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1-1同様、形式のみ修正
押上駅まで出た三井さんは早朝からやっている蕎麦屋に入り、かけ蕎麦を四杯食べた。それから大通りを歩いて上野駅まで戻った。何か当てがあるわけでは無かったが、それでもとにかく三井さんは上野駅を目指した。その時の三井さんにとって、上野は「帰る」という言葉を使える東京で唯一の場所だった。東京で初めて足を着けた場所が上野駅だったからなのだという。始まりの場所なのだと言っていた。
上野駅に戻ってきたはいいものの、三井さんにはその先の展望が無かった。時間が昼飯時に近かったから、とりあえず駅前の蕎麦屋でかけ蕎麦を食い、駅側の大きな公園、上野恩寵公園で休んだ。慣れない仕事に溜まった疲労と満腹感、長時間の歩行による疲れも手伝い、三井さんはいつの間にか木陰のベンチに横になり、眠ってしまっていた。
そのまま何時間かが過ぎ、日差しが柔らかい色合いを帯びてくる頃、三井さんは目を覚ました。財布が無くなっていた。着替えを包んだ風呂敷も見当たらなかった。三井さんはやられた、と思った。それらは三井さんの眠っている間に盗まれていたのだった。もう駄目だと、その時三井さんは思ったのだという。どうしよう、と三井さんは焦った。三井さんには頼る人が無かった。住む家も、手持ちの金も、知識も人生経験も無かった。都会に対する警戒心さえ持ち合わせてはいなかった。どうしてみようもなかった。思っても悔やんでも、もうどうしようもなく、三井さんはただただ途方に暮れた。
その後、三井さんは盗られる物などもう残ってはいないと考え、半ば自暴自棄になり、そのままそのベンチで一夜を過ごした。夜が明け目を覚ましても、特にすることもなく、腹が減って動くこともままならない。自分はこのまま死ぬのかと三井さんは恐怖したそうだ。だが、そうはならなかった。
その日の夕方のことだ。ベンチで脱力している三井さんに声を掛けて来た人がいた。
三十台半ばといった風貌の、人の良さそうなオジサンだった。それが三井さんが師匠と呼ぶ靴磨き職人との出会いだった。
「『どうした? ボウズ。しょぼくれて』師匠はそう言って俺に話しかけてきてな。……ああ、今でも覚えとるよ。あの時の師匠の顔。……懐かしいなぁ」
そう言って話しかけてきた師匠に、三井さんは泣きながら事情を語って聞かせた。
話が終わる頃には日暮の泣き声が遠ざかり、辺りは薄っすらと暗くなっていた。黙って話を聞いていた師匠は(師匠と呼ばれる人物には「大田」という名前があるらしいのだが、三井さんはこの話の中でずっと師匠、師匠と言っていたから、私も師匠と呼称することにする)三井さんの話を聞き終わると、家に来いと言った。好きなだけ飯を食わしてやると言うのである。だから未来ある若者がそんなしょぼくれた顔をするなと。三井さんは訝しんだが、盗れるものは盗られ尽くしたし、あと失くすものと言ったら命しかないと考え、師匠の提案に従った。
師匠の家は南千住の辺りにあった。木造平屋で住宅の密集地にあり、間取りは今でいうところの2Kだった。引き戸を開けると土間の玄関があり、高い床を上がると茶の間としての和室が続く。茶の間には小さな円卓と古びたタンスがあり、そして白黒テレビが低いテーブル台の上に置いてあった。それから釜戸式の台所が茶の間の奥に続いた。私のような若輩者には台所に釜戸というと、明治や大正といった大昔を連想してしまうものだが、今からたった四、五十年前の東京には、都市ガスがまだ普及してなく、白米は釜戸で炊くのが一般的だったということだ。当時はそれが普通で、特に貧しいという程でも無いと、三井さんは言っていた。それだけ日本の生活水準の上昇が目覚しかったということなのだろう。他に夫婦のための小さな寝室が一間あったと、三井さんは言っていた。
その家で師匠は奥さんと二人暮らしをしていた。子供はいなかった。原因は分からないが、子供のできない夫婦だったのだという。
