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ユキコPSC事務所 ~俺の同居人は可憐なアサシン~  作者: サトルン


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2/9

第2章 未来人との生活

初めて長編連載に挑戦します。


◆SF/現代ドラマ/少しハードボイルド

◆未来から来たアサシン × 古物商の男

◆非日常と日常のギャップ

◆戦闘力MAXの女 × 庶民的な男

◆“救われない未来”から漂着した女が、生まれ直す物語


この作品は「派手な戦闘」よりも、

ふたりの距離が近づいていく感情の動きと、

現代の日常に混ざる非日常を楽しんでいただければ幸いです。


投稿はゆっくりペースになるかもしれませんが、

最後まで大切に書きたいと思っています。


どうぞよろしくお願いします。


次の日は土曜日で、俺の仕事場は休みだった。

もとより今朝から自宅を空けるつもりはなかった。

昨夜のことが、自分の妄想からそのまま夢になっていて、

一連の出来事は「なかったこと」になっていればいいなと願いながら目を開けた。

だが、運命の神は、どうやら俺に悪夢を見続けさせるつもりらしい。

俺はリビングの長いソファーで、片方のひじ掛けに頭をのせ、

反対側のひじ掛けに足首をのせた、だらしない格好のまま目を覚ました。

板張りのリビングのフロアに、

テラス窓の遮光カーテンの裾から、三日月みたいな形に陽の光が差し込んでいる。

それをぼんやり眺めながら、サイドボードの上のアンティーク置時計に目をやると、

午前9時を回っていた。いつも通りの休日起床だが、状況はいつも通りじゃない。

何気なく寝室の扉を見る。その向こうには、例の女がベッドに寝そべっている——

はずだった。

この“今”が悪夢の続きなら、の話だが。

俺はいつものルーティーンで、カウンターの電気ケトルのスイッチを入れながら欠伸をした。

カウンターキッチンに回り込み、フラスコとペーパーを敷いたドリッパーを用意する。

棚から豆とミルを取り出し、適量をミルに放り込んでハンドルを回す。

手動ミルを回すたび、ガリガリと乾いた音が、朝の静けさに溶けていく。

紙を敷いたドリッパーに粉を落とし、沸かした軟水をゆっくりと注ぐ。

立ち昇る湯気とともに、コーヒーの豊潤な香りがふわりと広がった。

——その湯気の向こうに、

寝室のドアからこちらを覗く「昨夜の女」の顔があった。

「……ッ!」

俺は反射的に肩を跳ねさせた。

現実に引き戻された……いや、正確には、

現実から“悪夢の続き”に引き戻されたのかもしれない。

ユキコ——と名乗った女は、不思議そうに俺の手元を見つめて言った。

「それは何? ……薬なの?」

一瞬、なに言ってんだ? と思ったが、

次の瞬間には「ああ、こいつ“未来人”だった」と思い直した。

昨日の狂気じみた登場と、この首をかしげる無邪気さの落差に、

俺の頭のどこかがまだ追いついていなかった。

俺が自分専用のアンティークのマグカップに琥珀色の液体を注ぎ終えると、

ユキコはぱちくりと目を瞬かせて言った。

「それ、飲むの?」

「コーヒーを知らないのかい? 未来にはないのか?」

「……これがコーヒーなのね。実物は初めて見る」

そう言って、少し小さく鼻を鳴らして香りを嗅いでいた。

未来ではコーヒーは一般的じゃないらしい。

緑茶、ウーロン、紅茶……そのあたりの茶葉を嗜好品として飲むのだろう、と勝手に想像する。

「飲んでみるか?」

「……遠慮しておく」

どうやら、俺が少し揶揄うような言い方をしたのが気に入らなかったらしい。

彼女はふい、と寝室に引っ込んでいった。

「……感情の起伏が大きいのかな。不安定なのか」

独りごちつつ、オーブントースターで厚切りのトーストを二人分焼き、

フライパンでベーコンエッグをこれも二人分作り始める。

ジュウ、と油の跳ねる音がキッチンとリビングに響き始めた頃、

寝室のドアが少しだけ開き、隙間から彼女がこちらの様子をうかがっていた。

「おいおい。そんな、連れてきた猫みたいな反応してないで、リビングに来な。

 朝食はおごりだよ。コーヒーがダメならコーンスープを飲むか?」

俺がそう言うと、彼女は静々と寝室から出てきた。

「女性用の必需品なんかは俺は持っていないから、すまないね。

 良かったらバスルームの洗面台を使って顔を洗って。

 歯ブラシとタオルは替えがあるから、それを持っていくよ」

俺は洗面台の位置を指し示しながら、油の上で踊っているベーコンの上に卵を落とした。

ベーコンエッグが出来上がる頃、顔を洗ってきた彼女に、フェイスタオルと歯ブラシと歯磨き粉を渡した。

「あ……ありがとう」

朝の光に照らされたユキコは、昨夜よりもずっと柔らかく見えた。

改めてその顔立ちを見て、俺は心の中で「なんて美人だ」と呟く。

