第38話 それは俺の思想じゃない
集められた場所は、豪華でも厳重でもなかった。
ただ、逃げ道のない部屋だった。
***
帝国の使者。
魔王軍の代表。
完全自由圏を名乗る者。
立場も服装も違う三人が、
同じ言葉を口にする。
「あなたの思想が、
現場で誤用された」
「どう修正すべきか、
指針を示してほしい」
「責任を取るつもりは?」
問いは、穏やかだ。
だが、
すでに結論は用意されている。
アルトが答えれば、
アルトの思想になる。
***
アルトは、しばらく沈黙した。
怒りは、ない。
恐怖も、ない。
あるのは、
予想していた結果だけだ。
「……一つ、
確認させてください」
ゆっくりと口を開く。
「あなた方は、
あの部隊が死んだ理由を
“自由”だと思っていますか」
帝国の使者が答える。
「選択の結果です」
魔王軍の代表も頷く。
「志願した戦いだ」
完全自由圏の者は、肩をすくめる。
「評価しない以上、
誰も責められない」
誰も、嘘をついていない。
だからこそ。
***
「……違います」
アルトの声は、低かった。
だが、はっきりしている。
「それは、
選ばせなかった結果です」
部屋の空気が、変わる。
「命令がないことと、
判断がないことは、
同じじゃない」
視線を、一人ずつ見ていく。
「責任を取らない自由は、
自由じゃない」
帝国の使者が、眉をひそめる。
「では、
あなたならどうした」
その問いを、
ずっと待っていた。
***
「……何もしません」
一瞬、誰も理解できなかった。
「決まりを作らない」
「制度にしない」
「軍にも、
国にも使わない」
魔王軍の代表が、声を荒げる。
「それでは、
何も守れない!」
アルトは、静かに首を振る。
「最初から、
守る思想じゃない」
沈黙。
それは、
思想の否定ではない。
所有の否定だ。
***
「……逃げるのか」
誰かが言った。
アルトは、否定しない。
「はい」
即答だった。
「俺は、
責任を取れない場所に
立ってしまった」
だから。
「これ以上、
名前を使わせません」
それが、
彼にできる唯一の責任だった。
***
帝国の使者が、冷たく言う。
「では我々は、
我々のやり方で続ける」
「そうしてください」
アルトは、頷く。
止めない。
導かない。
拒否するだけだ。
***
部屋を出ると、
外は驚くほど静かだった。
「……これで、
敵に回しましたね」
ドレイクが言う。
「いいえ」
アルトは、歩きながら答える。
「誰の味方にもならなかっただけです」
それが、
一番嫌われる立場だ。
***
その日から。
アルトの名は、
公式文書から消え始めた。
思想は残る。
だが、
追及する者はいなくなった。
それでいい。
火は、
誰のものでもない方がいい。
誰かが、
勝手に使って燃やすくらいなら。
アルトは、振り返らない。
もう、
説明する義務はない。
これが、
彼の最後の言葉だった。
「それは、俺の思想じゃない」
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