第13話 正しいまま、壊れる
帝国軍・中央評価局。
会議室の空気は、重かった。
「世界安定指数、回復せず」
「戦闘件数、依然として低水準」
「にもかかわらず、不安定事象が増加」
報告は淡々としている。
感情を挟む余地はない。
それが、帝国の誇りだった。
「……つまりだ」
白髪の将官が、低く言った。
「戦争は進んでいない。
だが、世界は安定していない」
誰も否定しない。
イリス・フェルディナは、資料を見つめたまま、口を開いた。
「評価制度は、前進と後退を前提に設計されています。
停滞は、想定されていません」
「では、どうする」
別の官僚が言う。
「動かすしかない」
その言葉が、室内に落ちた。
「停滞を解消するため、
評価基準を一時的に調整する」
イリスの指が、わずかに止まる。
「……調整とは」
「簡単だ」
将官は、地図を叩いた。
「“評価対象外”を、減らす」
静寂。
評価対象外――
追放者、難民、非登録集落。
これまで、数値に含めなかった存在。
「彼らを評価に組み込めば、
世界安定指数は回復する」
理屈は、通っている。
だが。
「それは――」
イリスは、言葉を選んだ。
「評価不能者を、
無理に数値化するということです」
「その通りだ」
官僚は、即答した。
「だが、それが秩序だ」
イリスの胸に、冷たいものが落ちる。
――それは、父が嫌った判断だ。
だが、同時に。
帝国を救ってきた判断でもある。
「現場には、既に通達を出す」
将官が、命じた。
「評価対象外の存在を、
速やかに再分類せよ」
その言葉で、決まった。
誰も、責任を取らない。
制度が決めたことだからだ。
***
同じ頃。
街道沿いの町で、異変が起きていた。
「……登録、ですか?」
町長が、帝国官吏の書類を見て、眉をひそめる。
「はい。臨時措置です」
官吏は、事務的に答える。
「全住民を評価台帳に記載します。
生産・移動・接触履歴を提出してください」
「理由は?」
「世界安定のためです」
その一言で、反論は許されない。
町の空気が、冷える。
人々は、何もしていない。
戦ってもいない。
ただ、考えただけだ。
***
魔王軍領内でも、同様の動きが始まっていた。
「帝国が、評価を広げている?」
ドレイクは、報告を聞いて歯を食いしばる。
「……悪手だ」
「ですが、戦争は起きていません」
「だからだ」
ドレイクは、拳を握る。
「選ぶ余地を奪えば、
人は静かに壊れる」
彼は、アルトを見た。
アルトは、答えなかった。
答えられなかった。
胸の奥で、嫌な感覚が広がっている。
――これは、止められない。
自分が何か言えば、
それは“介入”になる。
***
夜。
焚き火の前で、アルトは独り呟いた。
「……始まった」
ドレイクが、低く言う。
「ああ。
正しさが、暴走を始めた」
アルトは、火を見つめた。
人が選ばなくなった世界。
考える余地を奪われた世界。
それは、剣よりも静かで、
命令よりも残酷だ。
「俺は……」
言葉が、途切れる。
何をすればいいのか、分からない。
止めることはできない。
説得も、通じない。
それでも。
「……受け皿が、必要だ」
ドレイクが、視線を向ける。
「何だ、それは」
「評価されない人間が、
評価されないまま、生きられる場所」
アルトは、自分の言葉に、驚いていた。
まだ、形はない。
方法も、分からない。
だが。
「それがなければ、
この戦争は終わらない」
焚き火が、音を立てて揺れた。
遠くで、誰かが泣いている声が聞こえた気がした。
それは、戦場の悲鳴ではない。
だが、確かに――
戦争の音だった。
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