第5章 男女二人っきりでもこんなもんです。
初めて長編連載に挑戦します。
◆SF/現代ドラマ/少しハードボイルド
◆未来から来たアサシン × 古物商の男
◆非日常と日常のギャップ
◆戦闘力MAXの女 × 庶民的な男
◆“救われない未来”から漂着した女が、生まれ直す物語
今回はユキコにとって初めての“普通の日常”。
文化ギャップや料理、風呂に喜ぶ姿など、少しゆったりめの回です。
投稿はゆっくりペースになるかもしれませんが、
最後まで大切に書きたいと思っています。
どうぞよろしくお願いします。
夕方。
俺はいつもより少し早く帰宅した。
いつもなら情報整理やら残務やらで会社に残っているところだが——
しばらくは、部屋にいる“子猫”の食事の面倒を見なきゃならん。(笑)
未来の戦士は家事が壊滅的だった。
キッチンに立つ俺のそばで、ユキコは手持ち無沙汰のまま、じっと手元を見つめている。
ふと、彼女の髪の毛先が少し乱れているのに気づいた。
(……この2日間、風呂入ってないよな)
台所の手を止めて声をかける。
「ユキコ。風呂、入るか?」
ユキコの目が一瞬まん丸になる。
「……ふ、ふろ?
お風呂……もしかして“湯船につかるやつ”?」
「そう。ちゃんと湯を張って入れる」
その瞬間——
ぱあぁっと信じられないほど明るい顔になった。
「えっ……! いいの!?
本当に? 本当に入っていいの!?」
「そんなに?(笑)」
「……週に一度、行水。
あとは……任務の前にドラム缶の湯に入るくらい。
“浸かる”なんて……贅沢すぎて、考えたこともなかった」
興奮で言葉が前のめりになっている。
(風呂にそんな食いつくか……)
「もちろん。好きなだけ使え」
「わあああっ!!」
ユキコは子どもみたいに両手を上げ、
少し恥ずかしそうに小声で礼を言った。
「……ありがとう、ヨシヒコ」
「風呂の使い方、わかるか?」
「わからない。でも覚える! 教えて!」
うきうきした足取りで浴室へ向かう。
「はいはい、まずはお湯張るボタン押して——沸くまで待つだけ」
ピッ。
《お風呂を沸かします》
「しゃべった! これが、しゃべった!?」
(お、思った通りの反応)
「ここの家電はだいたいしゃべるよ」
「すごい……すごい……!
未来よりすごい……!」
この世界に感動してくれるユキコを見るのは、なぜか心地よかった。
「お湯が沸くまで料理しようか。興味あるか?」
「ええ。向こうでもやりたかった。今は……できるのね」
その言葉の奥に、未来の過酷さがわずかに滲んだ。
「よし、キッチンに行こう」
二人で並んで包丁や材料を取り出す。
「料理ってのは三つ覚えれば怖くない。
一つ目が包丁。二つ目が火加減。三つ目が匙加減。
これが決まれば、どんな料理でも自然に“何でできてるか”が分かる」
「……戦闘講義と似てるわ」
ユキコのまつげがわずかに震え、理解のスイッチが入る。
そんなやりとりの間に、玉ねぎ、じゃがいも、人参を切り終え、
中くらいの寸胴で肉と野菜を煮込み、クリームを流し込むと、
台所は“シチューの匂い”に包まれた。
「……いい匂い」
その呟きは、やけに子どもっぽく可愛かった。
「付け合わせにスコッチエッグでも作るか。二人でやると楽しい」
ユキコが“興味津々の猫の顔”になる。
二人で肉ダネをこね、茹で卵を包み、衣をつけて油へ。
カラコロと軽い音が上がり、きつね色の球が浮かび上がった頃——
《お風呂が沸きました》
「さ、行ってこい。タオルは中に置いてある」
「了解っ! 入ってくる!」
ユキコは嬉しそうに浴室へ消えていった。
(……風呂であんなに喜ぶ女の子は初めてだな)
***
湯船に浸かった瞬間、ユキコの身体がピクリと震えた。
「あ……あったかい……」
胸元まで沈めると、緊張していた肩がゆるりと下がり、
目を閉じる。
(こんな感覚……いつぶりだろう……)
湯気の白さの中で、ユキコの表情はふわりと緩んだ。
「こっちの人たちは……こんな幸せを毎日……?」
ぽちゃん、と静かな湯の音。
ユキコは小さく「ありがとう」とだけ呟いた。
***
やがて浴室の扉が開く。
湯気とともに出てきたユキコは、
髪をタオルで押さえ、頬を桜色に染め、
ほんの少し照れたように笑った。
「……すごい。お風呂って、本当にすごいのね。
身体が、軽い……」
(……やば)
戦士の鋭さは完全に影を潜め、
湯上がりの“若い娘”の柔らかさがそこにはあった。
「これ……クセになりそう」
ふわりとソファへ座る姿が、
どこにも緊張をまとっていない。
「……ヨシヒコ。本当にありがとう。
“生きててよかった”って思うの、久しぶり」
その言葉の重さに気づきながら、俺は笑って返した。
「どういたしまして。風呂は毎日入っていいからな」
「ほんと? 毎日……?」
ぱっと花が咲いたように明るい表情。
(……こいつは本当に面白い)
***
その夜は、シチューとスコッチエッグを
ガーリックトーストと一緒に食べた。
ユキコの食欲は見ていて気持ちがいいほどで、
スコッチエッグを二つ平らげ、シチューも二杯おかわりした。
「……よく食うな(笑)」
「お風呂のおかげで、身体も胃袋も軽かったの」
「へえ、ユキコジョーク。初めて聞いた」
ユキコは少し頬を赤らめて柔らかく笑った。
食後、俺が風呂に入り、二人でニュース番組を見る。
ユキコは番組より“文化”を吸収しているらしく、
「あれは?」「これは?」と質問攻め。
夜が更けるにつれ、俺は眠気に負け始めた。
「ヨシヒコ? 眠たいのね。ごめん。私も寝る」
「おう、おやすみ」
ユキコは手を振って寝室へ。
閉じたドアを見送り、俺はソファに横になった。
男女で同棲していると言うより、
友人と同居しているような、不思議に心地いい距離感だった。
今夜はゆっくり眠れそうだ。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
今回はユキコの日常と心のほぐれを描きました。
次章から、彼女の任務に関わる“きな臭いニュース”が動き始めます。
ヨシヒコの日常と、ユキコが背負ってきた未来の影——
少しずつ、物語の核心に近づいていきます。
これからもお付き合い頂けると嬉しいです
次回もどうぞおたのしみに。




