第36話 翻訳された自由
同じ言葉が、
同じ意味で使われていない。
それが、アルトの最初の違和感だった。
***
帝国領の街では、
「選択の自由」が制度になっていた。
「登録は任意です」
役人は、いつもそう言う。
だが続けて、こう付け足す。
「登録者には、
治療・食糧・移動の優先権があります」
声は穏やか。
強制ではない。
だが、列は自然と一方に伸びる。
登録しない者も、確かにいる。
だが彼らは、街の端へ案内される。
支援のない区域。
仲裁のない区域。
選んだのは、自分――
という形で。
「……上手いですね」
アルトが言う。
「否定されない自由ほど、
逃げ場のないものはない」
ドレイクは、短く笑った。
***
別の場所。
魔王軍の前線では、
「自由参加部隊」が編成されていた。
「階級はない」
「命令もない」
「評価も、ない」
掲げられた言葉は、
谷の噂とよく似ている。
だが、戦場に出れば分かる。
活躍した者の名は、
自然と呼ばれる。
危険な役目は、
いつも同じ者が引き受ける。
誰も命じていない。
だが、空気が選ばせる。
「……評価がない代わりに、
消耗がある」
アルトは、目を伏せた。
これは、自由の軍ではない。
自由を使い切る軍だ。
***
さらに南。
完全自由圏と呼ばれる地域では、
看板だけが立っていた。
ここでは、
いかなる命令も、
いかなる評価も、
行われない。
言葉は、徹底している。
だが、街は荒れていた。
働く者もいる。
何もしない者もいる。
誰も、咎めない。
その結果、
弱い者から消えていく。
誰の責任でもなく。
「……これは」
アルトは、最後まで言わなかった。
名前をつけた瞬間、
正当化してしまうからだ。
***
夜。
三つの場所を回った後、
アルトは焚き火の前に座った。
「全部、
“自由”って言ってます」
ドレイクが言う。
「だが、
全部違う」
アルトは、静かに頷く。
谷の自由は、
制度でも、武器でも、放棄でもなかった。
ただ、
選び続ける覚悟だった。
だが今。
覚悟は、どこにも翻訳されていない。
***
「……止めるべきでしょうか」
ドレイクが、珍しく尋ねる。
アルトは、しばらく考えた。
「止められません」
即答だった。
「言葉は、
一度広がったら、
誰のものでもない」
それは、諦めではない。
事実だ。
「だから」
火を見つめる。
「どこかで、
壊れます」
ドレイクは、何も言わない。
否定できないからだ。
***
遠くで、
角笛の音が聞こえた。
戦でも、儀式でもない。
ただの、合図。
誰かが選び、
誰かが選ばなかった音。
アルトは、立ち上がる。
「……次は、
失敗の話になります」
成功例は、もう意味を持たない。
翻訳された自由は、
必ず、
誰かを殺す。
それを見届けるのが、
彼の役目ではない。
だが、
目を逸らす理由も、
もうなかった。
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