2.幸せになってくれ
「シオン様、今日お医者様がいらして順調にすくすく育っているとのことでした。あと半年くらいでお生まれになるそうですよ。早くアスタの顔をみてみたいです。貴方に似ていると嬉しいんですが。」
俺の葬儀を終えて、はや2週間。陛下の言っていた協力者とともにリンドリアはここを守っていた。そして毎日、リンドリアは夜、ベッドに横になるとこうして俺に話しかけるように独り言を言っている。俺が見えているんじゃないかと疑ったことはあるが、やはり見えてないようだ。
『そうか、俺はリンドリアに似ている子が欲しいけどな。女の子でも、男の子でもどちらでもいい。まぁ男の子で、リンドリア似で名がアスタだと、俺と同じくどこかのクソガキに虐められるかもしれんが、まぁ俺とリンドリアの子なら、大丈夫か。元気に生まれてくるといいな。アスタもリンドリアも。』
1人喋るリンドリアに、聞こえないながらも返事を返すようになっていた。こんなに長く話すことも、リンドリアの顔を見ることも初めてなので、凄い新鮮だ。幽霊となって今初めて俺たちは夫婦らしいことをしている。まぁそう思っているのは俺だけなのだが。
「シオン様、今日実家のものが来ました。貴方の子を宿している私を、他の男に嫁がすと仰るのですよ。どうやら、人妻に対する執着が凄いご老人のようです。」
『一緒に見ていたさ。俺の妻をどうするのかと腸が煮えくり返ったぞ。』
「あの方達は、私と陛下が交わした約束をご存知ないから、あのような。いえ、シオン様と陛下の仲をしらない無知な方ですからね。本当にお恥ずかしい限りです。お父様がなにも言わないことをいいことに、好き勝手して。このままでは、シェイ家はそう近くないうちに潰されてしまいますね。」
『ふん、あんな家さっさと潰れてしまえばいい。リンドリアの父親は、娘を大切に思う様子だったが、あの義母と異母妹は最悪だ。リンドリアが、どれだけ苦しんだことか。そうなると、あの女共を放置している父親も、あれだがな。』
「しかし、そうなってしまうと、私は更にシオン様に相応しくない人になってしまいますね。ただでさえ、貧乏子爵家の娘なのに、貴族ですら、もしかしたら犯罪一家の娘になりうるかもしれないなんて…」
『大丈夫だ。陛下とアイザックはちゃんと理解してくれる。それに、俺は別に貴族のリンドリアにこだわってはいないし。むしろ、あの害虫から離れられるのであれば、縁をきって欲しい。』
「こんなこと今考えても仕方ありませんね。なるようになるでしょう。陛下も子供を見捨てる真似は致しませんでしょうし。せめて、この子だけは幸せに生きて欲しいのですが。」
『俺は、お前にも幸せになって欲しいよ。』
幽霊となってから、何かといい事もあったが、なぜ死んでしまったのだろうかという思いも尚更強くなった。
俺が傍にいれば、なんとしてでも、リンドリアを守ることが出来るのに。
見ているだけしか出来ないのが、歯痒くて辛い。
最近思うことがある。考えないようにしていたことだ。
幽霊となって、意識がとぶことなんてなかったが、最近は眠いと感じるようになり、気づけば半日や翌日、酷いときは3日後になっていることが増えた。
もしかして、これは幽霊としての俺の期限が近いからだろうか。いつまでも、ずっとこうして傍にいられるとは思ってはいないが、せめてアスタが生まれて、リンドリアの無事が確認出来るまでは。
「シオン様、何があってもこの子だけは必ず守りますから。」
『子供は別にいい。俺は、俺はリンドリアが幸せならそれで…』
急激な眠気に誘われ、俺は意識を失ってしまった。
※※※
「ん、ん。いって。」
目が覚めるとすぐに激痛に襲われた。
「あ、起きた。」
目の前にはしらない、褐色の肌色の女の子。
「おじいちゃん、ようやく起きたよ。」
「そうかそれは良かった。」
ここはなんだ、俺は眠る前まで、スターリー邸にいたはずだが。それに、俺のことが見えるのか?あと幽霊に痛覚なんて存在するのか。
疑問だらけだ。