師匠が玄関を開けると、奥さんが台所の奥から背を向けたまま「御帰り、今日は遅かったわね」と声を掛けた。師匠は「客人を連れて来た」と言って、三井さんを家の中に招き入れた。奥さんは「またなの?」と、師匠に言った。師匠は「またなんだ」と言い、それから三井さんの事情について簡単な説明をした。奥さんは「仕方ないわね」と、独り言のように呟くと、今度は三井さんに向かって「大変だったでしょう? さ、上がって」と言った。そして炊いてある御飯だけでは足りないからと、うどんを煮始めた。奥さんの表情からは特に迷惑に思っている雰囲気は感じられず、三井さんは少し安心した。とは言いつつも、いくら一家の主人から招待されたとはいえ、ほとんど赤の他人の家にまでのこのこ付いて来た挙句、御飯までご馳走になろうとしている自分が厚かましく思われ、三井さんは恥ずかしくてならなかった。だから茶の間に通された後も、円卓の前に座り、恐縮して小さくなっていた。師匠はそんな三井さんの様子を気にも留めず、テレビの野球中継に見入っていた。どこかこうした状況に慣れている様子だった。
しばらくして円卓に御飯が運ばれてきた。うどんは山盛りだった。師匠の前には並々と注がれたコップ酒と、鯨肉が出された。師匠、奥さん、三井さんの三人での食事が始まった。
賑やかな食卓だった。師匠は酒を飲みながら、その日一日で何人の靴を磨いたという話から始めて、その中で風変わりな靴を見たことや、常連さんの近況や、お客さんから聞いた噂話をした。奥さんは箸を握ったまま口元を抑え、師匠の話に笑い、言葉を返した。その反応に気を良くした師匠が、さらに調子付いて話を続けた。時々思い出したかのように、師匠と奥さんは三井さんに話を振った。三井さんの返事はどこか的外れだったらしく、師匠も奥さんも興味深いといった顔をした。だが彼らが三井さんに向ける眼差しは、常に穏やかだった。
二人に囲まれていると、何か、心に込み上げて来るものがあったのだと、三井さんは言っていた。
「団欒というものがな、楽しくてな。……知ってはいたはずなんだがな。あの時、初めて知った気分だったな」
三井さんは呟いた。やはり懐かしいといった風だった。
その日、何も食べていなかった三井さんは、出されたものを全て平らげた。うどんも御飯もおかずも綺麗に無くなっていた。奥さんは、やっぱり男の子って、よく食べるのねと三井さんの食欲に感心したようだった。作り甲斐があるとも言っていた。余計な出費だろうに、奥さんのそう言った時の表情は不思議と嬉しそうに三井さんには見えた。師匠は相変わらず酒を飲み、機嫌良さそうにしていた。
食事が終わると奥さんが台所に立って、後片付けをし始めた。居間には師匠と三井さんだけが残された。話題が見つからず、三井さんは気まずい空気を感じながらも、黙ったまま師匠と一緒にテレビの野球中継を眺めていた。六回の裏が終わったところで、師匠は風呂に入ると言って立ち上がった。三井さんはこれを機とばかりに退出する旨を告げた。師匠は不思議そうな顔をした。そしてそれを止めた。泊まって行けというのだった。三井さんは再度迷惑だろうから帰ると言ったが、師匠は聞かなかった。子供が遠慮なんかするんじゃないと怒って、泊まって行くことを強要した。それから「どうせ帰る場所など無いくせに」と、師匠は言った。三井さんには言い返すことができなかった。仕方なく「お世話になります」と、なるべく悔しそうに聞こえるように言った。だが、本音では師匠の厚意が嬉しく、ありがたかったのだと言っていた。
次の日、三井さんと師匠は、奥さんの作った朝御飯を食べ、一緒に家を出た。これ以上人様に迷惑は掛けられないと思った三井さんは、故郷に帰ると師匠に言った。師匠は少し笑って「元気でな」と言った。それから「故郷までの電車賃だ」と言って、財布から五百円紙幣を四枚取り出し、三井さんに差し出した。三井さんは交番で借りるからいいと言って断わった。だが師匠はムッとした表情で「いいから取っておけ」と言って、札を四つ折にし、三井さんの胸ポケットに入れた。三井さんがお金を返そうとポケットに手を伸ばすと、師匠は三井さんの腕を鷲掴みにし、三井さんの目を覗き込んで言った。
「いいか、よく聞け。この金はお前にやるんじゃない。貸してやるんだ。いいな、間違えるなよ。だから、絶対返しに来い。稼げるようになってからで構わんから。いいな、返しに来るんだぞ。絶対だぞ」
