第27話 危険な成功例
地方自治連合・仮設調整所。
簡素な机を囲み、数人が報告書に目を落としていた。
「……谷の件、続報です」
部下の一人が、少し言いづらそうに切り出す。
「支援を断った後、
一時的に人は減りましたが――
完全な崩壊には至っていません」
沈黙。
それは、予想外だった。
「医薬品は?」
「外部支援、なし」
「食料は?」
「自給に近い状態です」
調整官ミルド・ラゼンは、ゆっくりと椅子に背を預けた。
「……つまり」
指を組む。
「支援なしでも、回っていると?」
「はい。
ただし、非常に不安定です」
それは、否定材料にはならない。
むしろ――
最も厄介な条件だ。
***
「これは、成功例ではありませんか?」
若い調整官が、率直に言った。
「登録も、基準も、
当番制もない」
「それでも、人が残り、
役割が自然発生している」
ミルドは、即座に首を振る。
「いいえ」
声は、穏やかだが、はっきりしている。
「成功例ではない」
全員が、彼を見る。
「これは――
再現できない例です」
その言葉に、空気が変わる。
「中心にいるのは、
あの追放者だ」
ミルドは、資料を叩いた。
「彼が“決めない”ことを、
全員が信じている」
それは、制度ではない。
仕組みでもない。
「個人への信頼に依存した場は、
制度より脆い」
正論だ。
「もし、彼がいなくなったら?」
誰も、答えられない。
***
「さらに問題なのは」
ミルドは、視線を落とす。
「他の地域が、真似し始めていることです」
報告書が回される。
評価を拒否する集落
登録を遅らせる難民
自治官の介入を断る小規模共同体
「彼らは、
“谷のやり方”を理由にしています」
沈黙。
模倣は、拡散だ。
「制御不能な思想が、
広がり始めています」
ミルドは、静かに結論づける。
「……危険です」
***
「介入、すべきでしょうか」
誰かが、慎重に尋ねる。
ミルドは、少し考えた後、首を振る。
「強制介入は、逆効果です」
分かっている。
「だが、
放置もできない」
彼は、立ち上がった。
「段階的に、
“正しい形”を示します」
正しい形。
それは――
評価と自由を両立させた、
管理可能な自治。
「谷を、
孤立させましょう」
言葉は、穏やかだ。
だが、意味は重い。
「物流路を調整し、
人の流入を制限する」
「直接的な圧力は?」
「かけません」
ミルドは、微笑んだ。
「選ばせるだけです」
善意の顔をした、包囲だ。
***
同じ頃。
谷では、その動きをまだ知らない。
ラグが、薬草を干している。
「……次は、
もう少し奥まで行けそうだ」
誰かが、頷く。
小さな希望が、積み上がっている。
***
アルトは、谷の端で風を感じていた。
理由のない、胸騒ぎ。
「……来ますね」
ドレイクが、隣で呟く。
「ああ」
今回は、剣も軍もない。
あるのは、
正しさと、管理と、善意。
そして。
成功してはいけない成功例として、
この谷が、見られ始めている。
火は、まだ灯っている。
だが。
次の敵は、
火を消しに来るのではない。
囲いに来る。
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