第25話 守られない現実
支援が途絶えたことは、
通達ではなく、空白として現れた。
***
朝。
いつもなら、谷の入口に置かれていたはずの荷がない。
乾燥穀物も、
包帯も、
塩も。
「……今日は、来ないのか」
誰かが、そう呟いた。
返事はない。
自治官は、約束を破っていない。
最初から、約束していなかった。
***
昼。
食事の量が、目に見えて減った。
「……足りないな」
「昨日より、少ない」
声は低い。
怒号にはならない。
怒鳴っても、増えないと知っている。
***
夕方。
問題は、食料より先に起きた。
「……熱が下がらない」
子どもが、布に包まれて横になっている。
顔色が、悪い。
「薬は?」
「……ない」
沈黙。
以前なら、
自治官経由で届いていた。
今は、ない。
***
アルトは、その場に立ち尽くしていた。
喉が、ひどく乾いている。
――分かっていた。
――こうなることは、分かっていた。
それでも。
「……俺の判断だ」
誰も責めていない。
それが、余計に重い。
***
夜。
谷の中央に、人が集まっていた。
「……もう、無理じゃないか」
「支援がなければ、
ここは持たない」
誰かが、はっきり言った。
否定できない。
「自治官の案を、
受けるべきだったんじゃ……」
視線が、アルトに向く。
責める目ではない。
迷う目だ。
それが、一番つらい。
***
アルトは、一歩前に出た。
「……ここを、出る自由はあります」
それは、前から言っている。
「引き止めません」
何人かが、目を伏せた。
「でも」
声が、わずかに震える。
「俺は、
支援を断った判断を、
撤回しません」
ざわめき。
「ここを、
“守られる場所”にはしません」
沈黙。
その言葉は、
誰かを救う言葉ではない。
だが。
「代わりに」
アルトは、深く息を吸った。
「俺も、同じ条件で生きます」
顔が、上がる。
「食料も、
薬も、
特別扱いはしません」
それは、覚悟の提示だった。
命令ではない。
強制でもない。
ただの、共有。
***
その夜。
何人かが、谷を出た。
止めない。
引き留めない。
誰も、追い出していない。
だが。
減った。
確実に。
***
翌朝。
谷は、少しだけ静かになった。
残ったのは、
それでもここにいると決めた人間。
そして、
逃げ場がなくなった現実。
***
アルトは、焚き火の前で、膝を抱えていた。
「……これが、現実ですね」
ドレイクが、低く答える。
「理想は、腹を満たさない」
アルトは、苦く笑った。
「でも、
理想を捨てたら、
ここは意味がなくなる」
矛盾している。
それを、理解している。
***
その時。
狩りに出ていた一人が、息を切らして戻ってきた。
「……少し、獲れた」
小さな獲物。
皆で分ければ、
一口ずつだ。
だが。
誰かが言った。
「……ありがとう」
その言葉は、
今までより、少しだけ重かった。
当然じゃない。
義務でもない。
選んだ行動への言葉だ。
アルトは、その光景を見つめた。
まだ、足りない。
まだ、危うい。
それでも。
「……始まってしまいましたね」
ドレイクが、頷く。
「試される段階だ」
ここは、守られない場所。
だからこそ。
人は、自分で選ばなければならない。
腹が減るか。
危険を冒すか。
ここにいるか。
その全てを含めて。
火は、弱くなっている。
だが。
まだ、消えていない。
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