第41話 名もなき選択
朝は、どこでも同じように来る。
鐘も鳴らない。
号令もない。
ただ、明るくなる。
***
小さな集落で、
女が水桶を持ち上げようとしていた。
重い。
誰かを呼ぼうかと、一瞬考える。
だが、声を上げる前に、
隣の男が手を伸ばした。
無言で、桶を支える。
礼も、名前もない。
それで終わりだ。
***
別の場所。
帝国領の外れで、
登録を拒んだ老人が倒れていた。
規則上、支援は行われない。
だが、通りがかった兵士が立ち止まる。
規則を破れば、
報告書が増える。
評価にも響く。
兵士は、少し迷ってから、
水を差し出した。
記録は残さない。
誰にも言わない。
それでいい。
***
谷では、
焚き火が一つ燃えている。
薪を足す者も、
足さない者もいる。
誰も数えない。
誰も責めない。
足りなくなれば、
寒くなるだけだ。
それを、
皆が知っている。
***
アルトは、少し離れた丘の上にいた。
ここ数日、
誰とも深く話していない。
意見も、
助言も、
何も。
「……静かですね」
ドレイクが言う。
「うん」
それだけ答える。
***
「……あれは、
正しかったんでしょうか」
ドレイクが、珍しく尋ねた。
谷のことか。
世界のことか。
アルトは、少し考えた。
「分かりません」
正直な答えだ。
「でも」
丘の下を見る。
誰かが誰かを手伝っている。
命令でも、
制度でもない。
「選ばれなかった答えが、
まだ残っている」
それだけで、
十分だと思えた。
***
正しさは、
記録される。
制度になる。
利用される。
だが、
名もなき選択は、
どこにも残らない。
だから、
歪められない。
***
アルトは、歩き出す。
目的地は、ない。
ただ、
関わらない距離を保つために。
世界は、
彼を必要としない。
それでいい。
むしろ、
それが望みだった。
***
丘の下で、
水桶を支えた男は、
もう別の仕事をしている。
誰も、
それを覚えていない。
評価も、
報酬も、
感謝もない。
だが。
その選択は、
確かにあった。
それが、
この世界の底に残ったものだ。
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