第39話 降りる理由
名前が、呼ばれなくなった。
それは、思ったよりも早かった。
***
街道を歩いていても、
誰も振り返らない。
噂はある。
言葉は残っている。
だが、
名指しがない。
「……消されましたね」
ドレイクが言う。
「うん」
アルトは、淡々と頷いた。
追放ではない。
処罰でもない。
ただ、
都合が悪くなっただけだ。
***
帝国は、制度を整えた。
自由選択登録。
免責付き評価。
事故が起きても、
責任の所在は明確だ。
それが、
「正しい大人のやり方」だと
誰もが納得している。
魔王軍は、
自由参加部隊を解体した。
別の名目で、
別の評価軸を作った。
効率は上がった。
死者は減った。
それで、いい。
完全自由圏は、
名前を変えた。
誰も評価しない場所は、
誰も守らない場所だった。
静かに、人がいなくなった。
***
世界は、
壊れなかった。
だが、
変わった。
「……全部、
良くなってますね」
ドレイクの声には、
皮肉が混じっている。
「はい」
アルトは否定しない。
死は減った。
混乱も減った。
正しさは、
管理された。
***
「……じゃあ、
俺は何をしたかったんでしょうね」
歩きながら、
独り言のように言う。
ドレイクは、答えない。
答えが、
必要ないからだ。
***
アルトは、立ち止まる。
小さな村だ。
名前も、記録も残らない。
誰かが、水を運び、
誰かが薪を割り、
誰かが黙って手伝う。
評価は、ない。
制度も、ない。
だが、
軍にも、
国家にも、
使われていない。
それだけで、
十分だった。
***
「……ここに、
留まるつもりですか」
ドレイクが聞く。
「いいえ」
即答する。
「留まった瞬間、
また“意味”を持ちます」
それは、
避けたい。
***
アルトは、
なぜ自分が降りるのかを
ようやく言葉にできた。
「……俺がいると」
一度、息を吸う。
「人は、
考えるのをやめる」
正しさを、
預けてしまう。
「だから」
小さく笑う。
「俺は、
正しい場所に
いちゃいけない」
***
その夜。
焚き火のそばで、
誰かが誰かを助けている。
名も、理由もない。
記録も、報酬もない。
アルトは、
少し離れた場所で、
それを見ていた。
関わらない。
教えない。
決めない。
それが、
今の彼の立ち位置だ。
***
「……降りましたね」
ドレイクが言う。
「はい」
アルトは、頷いた。
戦場からも、
議論からも、
思想からも。
降りた。
だが。
世界は、回っている。
それでいい。
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