第29話 選ばれる理由
谷に、二つの焚き火が灯っていた。
偶然ではない。
誰かが決めたわけでもない。
ただ――
人の集まり方が、変わった。
***
一つ目の焚き火。
ラグを中心に、数人が集まっている。
「……自治官の案」
誰かが、ためらいがちに口を開いた。
「全部受ける必要は、ないんじゃないか」
「登録だけ、とか」
「最低限の配分基準だけ、とか」
言葉は、慎重だ。
反逆ではない。
現実的な検討だ。
「正直」
ラグが言った。
「このままだと、
削れる人から先に消える」
誰も、否定しなかった。
それは、ここ数日の実感だ。
「守られない自由は、
強い人の自由だ」
その言葉に、
何人かが目を伏せる。
***
もう一つの焚き火。
こちらは、人数が少ない。
声も、低い。
「……ここは、
楽な場所じゃない」
「でも、
誰かに決められる場所でもない」
ラグの言葉を、
聞いていないわけではない。
理解している。
それでも。
「決めてもらえば、
助かる人は増える」
誰かが言う。
「でも、
決めてもらうってことは」
言葉が、途切れる。
続きを、誰も口にしない。
***
アルトは、少し離れた場所にいた。
どちらの焚き火にも、加わらない。
視線だけが、行き来する。
「……分かれましたね」
ドレイクが言う。
「まだ、完全ではない」
「でも、
戻らない」
アルトは、頷いた。
これは、対立ではない。
価値観の分岐だ。
***
夜が更ける。
一人の女が、アルトの元へ来た。
「……聞いてもいいですか」
「はい」
「あなたは、
どっちが正しいと思いますか」
その質問は、
ずっと避けてきたものだ。
アルトは、少し考えてから答えた。
「正しさは、
選んだ後にしか分かりません」
女は、戸惑った顔をする。
「……じゃあ」
「選んでください」
アルトは、静かに言った。
「俺のためじゃなく、
自分のために」
それ以上、言わない。
***
翌朝。
谷の入口に、荷をまとめた数人が立っていた。
自治官の拠点へ向かう者たちだ。
「……世話になった」
軽い挨拶。
引き止める声は、ない。
責める声も、ない。
ラグが、彼らを見送る。
表情は、複雑だ。
***
「……残る人も、
行く人も」
ラグが、ぽつりと言った。
「どっちも、
逃げてないよな」
アルトは、頷いた。
「はい」
逃げていない。
だから、
どちらも尊重される。
それが、この場所の最低条件だ。
***
人は、減った。
だが、
空気は少しだけ軽くなった。
理由は、単純だ。
迷いが減った。
残った人間は、
ここにいる理由を、
自分で選んだ。
***
アルトは、谷の中央に立つ。
大きな宣言は、しない。
ただ、一言だけ。
「……ここは、
誰のものでもありません」
去った人のものでもない。
残った人のものでもない。
「選び続ける人」の場所だ。
その言葉を、
誰も拍手しない。
だが、
全員が聞いていた。
***
夜。
焚き火は、一つになっていた。
人数は、少ない。
だが、距離は近い。
アルトは、火を見つめながら思う。
これは、成功でも失敗でもない。
ただ――
選ばれた結果だ。
そして。
次は、
自分自身が選ばれる番だ。
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