1.幽霊になってしまった俺
「旦那様が、逝去されました。」
執事であるウェビスは目を伏せながらそう答えた。声も体も震えており、俺の死を悲しんでいることが分かった。ウェビスは、俺が生まれる前からここで働き、叱ったり褒めてくれたりと、大切な家族だった。
だからこそ俺も申し訳無いと思う。必ず戻ると約束してしまったのに。
「そ、う。ではお葬式を開かなくて。招待状のリストを上げておきなさい。」
淡々と答える女は妻のリンドリアだ。しかし、政略結婚であり、家族の温かみや、愛などは皆無だ。顔を合わせても、視線は合うことはなく、話は一言二言で終わってしまい、その場には沈黙が漂う。そんな関係だった。
しかし、期待はしていなかったが、顔色1つ変えない彼女に、もう少し反応して欲しかったというのは俺のわがままだろうか。
「奥様、このような時に不謹慎だということを承知で申し上げます。奥様は今後どのようにされますでしょうか。旦那様が亡くなった今、ここを治める人はおりません。私は1度国に返上し、新たな領主を派遣していただくほうがよいかと思われます。」
ウェビスの言う通りだ。ここは、放置なぞできる領地ではない。放っておけば、すぐ他国に侵略される。だからこそ、国に返上し、新たな領主を立てることが最善だ。リンドリアもようやくこの辺境から解放される。金だって、国から補償金もでるから、一生困ることはないだろう。
「…旦那様が亡き今、スターリー家を継ぐものはこの子しかおりません。私はこの子が大きくなるまで代理として、旦那様の故郷を守りたいと考えています。」
そう、自身の腹を優しくさすっていた。これには俺もびっくりだ。
何故かというと俺たちは結婚して初夜を迎えて以来、夫婦の営みをしたことがない。だから、もし本当に彼女のお腹に子供がいるのだとしたら、きっと。
「本当に、本当に旦那様のお子でございますか。」
「では誰の子だというのかしら。」
「旦那様はご存知だったのでしょうか。」
「いいえ。発覚する前にいってしまわれたもの。それに、知っていたのであれば、貴方が知らないはずがないでしょう…疲れたから、1度席を外してくれる。」
「…かしこまりました。」
ウェビスは納得の言っていない様子だったが、顔には出さず、退出した。
女性の部屋に無断で居座るのは紳士としてどうなのかという葛藤もあったが、彼女がどんな生活を送っているのか気になり、残ることにした。幽霊となった俺は、誰の目にも見えないため、咎めるものは俺の良心くらいなのだから。
最後くらい、彼女が何を思っているのか知りたかった。
リンドリアは、そのままベッドに倒れ込むように顔をうずめて、「シオン様、どうして。」と俺の名を呼びながら泣いていた。最初は俺の事を偲んでいるのかと思ったが、離縁する前に死んでしまったことを悔やんでいるのでは。そう結論に至った。
彼女が俺のことを思っている訳がない。
けれど俺のほうは、初めて見た時から美しい女性だとは思っていた。
父がいざこざで死んだ時、俺はまだ18歳だった。気持ちの整理ができないまま、仕事を引き継ぎ、疲弊する毎日。 いくら睡眠を削っても、やるべき事は沢山あった。そんな中結婚しろと急かされたのだ。それも国王陛下より。本当は断るはずだった。今は結婚なんてしている暇も相手を思いやる気持ちもないと。けれど会うだけ会ってくれないかと、陛下からお願いをされてしまっては断れなかった。
会うだけ会って、断わろう。どうせあんな田舎にくる奴はいない。そう思っていたのだ。
『はじめまして、リンドリア=シェイと申します。』
目を奪われてしまった。今回だけと思っていた心は、頭の隅の隅に追いやられてしまい、残ったのは美しいという言葉だけ。
一目惚れだったのだ。俺が拒否しないことをいいように、瞬く間に結婚話は進み、俺たちは結婚した。どうやら彼女は、前妻との子で、後妻と異母妹に嫌がらせを受けていたみたいだ。
そんな過去があるにも関わらず、彼女は凛としていた。その姿勢に惚れてしまったのだ。
結婚して5年たった今でも、彼女のことは相変わらず美しいと、大事に思っている。だから彼女が幸せになれるのであれば、たとえ別の男の所にいっても構わない。
