第16話 正しく、切り捨てられる
帝国軍・北部方面軍司令部。
石造りの執務室で、レオス・ハインツ中将は、評価報告書を睨みつけていた。
「……ふざけるな」
机の上には、赤字で囲まれた数値。
――部隊効率:低下
――補給達成率:未達
――安定貢献度:基準未満
どれも、心当たりがない。
「私は、規則通りにやった」
声に、苛立ちが滲む。
追放者を切り捨てた。
評価対象を広げた。
通達を遵守し、罰則も適用した。
すべて、制度が求めた判断だ。
なのに。
「中将」
扉の外から、事務官の声。
「中央より、監査官が到着しています」
「……誰だ」
答えは、分かっていた。
扉が開き、イリス・フェルディナが入室する。
「失礼します。
臨時監査の件で参りました」
感情のない声。
いつも通りの態度。
「君か」
レオスは、鼻で笑った。
「状況は聞いているだろう。
現場は、混乱している」
「はい」
イリスは、机の報告書に目を落とす。
「ですが――
中将の評価も、混乱しています」
「何?」
イリスは、淡々と読み上げる。
「“判断は規則通り。
だが、結果が安定に寄与していない”」
その言葉に、レオスの顔が歪んだ。
「結果が出ないのは、現場の怠慢だ」
「評価では、そう記録されません」
イリスは、はっきり言った。
「評価は、責任を遡ります」
沈黙。
レオスは、初めて不安を覚えた。
「……待て。
私の判断は、中央の方針だ」
「はい」
イリスは、認める。
「だからこそ――
中将は“象徴”として適任です」
その言葉は、
判決だった。
***
数日後。
帝国公報が、静かに発表する。
北部方面軍司令官
レオス・ハインツ中将
任務評価未達により、予備役編入
理由は、書かれていない。
必要がないからだ。
評価制度は、説明を求めない。
***
同じ日。
中央評価局では、別の通知が回っていた。
評価官数名、配置転換
理由:処理遅延による効率低下
誰も抗議しなかった。
抗議は、評価を下げる。
それを、皆が知っている。
***
廃村の焚き火。
「……切られたな」
ドレイクが、短く言った。
「はい」
アルトは、うなずいた。
追放上官。
評価官。
彼らは、悪人ではない。
ただ、制度を信じすぎた。
「ざまぁ、だと思いますか」
アルトの問いに、ドレイクは即答しなかった。
「……違う」
やがて、答える。
「これは、警告だ」
正しくあれば、守られる。
そう信じていた者たちへの。
「俺たちは、喜んでいいのか分かりません」
アルトは、焚き火を見つめた。
火は、静かだ。
だが、確実に薪を食っている。
「喜ぶ必要はありません」
ドレイクの声は、重い。
「だが――
次に切られるのは、俺たちだ」
アルトは、ゆっくり息を吐いた。
それは、否定できない。
制度は、敵味方を選ばない。
役に立たなくなった瞬間、
誰でも切る。
「……だから」
アルトは、静かに言った。
「受け皿が、必要なんです」
もう一度。
今度は、逃げ場ではない。
「切られた者が、
切られたまま生きられる場所」
ドレイクは、じっとアルトを見た。
「それは……国か?」
「いいえ」
アルトは、首を振る。
「国では、ありません」
評価されない。
管理されない。
それでも、人が集まれる場所。
まだ、名前はない。
だが。
「第17話で、
世界は一度、壊れます」
アルトの声は、低かった。
雷鳴が、近くで轟いた。
次に落ちる雷は――
制度そのものだ。
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