第5話 通じない選択
第三軍団の野営地を離れたのは、翌朝だった。
リリアはそれ以上、アルトを引き留めなかった。
護衛もつけない。案内もない。
――観測対象。
その言葉が、妙に現実的だった。
森を抜け、街道を外れた先に、小さな集落があった。
木造の家が十数軒。畑は荒れ、柵は壊れたまま。
「……人の気配はあるな」
だが、活気がない。
音が少なすぎる。
集落の中央で、武装した一団が陣取っていた。
統一感のある鎧。帝国軍――ではない。
胸元の紋章を見て、アルトは眉をひそめた。
「……私設部隊?」
帝国貴族が私財で雇う、治安維持名目の兵。
実態は、徴税と支配のための存在だ。
その中心に、若い指揮官が立っていた。
整えられた髪、曇りのない目。
彼はアルトを見るなり、無感情に言った。
「止まれ。所属と目的を述べろ」
「通りがかりです。集落の様子が気になって」
「許可なく近づくな」
声は冷たいが、乱れていない。
感情ではなく、規則で動いている。
――嫌な相手だ。
「この人たち、どういう状況ですか」
アルトは、集落の住民たちに目を向けた。
家の陰から、怯えた視線がこちらを窺っている。
指揮官は即答した。
「評価不足だ。
生産量が基準に満たないため、再編対象となった」
「……再編?」
「労働力の再配置。
不要な人口は、別の領地へ送る」
言葉の意味が、遅れて胸に落ちた。
――強制移送。
「同意は?」
「不要だ。評価制度に基づく」
アルトは、一歩前に出た。
「待ってください。
この土地は痩せている。去年の干ばつもあったはずだ。
生産量だけで判断するのは――」
「無意味だ」
指揮官は、遮るように言った。
「数字が全てだ。
事情は評価に反映されている」
――違う。
反映されていない。
だから、こんなことが起きている。
「彼らは逃げていません。
戦争にも加担していない。
ここで立て直す道も――」
「選択肢は、既に与えられている」
指揮官の目は、揺れなかった。
「従うか、排除されるか」
アルトの喉が鳴った。
――通じない。
盗賊のときとは違う。
この男は、悩んでいない。
選択を、最初から放棄している。
「……あなたは、疑問に思わないんですか」
「思わない」
即答だった。
「私は判断しない。
評価が判断する」
その言葉を聞いた瞬間、背筋が冷えた。
――リリアの言葉。
“選ばない者”。
まさに、これだ。
アルトは、拳を握りしめた。
ここで声を荒げても、意味はない。
説得も、交渉も、届かない。
「……分かりました」
アルトは、一歩引いた。
指揮官が、わずかに眉を動かす。
「賢明だ」
敗北感が、胸に広がる。
人徳は、ここでは何の力も持たない。
だが――。
「ただ、一つだけ」
アルトは、静かに言った。
「彼らを移送するなら、
最低限の準備時間をください」
「理由は?」
「今すぐ動かせば、死者が出る。
それは、評価上も損失のはずです」
指揮官は、初めて思案する素振りを見せた。
――数字。
人徳ではなく、評価制度の言葉。
数秒の沈黙の後、彼は頷いた。
「……三日だ」
「十分です」
それ以上、言うことはなかった。
アルトは、集落の人々に向き直った。
安心させる言葉は、出てこない。
約束もできない。
「……三日しかありません」
それだけを、伝えた。
人々の顔に、絶望が広がる。
だが同時に、微かな動きもあった。
「何か、できることは?」
誰かが、そう言った。
アルトは、深く息を吸う。
――ここからだ。
人徳が効かない相手がいるなら。
選ばない者がいるなら。
選ぶ人間を、増やすしかない。
それが、戦わない俺に残された、唯一の手段だった。
集落の外れで、帝国の私設部隊が整然と陣を張る。
その内側で、住民たちがざわめき始めた。
三日後、どうなるかは分からない。
だが、少なくとも一つだけ確かなことがある。
――俺は、何もできないまま立ち去るつもりはない。
それが、戦闘力ゼロの追放者としての、
最初の“逆らい方”だった。
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