彼女も俺の視線に気付いたのか、少し笑ってタオルで顔を拭いた。

俺はわざとらしく咳払いを一つする。

「朝食ができましたよ。こちらへどうぞ。おかけになってお召し上がりください」

身なりを整えたのを確認してから、カウンターの席へ案内した。

一通り食事を終えると、彼女は小さく息を吐き、

「どうも、ごちそうさまです。……こうやって落ち着いて食事をするの、何年ぶりかしら」

と呟いた。本気で感激しているように見えた。

(あれが昨晩、あれほどの機敏な動きで——

 まるでヤマネコみたいなすばしっこさで俺を締め上げた女と同一人物とはな……

 どっちが本当の彼女なんだ?)

「ヨシヒコ? そう呼んでいいかしら?」

「へぁ?」

思わず素っ頓狂な声を上げると、彼女は怪訝そうに眉をひそめた。

「あ、ああ……いいよ。それでいい。よろしく、未来人ユキコ」

ちょっとイラついた顔をして、彼女はふいっと視線を外す。

「ちょっと。言葉の端々に呪いか何か、こめていませんこと、ヨシヒコさん?」

食事で上機嫌になった分、余計に興ざめだと言わんばかりの顔だった。

「すまん。昨夜のこと……まだ自分の中で処理しきれてなくてさ。

 ちょっと揶揄い口調なのは認める。

 だけど、昨晩、曲がりなりにも“協力する”とは返事したんだ。

 そこだけは二言はないよ」

「そうだったわね。私はあなたに、ずいぶん依存しなくてはならない立場だった。

 多少は我慢を要求されても、文句は言えないか」

俺は笑って肩をすくめた。

「ごめんごめん。そこまで要求しないよ。

 ただ、昨夜みたいなのはもう勘弁だ。あれだけはもうゴメン。

 そこだけ聞いてくれれば、俺もむげにはしない」

これは本心だった。

「あなたは、思っていたより頭も回るし、駆け引きもできる。態度も紳士的だわ。

 私は、あなたから協力の言質を取れたこと、本当にありがたく思っている。

 ここからは“協定”を組んでほしい」

「協定……?」

「本当は、そんなことを言える立場じゃないのも分かってる。

 だけど、あなたの協力がどうしても必要なの」

「君が本気で困っていることは、分かってるよ。

 だから、ほら。食事だって提供してるし、寝床だってある。

 だからと言って、君に何か大きな見返りを要求できるかといえば、そうでもない。

 君には何も“カード”がないのも分かってる。

 乱暴な取引をふっかける気もないさ。

 だから、その代わりというか……良かったら、俺にも分かるように説明してくれないか?

 どんな目的でここに来たのか」

「……ごめんなさい。今の段階では、お話できないわ」

ユキコは、昨夜と同じく申し訳なさそうな顔で言った。

「『今は』って言ったからには、時が来たら話すってことなんだな?」

「ええ。それは絶対に。あなたに協力してもらわなければならないから。

 だけど、ごめんなさい。今はまだ詳しく言えない。

 これは自分のためじゃなくて、あなた方のために言っているの。分かって」

「……だけど、協力してって」

「今は、私にここを“拠点”にしていいと言って。居場所を提供してくれればいい。

 なんなら、自分の食い扶持は自分でなんとかする」

「居場所の提供なら、ここは遠慮なく使えばいいさ。

 食事も、君一人分なら増えたところで何の問題もない。

 俺、そのくらいの甲斐性はあるから。気を使わなくていい。

 むしろ君みたいな女性は目立つからな。

 生活に慣れるまでは、ここで大人しくしててくれ」

「俺は、今の生活があまり大きく脅かされなければ、それでいい」

「それは間違いなく。約束するわ。安心して」

「そうか」

心の底からホッとした。

休みの日や夜ぐらいは、静かに過ごしたいと思っている。

ユキコからこの“約束”をもらえたことは、俺にとってはかなり大きかった。

「だとしても、スウェット一着じゃ生活に困るだろ。

 一通りの女性用品と着替え、洋服は必要だ。

 ネット通販で買おう」

「ネットツーハン?」

ユキコは首をかしげて俺の顔を見た。

何から何まで、文化的な言葉の端々にギャップが垣間見える。

彼女のいた未来とは、どんな未来なのか——。

俺は、そこまで考えていなかったことに、少し遅れて気付いた。


本作の序盤は

「義彦とユキコの日常」に重点を置いています。


未来から来たアサシンが、

最初に覚える文化は“通販”だったり、

スカートの意味がわからなかったり、

ハンバーガーの味に微笑んだり。


そんな小さな日常の積み重ねの中で、

ユキコという人物の傷や、迷い、そして未来への不安が

少しずつ読者にも伝われば嬉しいです。


ここから先は、

ユキコの任務に関わる“非日常”が色濃くなっていきます。


ここまでお読みくださり本当にありがとうございます。

次回もどうぞおたのしみに。

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