フウ、冥府に降りる
〈春めいて樂勝氣分拭へずに 涙次〉
【ⅰ】
皆さんコンニチハ。僕、* フウにやん。永田のをぢさんがまだ生きてた頃、飼はれてゐた猫なんだよ。をぢさんは** 死んだ筈なのに、生きてる人間の世界に良くやつて來る。それが僕には、だう云ふ仕組みでさうなつたのか、良く分かんないところなんだけど。だけどをぢさんがなかなかだつこしてくれないんで、慾求不滿なんだにや。をぢさんが云ふに、「死者は人間界ではものに触れる事が出來ない」んだつて。僕の少し足りないおツムには、ちよつと難しい事なんだにや。
* 當該シリーズ第24話參照。
** 前シリーズ第182話參照。
【ⅱ】
それで永田のをぢさんは、僕ををぢさんがいつも生活してゐる、冥府つてところに連れて行つてくれる、つて。何でも冥府の王様、ハーデースつて人に、特別な許可を貰つたらしいよ。冥府- ハーデースさんが、僕を見て、「お前がフウか。かはゆい奴ぢや。もそつと近う寄れ」。だけど僕はお偉いさんは嫌ひなんだにや。だつて怖いにやん。永田のをぢさんが、「くれぐれも粗相のないやうにしろよ」と云ふので、仕方なくハーデースさんに咽喉を撫でられたんだけど... 僕、緊張して、ごろごろ云へなかつたにやん。
【ⅲ】
* 火鳥ちやんもゐたにやん。火鳥ちやんが死んぢやつてから、大分長い間會つてなかつたけど、相變はらず綺麗で、優しかつたにやん。お友逹の猫逹が火鳥ちやんの周りに、一杯ゐたにやん。僕はとつても樂しい時間を過ごしたんだにや。
* 前々シリーズ第162話參照。
【ⅳ】
で、永田のをぢさん、僕逹猫の爲に、* フラーイの花を冥府に持つて來てゐた。フラーイは僕逹にとつてはほんのマタゝビぐらゐのものだけど、人間の世界では、**「フラーイ禍」とか云つて、問題視されてゐるんだつてさ。それがだう云ふ意味なのかは、殘念ながら僕には分からなかつたけど。だけどフラーイは冥府の人逹の間に瞬く間に蔓延したんだつてさ。人間は、生きてゐる/死んでゐるに関はらず、フラーイの花には中毒してしまふらしいんだにや。「中毒」つてどんな病氣?
* 前シリーズ第159話參照。
** 當該シリーズ第15話參照。
【ⅴ】
それが元で、永田のをぢさんは、王様ハーデースさんにこつ酷く叱られたんだつて。何でもをぢさんの、冥府↔人間界を自由に行き來出來る権利を剥奪する、とかハーデースさんは云つてたらしいよ。だから偉い人は怖いにやん。
※※※※
〈もしも我眞實語る言葉さへ喪つたならフィクション危ふし 平手みき〉
【ⅵ】
カンテラをぢさんが(彼もまた)特別な許しを得たとかで、冥府に降りて來た。カンテラさんは永田のをぢさんを弁護して、「冥王よ、永田さんの小説家としてのじやーなりすていつくな目を欠いたのでは、貴方にとつても大きな損失を蒙る事にはなりませんか? フラーイの花は私が責任を持つて回収致します。だうか永田さんの過失を許してやつて下さい」。-これには、ハーデースさんも納得したみたいだつたにや。
【ⅶ】
それでカンテラさんは、フラーイの花を隠し持つてゐると覺しき人逹に、剣を突き付け、「フラーイ處持はあんた方にとつても、決して得にはならない事だぞ。冥王も怒つてゐらつしやる。さあ、今の内に俺に預けるんだ」-冥府の人逹はあつと云ふ間に、カンテラさんに靡いてしまつたんだにや。だうやら世論と云ふものが、カンテラさんを支持したやうだつたんだにや。
【ⅷ】
カンテラさんの努力もあつて、永田のをぢさん、當分の間、謹慎處分つてだけで、許されたみたい。永田のをぢさんが人間界に來られなくなると、僕は當面淋しい日々を過ごさなけりやならない。だからカンテラさんに、だうも有難うございます、つて云つたんだ。そしたらカンテラさん、「ふゝゝ、フウ、お前にも分かるか」だつてさ。
【ⅸ】
そんな譯で僕は、人間界に帰つて來たんだにや。僕が語り部ぢやあ、話がなかなか進捗しないにやん。もうこんな事のないやう、早く永田のをぢさんがまた小説を發表出來るやうになつたらいゝ、とさう思つた次第なんだにや。
【ⅹ】
やれやれ、難しい言葉を澤山使つてちよつと草臥れたにやん。だけどこの言葉は、永田のをぢさんから習つた、僕にとつてはとても大切なものなんだにや。またいつか火鳥ちやんに會へるやう、待つてるにやん。お仕舞ひ。
※※※※
〈コート脱ぐ優しいねえと己れ褒め 涙次〉
PS: 私は、自分の不始末の代償を、カンテラに支拂はなければならなかつた。倖ひ、人間界で稼いだ稿料が手付かずの儘、手許にあつた(冥府ではカネは一切不要なのだ)ので、それを充てる事にし、この騒ぎは一應収束を迎へる事になつた。フウには心配を掛けたが、上記の經緯があり、彼に語り手のピンチヒッターとなつて貰つた。私はフウに、「面倒掛けたな」と、謝りたかつた...(この項・永田)。




