第14話 守れない善意
帝国の臨時措置が始まってから、二日。
街道沿いの集落は、静かだった。
静かすぎるほどに。
「……記録は以上です」
帝国官吏が書類を閉じる音だけが、やけに大きく響いた。
住民たちは、列を作って順番を待っている。
名前、年齢、職業、生産量。
そして――“評価仮数値”。
「評価が低い者は、移動対象になります」
淡々と告げられたその言葉に、誰も声を上げなかった。
声を上げても、意味がないことを知っているからだ。
***
集落の外れ。
アルトは、少し離れた丘の上から、その様子を見ていた。
近づくことはできなかった。
近づけば、
“影響力を持つ存在”として記録される。
それは、彼が最も避けたかったことだった。
「……何もしないのか」
ドレイクが、低く問う。
「できません」
アルトは、即答した。
「ここで俺が口を出せば、
彼らは“俺に従った”と記録される」
それは、守ることではない。
評価制度の中に、取り込むことだ。
「それでも、何かはできるだろう」
ドレイクの声には、苛立ちが混じっていた。
「……やってみます」
アルトは、深く息を吸った。
***
夜。
アルトは、集落の外で、小さな焚き火を起こしていた。
そこに、数人の住民が集まってくる。
「……あなたですよね」
若い男が、恐る恐る言った。
「最近、噂になっている人」
アルトは、否定しなかった。
「評価されないまま、
生きられる場所を作りたい」
それが、アルトの言葉だった。
「帝国の管理外で、
戦わずに、暮らせる場所を」
人々の目が、わずかに揺れる。
「それは……逃げ場ですか?」
「……分かりません」
正直な答えだった。
「まだ、形も方法もありません」
沈黙。
やがて、年配の女性が言った。
「それで、本当に守れるの?」
その一言が、胸に突き刺さる。
「評価されないってことは、
守られないってことじゃないの?」
アルトは、答えられなかった。
***
翌朝。
異変は、はっきりと形になった。
「……移動対象者、増加?」
官吏が、記録板を見て眉をひそめる。
「おかしい。昨夜の時点では――」
理由は、単純だった。
住民の一部が、評価対象外を選んだ。
生産量を申告しない。
移動予定を曖昧にする。
記録に協力しない。
アルトの言葉が、
意図せず“選択”を生んでしまった。
「非協力的な者は、
再評価を下げる」
官吏の判断は、規則通りだった。
結果。
移動対象者は、増えた。
***
丘の上。
アルトは、その報告を聞いて、言葉を失った。
「……俺が、増やした」
ドレイクが、唇を噛む。
「善意が、裏目に出たな」
否定できない。
受け皿を作ろうとして、
人を余計に追い詰めてしまった。
「俺は……」
アルトの声が、震える。
「何もできない」
沈黙。
遠くで、荷車の音がする。
移動対象者を運ぶ車列だ。
泣き声は、聞こえない。
誰も、抵抗しない。
それが、何よりも残酷だった。
***
その夜。
焚き火の前で、アルトは俯いていた。
「……やめた方がいいのかもしれません」
ドレイクが、ゆっくり首を振る。
「やめれば、制度が勝つ」
「でも、続ければ――」
「傷つく者が出る」
ドレイクは、はっきり言った。
「だが、それはお前の罪じゃない」
アルトは、顔を上げた。
「じゃあ、誰の……」
ドレイクは、遠くを見た。
「仕組みだ」
評価制度。
正しさを装った、巨大な装置。
アルトは、焚き火を見つめる。
炎は、風に揺れている。
「……中途半端だった」
アルトは、静かに言った。
「受け皿を作るなら、
“評価の外”じゃ足りない」
ドレイクが、眉をひそめる。
「どういう意味だ」
「評価を、無効化できる場所」
それは、危険な発想だった。
帝国だけでなく、
世界そのものに喧嘩を売る考え。
「まだ……方法は分かりません」
アルトは、正直に言った。
「でも、今のままじゃ――
誰も守れない」
遠くで、雷が鳴った。
嵐は、すぐそこまで来ている。
そして、帝国もまた、
次の“正しい判断”を下そうとしていた。
それが、自滅の引き金になるとも知らずに。
本話もお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも続きが気になる、と感じていただけましたら、
ブックマーク や 評価 をお願いします。
応援が励みになります!
これからもどうぞよろしくお願いします!




