第23話 整えてあげましょう
谷に、見慣れない服装の一団が現れたのは、昼過ぎのことだった。
軍服ではない。
だが、完全な民間とも違う。
揃った外套。
整えられた荷馬車。
そして、迷いのない足取り。
「……自治官ですね」
ドレイクが、低く言った。
「ええ」
アルトも、すぐに分かった。
帝国直属ではない。
だが、帝国の“隙間”を埋めるために動く人間たち。
評価制度が後退した今、
最も勢いを持ち始めた存在だ。
***
「はじめまして」
一団の先頭にいた男が、柔らかく頭を下げた。
「私は、地方自治連合の調整官、
ミルド・ラゼンと申します」
声は穏やかで、敵意はない。
「この谷に、
非登録者の集団があると聞きまして」
アルトは、頷いた。
「はい。
ただ集まっているだけです」
「素晴らしいですね」
即答だった。
「評価制度の縮退以降、
多くの場所で混乱が起きています」
彼は、周囲を見渡す。
「ですが、ここは比較的、
落ち着いている」
それは、事実だった。
だからこそ――
この人間は来た。
「そこで」
ミルドは、笑顔を崩さずに言う。
「我々がお手伝いできれば、と」
空気が、わずかに張り詰めた。
***
「手伝う、とは?」
アルトが、慎重に尋ねる。
「簡単なことです」
ミルドは、指を折る。
「最低限の登録」
「食料配分の基準」
「作業の当番制」
どれも、聞き慣れた言葉だ。
「罰則は、ありません」
彼は、すぐに付け加えた。
「ですが、基準がなければ、
弱い人が先に潰れます」
正論だった。
「今は、まだ回っています。
ですが――」
視線が、アルトに向く。
「人が増えれば、必ず破綻します」
アルトは、黙って聞いていた。
否定できない。
実際、第22話で引いた線も、応急処置だ。
「我々は、
あなた方を管理したいわけではありません」
ミルドは、ゆっくりと言う。
「守りたいのです」
その言葉に、
何人かが安心した顔を見せる。
だが。
ドレイクは、腕を組んだまま言った。
「守るために、縛るんだろう」
ミルドは、即答する。
「はい。
最低限は」
それを、悪だと思っていない。
だから、厄介だ。
***
「少し、時間をください」
アルトは、そう答えた。
即断はしない。
それが、彼のやり方だ。
「もちろん」
ミルドは、穏やかに頷いた。
「我々は、
急ぎません」
――急がない。
それができる側の余裕だ。
***
夜。
焚き火の前で、アルトは考えていた。
「……正しいことを、言われました」
「だから、悩んでいる」
ドレイクは、短く言う。
「彼らの案は、
この谷を“長持ち”させる」
「はい」
アルトは、頷く。
「でも――」
言葉が、止まる。
「受け皿じゃなくなる」
ドレイクが、続きを言った。
アルトは、静かに息を吐いた。
「ここが、
“登録すれば守られる場所”になった瞬間」
評価制度が、
形を変えて戻ってくる。
***
同じ夜。
谷の外。
ミルドは、部下と小声で話していた。
「……どう思います?」
「危うい場所です」
「ええ」
彼は、空を見上げる。
「だからこそ、
放置できない」
善意だ。
間違いなく。
「整えなければ、
ここは壊れます」
それも、事実だ。
だが。
整えた瞬間、
ここでなくなる。
それを、ミルドはまだ知らない。
***
焚き火の前。
アルトは、ぽつりと呟いた。
「……次は、
断らないといけないかもしれません」
ドレイクは、何も言わなかった。
断るということは、
“守らない選択”でもある。
谷は、まだ持っている。
だが。
外からの善意は、
ゆっくりと、扉を叩いていた。
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