第7話 強い者ほど、早く気づく
集落を離れて半日。
アルトは、街道脇の丘で足を止めていた。
風が強い。雲の流れが速く、天気が崩れそうな気配がある。
「……ここ、嫌な位置だな」
地形的に、待ち伏せに向いている。
だが、引き返す理由もない。
そのとき――
背後から、重い足音が響いた。
振り向くと、三人の魔族が立っていた。
全員、装備が違う。明らかに上級兵。
中央に立つ男は、背が高く、全身を覆う重装鎧を着ている。
肩章には、第一軍団の紋。
――武闘派。
アルトは、即座に理解した。
「……止まれ」
低い声。
剣は抜かれていないが、圧は十分すぎるほどだ。
「魔王軍第一軍団長、ドレイク=バルガだ」
名前を聞いた瞬間、空気が変わる。
彼は、魔王軍最強格。
帝国でも名を知られる、純粋な“戦力”。
「話がある」
アルトは、ゆっくりと頷いた。
「俺に?」
「お前以外に、誰がいる」
ドレイクの視線は、まっすぐだった。
敵意ではない。
値踏みだ。
丘の上。
周囲に遮蔽物はない。逃げ場もない。
それでも、アルトは落ち着いていた。
「立ち話で?」
「いや」
ドレイクは、一歩前に出て――
膝をついた。
重装鎧が、地面に鈍い音を立てる。
同行していた魔族二人が、息を呑んだ。
「……なっ!?」
アルト自身も、一瞬言葉を失った。
「何を……」
「頼みがある」
ドレイクは、頭を下げなかった。
だが、視線は低い。
「俺は強い。
だが、昨日の街道で、何一つできなかった」
拳が、わずかに震える。
「剣を抜けば、全て壊れた。
抜かなければ、何も守れなかった」
アルトは、静かに聞いていた。
「……俺は、部下を守れなかった」
その言葉は、敗北宣言だった。
「副官は言った。
“ノイズの中心にいる男がいる”と」
ドレイクは、顔を上げる。
「俺は、お前を理解できない。
だが――」
一拍置いて、はっきりと言った。
「必要だ」
丘を渡る風が、二人の間を吹き抜ける。
アルトは、すぐには答えなかった。
――これは、命令じゃない。
――懇願だ。
「……俺は、何も教えられません」
アルトは、正直に言った。
「剣も、戦術も。
あなたの方が、ずっと上です」
「それでもいい」
ドレイクは即答した。
「俺が欲しいのは、勝ち方じゃない」
その一言で、全てが伝わった。
「……分かりました」
アルトは、少しだけ息を吐いた。
「ただ、一つ条件があります」
「何だ」
「俺の言葉に、従う必要はありません」
ドレイクが、眉をひそめる。
「選ぶのは、あなた自身です」
沈黙。
やがて、ドレイクは低く笑った。
「……なるほど」
そして、立ち上がる。
「強制しない力、か」
彼は、アルトに深く頭を下げた。
今度は、はっきりと。
「ドレイク=バルガ。
しばらくの間、お前の“近く”にいさせてもらう」
それは忠誠ではない。
従属でもない。
同行の申し出だった。
「……好きにしてください」
アルトは、そう答えるしかなかった。
丘の下で、二人の魔族が未だ固まっている。
「な、何なんだ、あいつ……」
「戦闘力ゼロの、人間だろ……?」
ドレイクは振り返り、短く言った。
「だからだ」
二人は、言葉を失った。
***
夕刻。
焚き火を囲みながら、ドレイクはぽつりと言った。
「俺は、強い者が正しいと思っていた」
アルトは、薪を足す。
「でも昨日、初めて分かった。
強さには、順番がある」
「順番?」
「剣を抜く前に、守るものがある。
それを決められない強さは、ただの暴力だ」
アルトは、何も言わなかった。
言う必要がなかった。
強者が、自分で辿り着いた答えだからだ。
火が、静かに燃える。
この瞬間、確かに起きていた。
――戦闘力最上位の存在が、
戦闘力ゼロの追放者を“上位概念”として認識した。
それは、まだ誰にも知られていない。
だが、確実に。
世界の力関係が、静かにひっくり返り始めていた。
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