第33話 正しさの衝突
その集落は、すでに疲弊していた。
怒号は減り、
代わりに、諦めた沈黙が増えている。
火は、いくつも残っている。
だが、どれも弱い。
***
「……あんたが、
例の“谷の男”か」
集落の年長者が、
疑うような目でアルトを見る。
「谷のやり方を、
教えてくれ」
その声には、
縋りが混じっていた。
***
アルトは、即答しなかった。
ここで、
同じ言葉を使えば、
同じ失敗を繰り返す。
「……谷には、
決まりがありません」
慎重に、言葉を選ぶ。
「評価も、命令も、
ありません」
数人が、頷く。
「でも」
アルトは、続けた。
「全員が、
“選び続ける覚悟”を
持っていました」
沈黙。
その言葉は、
分かりにくい。
***
「覚悟?」
若い男が、苛立ちを隠さず言う。
「腹が減ってる時に、
そんな話をされてもな」
周囲から、
小さな同意の声が上がる。
それは、正しい反応だ。
「誰かが、
決めてくれた方が楽だ」
別の声。
「評価がなくても、
責任は消えないだろ」
アルトは、頷いた。
「はい」
正論だ。
だが。
***
「……なら、
あんたが決めろ」
年長者が、言った。
「ここを、どうする」
空気が、張り詰める。
アルトは、胸の奥が冷えるのを感じた。
この問いは、
谷でも避けてきたものだ。
だが今、
逃げ場はない。
***
「……できません」
はっきり、言った。
その瞬間、
空気が変わる。
「なんだと?」
「助けに来たんじゃないのか」
失望。
苛立ち。
怒り。
すべて、自然だ。
「俺は」
アルトは、静かに言う。
「ここを、
“正しく”できません」
それは、無責任に聞こえる。
実際、
責任を引き受けない選択だ。
***
「……じゃあ、
帰れ」
誰かが、吐き捨てるように言った。
止める声は、ない。
アルトは、頷いた。
「はい」
反論しない。
説得もしない。
それが、
彼のやり方だ。
***
集落を出る時。
誰かが、ぽつりと言った。
「谷は、
奇跡なんだな」
アルトは、振り返らなかった。
奇跡ではない。
ただ、
条件が揃っただけだ。
***
外。
風が、強い。
ドレイクが、隣を歩く。
「……失敗だな」
「はい」
アルトは、即答した。
言い訳は、しない。
「通じない場所が、
ほとんどです」
「それでも、
やめるか?」
少しの間。
アルトは、歩きながら考えた。
「……やめません」
声は、静かだ。
「ただ」
一度、立ち止まる。
「同じやり方を、
広げる気はなくなりました」
それは、成長だった。
***
その夜。
焚き火の前で、
アルトは独り言のように呟く。
「……正しさは、
場所を選ぶ」
谷で通じたからといって、
世界で通じるわけではない。
思想は、
万能ではない。
それを知った今。
アルトは、
少しだけ重くなった。
だが。
その重さは、
逃げる理由にはならない。
火は、弱い。
だが、
消えてはいない。
それで、十分だ。
本話もお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも続きが気になる、と感じていただけましたら、
ブックマーク や 評価 をお願いします。
応援が励みになります!
これからもどうぞよろしくお願いします!