三井さんは師匠の有無を言わさぬ真剣な表情に気圧され、分かりましたと小さく答えた。師匠はよしと、満足そうに笑った。
そして二人は別れた。
そうは言っても三井さんに帰郷の意思はなかった。故郷に帰り父親に頭を下げるぐらいなら、いっそ野垂れ死んだ方がマシだと三井さんは考えていた。働くしかないのだ。辛苦の泥沼だと分かっていても、自分はまたあの労働地獄の中で、汗水垂らして働くしかないのだ。特にこれといった知識も技能もなく、手持ちのお金もなかった十五歳の三井さんには、それ以外の選択肢など無いように思えた。三井さんは再び始まりの地、上野駅へと足を向けた。
その途中、上野駅までもうすぐの路上でのことだ。往来から逸れて列を成す人々が三井さんの目に止まった。興味を引かれ、三井さんは行列の先頭を追った。列の先には師匠がいた。師匠は小さな木製の椅子にタオルを敷いて座り、スーツを着た人の靴を熱心に磨いていた。三井さんはその様子を遠くから眺めた。単純に珍しく見えたのだという。確かに三井さんは東京に来て既に四ヶ月を過ごし、その間に通りで靴磨きをする人の姿を見たことはあったが、それが行列を作る程に繁盛している場面は、これまでにまだ一度も見たことがなかった。何のことはない、それはただ三井さんが東京生活において、平日の日中に外出したことが無かったというだけの話だった。前の仕事先では、二週に一度の日曜休み以外は、朝から深夜まで働き詰めだったのだ。平日の昼間に世界がどうなっているかなど、三井さんに知れるはずも無かった。
通りの反対側から師匠の働きぶりを眺めていた三井さんは心底驚いたという。師匠を待つ列が途切れないからだと言っていた。時間帯によって列の長短は変化したが、結局夕方になり師匠が店じまいを始めるまで、人の連なりが途切れることは一度たりとも無かった。
三井さんは「これだ」と思ったそうだ。見たところ町工場で働くよりは短時間で、それでいて同等以上に稼げそうだった。靴磨き。これを自分の仕事にしようと、そう決めた。
道具の片付けが終わり、その場を立ち去ろうとする師匠に、三井さんは駆け寄った。そして追いつき師匠の前に回りこむなり、額を地面に打ちつけ、土下座して弟子にして欲しいと叫んだ。
こんなやり取りが展開されたのだと、三井さんは後になって師匠から聞かされたそうだ。
「僕を弟子に、弟子にしてください!」
「何言ってんだ? というより、お前帰ったんじゃなかったのか?」
「帰りませんでした。帰れませんでした。弟子にしてください!」
「何言ってんだ? ……それより恥ずかしいから、まず土下座は止めろ。立て」
「止めません! 弟子にしてくれるまで、止めません!」
「いいから立てって。恥ずかしいだろ」
「立ちません! 弟子にしてください!」
「分かった! 分かったから立てって。ホラ、な」
「立ちません! 弟子にしてください!」
そうやって、三井さんは弟子にしてくれと叫び続けたそうだ。師匠の返事など、まるで聞いていなかったという。
師匠が三井さんの襟を掴み上げるまで、そうした問答は続いた。その間、通りの向こうから、通りすがりの若者の「弟子にしてやってくださーい」とからかう声があったりしたが、三井さんは顔を上げず、師匠を逃がさぬようただ一心に上目遣いで師匠の足元を見続けていた。
襟首掴まれ立ち上がらせられた三井さんは、それでも逃すまいと今度は師匠の腹に抱きつき、弟子にしてくれと訴え続けたそうである。三井さんの興奮が落ち着くまで、そんな意味の無い問答は続いた。結果的に、三井さんは師匠に弟子を認めさせることができた。
その夜、三井さんは再び師匠の食卓に招かれた。師匠が三井さんを弟子にしたんだと言うと、奥さんは少し驚きつつもすぐに納得した様子で、昨日と同じようにうどんで三井さんを歓迎してくれた。師匠はやはりコップ酒を何杯かすすり、野球中継に一喜一憂していた。三井さんは山盛りに盛られたうどんでも御飯でも、出されたものは何でも食べ、その大勢な食欲で奥さんを喜ばせた。食事が終わると、師匠はまた泊まっていけと三井さんに命令した。三井さんは軽く反発しただけで、今度はすぐに師匠の言葉に従った。
そうやって三井さんの靴磨き職人としての人生は始まった。