それから3日後、俺の葬儀が始まった。といっても、俺の遺体は見つかって居ないらしい。どうにも、侵略者とともに道連れで崖から落ちてしまい、いくら捜索しても見つからず、獣にでも食われたんじゃないかとのことだった。
自分で自分の葬儀をみることは、初体験だ。俺の葬儀は、俺が思ったより豪華なもので、国王陛下や王太子まで来られた。
「シオン、俺が国王になっても仕えると約束したじゃないか。」
王太子であるアイザックとは、なんだかんだで昔馴染みであり、仲は良かった。まぁ初めてあった時は、偉そうで、無理な命令ばかりしてくるこいつに説教してしまった。そうしたら、何故か好かれた。アイザック曰く、『怒ってくれるやつなんかいなかった。だから嬉しかった』とのこと。
スターリー家は代々王家からの信用が厚いものだ。
「国王陛下にご挨拶申し上げます。」
「よい、今日の主役は我ではない…久しいな、シェイ令嬢。いや今はスターリー夫人か…シオン=スターリーは、この王国の守護者だ。彼はこの国を守って散っていった、父親と同じく。代わりといってはなんだが、君のことはこの国が守ろう。見舞い金はもちろん別に支払う予定だが、なんでもよい、なにか願いなどはあるか?」
「おひとつだけ、お願いがございます。」
「なんだ。」
「このお腹には、旦那様のお子がございます。そして、私はこの子にスターリー家の後継として、この地を守って欲しいと思います。何卒それまでは私にこの地を任せていただけないでしょうか。」
まさかこのように場でその発言をするとは。
俺の子だといい、違えば不敬罪に問われる。まぁ、余程似ていなければ、突き通せるのか。
それにしても陛下の御前で度胸がありすぎるだろう、リンドリア。
「そうか、シオンとの子か…良いだろう。その願い聞き届けてやろう。だが、あの領地は国の要。そのため条件は出させてもらう。統率者として、1人向かわせる。その者と協力して守るがよい。」
「ありがとうございます。」
色々とあったが、葬儀は無事に終わった。
葬儀に参加してくれたものは、形式的にというもののほうが多かったが、俺のために泣いてくれる友人もいた。その姿を見ると、心苦しいが嬉しかった。自分は、環境に恵まれていたのだと知ったから。
「シオン様、私、やりましたわ。これで、これでこの子とスターリー家を守れます。大丈夫です、私に任せてください。い。シオン様。」
ベッドに寝転び、そう呟くリンドリア。近頃のリンドリアはなんだかおかしい。俺の名前を何度も呼ぶなんて。俺との2人だけの食事の時も、ずっと旦那様って呼んでいたのに。
「名前は、なにがいいですか?シオンと名付けたら、シオン様はお怒りになるでしょうか。私も、どちらのシオンのお話をしているか分からなくなりますわ。」
彼女はこんなに話す人だったのだろうか。俺が知らないだけで。それに、ずっとシオン様シオン様と。まるで俺のことを思っているような…いやいやいや、リンドリアに限ってそんなことはない。もしかしたら、相手の男もシオンという名前に違いない。
そうだ、これではまるでリンドリアが俺の事を好いているみたいだ。
「アスタ、アスタ=スターリー。えぇ、これにしましょう。シオン様と同じくお花に属する名前の。女の子でも、男の子でも使えますし。やはりご自分の経験もありますから、男の子の場合だと、女の子っぽいお名前は、反対されますでしょうか。しかし、どうしたことでしょう。これ以上のよい名前が思い浮かびませんわ。例え、子が怒っても父親と同じということを説明して納得していただかなければ。シオン様も、その時はきちんと見守って…」
楽しそうに、楽しそうに独り言を話していたリンドリアは、いきなり黙り、泣き始めた。
「シオン様、シオン様、どうして。どうして私お1人を残して逝かれたのでしょうか。」
完全に気づいてしまった。リンドリアのいうシオンとは、どこの誰かも分からない馬の骨男なぞではなく、俺のことだと。ということは、覚えていないが腹の子も俺の子ということ、なのか?




