちなみに先ほど、もしかしたらと思って開こうとしたがダメだった。



 携帯は圏外だし、ノートパソコンを起動したところ無線LANも来ていなかった。



 というか電気が来ていない。



 電灯の紐を引っ張ると、真っ暗→真っ暗→真っ暗→豆電球、というサイクルだったが、これは電気が来てなくて蛍光灯が点かないからだろう。本来なら、真っ暗→電灯(強)→電灯(弱)→豆電球、となるはずだ。なぜ豆電球は点くのかという疑問はもはや追求する気もなくなってきた。おそらくだが、窓ガラスやドアと同じ理由だろう。豆電球が点かなくなると困るので調べるという選択肢は躊躇するところだ。



 電灯の紐を引っ張ったのは、本当に何げなくだった。思い返すとあまりに無謀な行動だった。点いたからいいようなものの、二度と点かない可能性もあったわけだ。電灯が消え何も見えなくなったときには生きた心地がしなかった。よく考えずに行動するべきではないだろう。



 となると、手の届く処のものはこの怪しげな黒い本のみとなる。全くもって気が進まないが、手を出さざるを得ない状況だ。



 しかし気が進まない。



 化学者なら検証すべきと先ほど考えたばかりのはずだが、本能が拒否している――気がする。さっきから好奇心猫をも殺すという言葉が脳裏に浮かんだままだ。素晴らしき探究心は一旦仕舞っておき、学業など然るべき時に発揮されるべきと思う限りだ。



 しかし布団に包まって逃避しようにも、ベッドには黒い悪魔が鎮座している状況だ。まさに膠着という言葉が現状に相応しい。



――― いや、違うか



 手を出さざるを得ない状況を膠着とは言わない。ドアも窓も開かず、電気も電波も来ていない。水道もない。現実離れしてはいるものの、夢と笑い飛ばすにはあまりにもリアルな現状は、非常に差し迫ったものだ。膠着しているのは俺の脳味噌だろう。



 助けを望むべくもないこの状況を打破する手がかりは、この怪しげな黒い本のみだ。貝のごとく閉じられたこの現状を変えるために、コインを窪みに嵌め込む必要があるのだろう。



 コインを嵌め込んでも何も起こらないかもしれない。起こる、かもしれない。やるか、やらないかだ。



――― よし




◇◇◇



 深呼吸をして気持ちを落ち着ければ、もうすべきことは他にない。胡坐をかくとさらに落ち着いた心もちになったようで、そう、もうやるしかないのだ。



 恐る恐るコインに触れる指は、もう震えてはいない。しっかりと摘みもう一度大きく息を吐き出す。



 ふと、並んでいるコインに目が行くが、浮かんだ考えを振り払う。まずはこのコインを嵌め込むのに集中すべきだろう。実際のところは正解ではないのかもしれないが、この本をどうにかしない限りは現状が変わらないことに関しては確信を感じる。



 コインを摘んでから、本の紙の白さがより際立ったように感じる。そして凹んだ部分が薄ぼんやりと灰色に浮き上がり目を惹きつけられる。



 並んだコインの一角と、そしてbeginnerの文字の下だ。あるべきものがそこにないために、図形的な美しさが欠けてしまったような、なんとも言えない気持ち悪さを感じる。規則正しく配置された紋様の、その二ヶ所だけが綻んでしまっているように感じ、目が離せない。



 その綻びを埋めるように、コインを近づけていく。



 重ねるべきは文字の下。力を込めすぎてしまったようだが、浮き上がった灰色に柔らかく受け止められた。



 一瞬の逡巡の後に、ゆっくりと人差し指を離し、コインを灰色に押し付けるように重ね合わせた。



 変化は劇的だった。



 コインがぼんやりと光を発したと感じた次の瞬間には光の柱が立ち上っていた。本から、20cmくらいだろうか。目が眩む光量だ。嵌めたコイン付近でははっきりとした輪郭をもち、上に行くほどぼやけている。



 しかしすぐに、その柱も薄れ消え、室内はまたもとの薄暗さに戻った。



 自分の息を吸う音がやけに大きく聞こえる。



 視界に映る柱の残像のみが、先ほどの現象のリアルを主張している。しかし、残像のせいで嵌め込んだコインを全く確認できない。指でなぞった感じ、紙のざらつきが感じられ、嵌め込んだはずのコインに触れている感じはしない。



 凹みの厚みからして出っ張っているはずのコインはなく、かといって凹みがそのまま残っているわけではない。ざらざらとした紙の質感が感じられるだけだ。



――― 嵌め込んで、どうなった?



 と、不意に本が鮮明に見えるようになる。コインを嵌め込んだ文字の下の場所には小さなチェックマークが描かれている。



 見上げると、電気が、蛍光灯が点いていた。

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