第21話 誰も追い出していない
最初に起きた変化は、とても小さなものだった。
***
「……あれ?」
朝、焚き火の前で、若い男が首を傾げた。
「今日の分、少なくないか?」
干し肉の量が、明らかに減っている。
「狩りが少なかったんだろ」
配っていた男が、視線を逸らして言った。
「昨日も同じこと言ってなかった?」
「……そうだっけ」
それ以上、話は続かなかった。
責める理由は、ない。
誰も、決まりを破っていない。
ただ、配り方が変わっただけだ。
***
昼。
谷の中央に、人が集まる数が減っていた。
代わりに、いくつかの焚き火の周りで、
小さな輪ができている。
狩りに行く者。
薪を集める者。
畑を試しに耕し始めた者。
同じ顔ぶれだ。
一方で。
何もしない者たちは、
少し離れた場所に固まり始めていた。
声は、低い。
「……最近、冷たくないか?」
「気のせいだろ」
「でも、前はもっと……」
言葉は、最後まで出てこない。
***
アルトは、谷を一周していた。
見える。
確かに、見える。
だが。
「……誰も、規則を破っていない」
ドレイクが、横で呟く。
「だからこそ、厄介だ」
排除はない。
命令もない。
あるのは、
選択の結果だけだ。
***
夕方。
小さな衝突が起きる。
「……俺の分、ないのか」
疲れた顔の男が、焚き火に近づく。
そこには、狩り組の輪。
「今日は、少ない」
「でも、前は……」
「前は、だ」
声は荒れていない。
ただ、線が引かれている。
「……分かった」
男は、それ以上言わず、引き下がった。
背中は、少しだけ丸くなっていた。
***
夜。
アルトは、焚き火の前で、珍しく動けずにいた。
「……追い出して、いません」
それは、言い訳だった。
「だが、
居場所が減っている」
ドレイクの言葉が、静かに刺さる。
「同じだ」
アルトは、目を閉じた。
評価しない。
命令しない。
それでも、人は選ぶ。
誰と食べるか。
誰と働くか。
誰を信用するか。
「……止めるべきですか」
声が、わずかに震えた。
ドレイクは、即答しない。
「止めれば、
お前が“裁く側”になる」
「……分かっています」
「止めなければ、
誰かが静かに消える」
沈黙。
どちらも、正しい。
どちらも、間違っている。
***
同じ夜。
谷の外れ。
荷をまとめる者がいた。
「……ここ、合わなかったな」
誰に言うでもなく、呟く。
止める者はいない。
追い出した者もいない。
だが。
確かに、一人、消えた。
***
焚き火の前。
アルトは、その事実を後で聞いた。
「……誰も、悪くない」
自分に言い聞かせるように、呟く。
だが。
胸の奥が、強く痛む。
評価をしなかった。
命令もしなかった。
それでも。
「……俺は、
何もしていないとは言えない」
初めて、はっきりそう思った。
選ばないことは、
誰かに選ばせることだ。
その責任から、
逃げていたのかもしれない。
焚き火が、音を立てて崩れる。
火は、まだ消えない。
だが。
このままでは、
静かに、減っていく。
それを、アルトは理解していた。
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