「もう、本当に死んでしまうかと思ったよ。私達に感謝してね。私達が助けて、手厚い看病をしなければ貴方死んでたからね。」
「お、れ、ゴホッゴホ。」
「ミオ、水を飲ませてあげなさい。」
「はーい。」
水を飲ませてもらい、ようやく落ち着いた俺は、この2人に聞きたいことを聞いた。
「こ、こはどこだ。」
「未開の森だよ。崖から落ちてしまった様子だけど、木々がクッションとなって助かっていたのを私が発見したのよ。」
未開の森。隣国と俺の生国との間にある森だ。しかし、凶暴な獣がうじゃうじゃおり、迷い込んだら出れない森のため、近づく人はいない。
「きみ、たちはここにすんで、いるのか?」
「そうだよ。」
「そうか、本当に助けていただきありがとう、ございます。
必ず御恩は返します、ただ今は、家族のもとに帰りたいのです。どうかご協力をお願いできないでしょうか。」
「もちろん。この森のことなら、私にまっかせて~」
体はぎしぎし痛むが、関係ない。早く、早くリンドリアとアスタの所に帰りたかった。
翌日、ミオに案内され、森の出口まできた。迷い込んだら出られないという森だが、スタスタ歩き、いつの間にか出口だ。
「君たちは、なぜここに?」
「元々、私達は隣の国の住民だからね。ほら、私の瞳赤いでしょ?流行病で両親を亡くした時、不吉だから出て行けと街を追い出されちゃって。点々と住み替えてはいたんだけど、結局私はどこにも受け入れられなかったの…まぁでも最初はそりゃ怖かったけど、今じゃ庭みたいなものだし、住みやすいよ。」
確かにミオの瞳は、赤色で国によっては不吉とされるが、
「とても綺麗な色をしている。この国では赤は吉兆の印であり、誰も君を忌み嫌うものは居ない。いざこざが絶えない辺境の地ではあるが、俺たちがここを守るから、良かったら、街のほうに住んでみないか?」
「…移住券なんてないし、お金もないよ。」
「実をいうと、俺がここの領主だ。助けてもらったお礼に、生活が送れるよう手助けをさせて欲しい。まぁ、街に移住しなくてとも、なにか別の方法でお礼は必ずさせていただく。」
「…おじいちゃんに聞いてみる。」
「そうしてくれ。また後日森の前に人を寄越す。そうだな、爆竹の音がしたら、俺の使いだと思ってくれ。その時どうするか教えてほしい。本当に、この度は助けていただいて本当にありがとう。このお礼は必ずさせてくれ。」
「ふふ、領主様だというのに、平民に頭は下げるなんて。貴方はいい人だね。じゃあ私はここまでで。気をつけてね。」
「あぁ。また後日。」
ミオと別れ、俺は屋敷まで戻ろうとするが、なかなかの距離である。しかも、今は金すらない。道のりは長いと感じて居たのだが、
「済まない、勝手な事だがお金を貸していただけないだろうか。このご恩は必ず返すから。」
「あ?あー、あー?領主、様、じゃねーか?」
「え?あ、ぁ。」
「生きて、いらしたのですね。」
お金を借りようと声を掛けた男性は、涙を流しながら、俺のことを抱きしめてきた。
「死んでしまったと、そうお聞きしたので。でも、まさか生きていたとは。こんな嬉しいことがあったなんて。」
その男の声が大きいことで、周りもざわつき、
「領主様!」
と人混みに囲まれてしまった。しかし、フードを深く被っていたにも関わらず気づかれるとは。しかも、こんなに心配してくれる人がいるとは。
嬉しい限りである。
道のりは長いと感じていたが、良い馬車に乗せてもらうことで、屋敷までの道を急いだ。死んだと思われていた俺が、こうして戻ったのだ。リンドリアはどういう反応をするのだろうか。きっと、顔色は変えないのであろう。だが1人の場では、嬉しい顔をしてくれるに決まっている。
「だ、旦那様!」
「ウェビス、ただいま戻ったぞ。」
「よくご無事で。一体何故?」
「詳しい話はまた後で。リンドリアはどこだ。」
「奥様は…その。」
「どうした?」
「行方不明で、捜索中です。」
「はぁ?」
自分でも驚くほど、冷たく低い声がでていた。




