9.治癒の聖女(フィラルド視点)
バルドとの話を終えて、今度こそ宿舎の方へ戻る。顔見知りの兵たちが声をかけてくれるので、それに応えながら宿舎の中を歩いていく。
このルーロ伯爵領の衛兵は”強さこそすべて”という考え方が強いように思う。
魔法使いだろうが、剣士だろうが、卑怯な手を使っても、戦いに勝ったものが正義と言う考え方をしている者が多いのだ。
このアルロッパの街に来た日、なぜかバルドに戦いを挑まれた。戸惑いながらも兵たちの前でバルドと戦い、辛勝してからは衛兵たちから尊敬の眼差しで見られている。少しむず痒く思いながらも、フィラルドを受け入れてくれる衛兵たちには感謝していた。
自室に戻ると、早速、通信具でカイゼルに連絡をいれた。
ポールという、植物の研究家に協力を仰いだ事、それと、ポールから頼まれた、毒の特定に必要な情報を確認する内容だ。
カイゼルから返信が来るのは明日以降だろう。何もできない自分に苛立ちを覚えるが、それを表に出すことはできない。
部屋に1人でいると苛立ちや不安、辛い感情が膨らんでいく。
もう一度駐屯所に戻って、暗い気持ちを振り払う様に兵たちに混じって鍛錬を行い、時間を潰した。
次の日の朝、起きてすぐ通信具を見ると魔石がわずかに光っていた。返信が返ってきた合図だ。
それを見てベッドから飛び起きると、机に出していた紙とペンを手に取り、通信具から聞こえてくるカイゼルの声を紙に書き写していった。
(嘔吐の症状はないのか……)
昨日ポールから聞いていた症状とは合致しないが、これをまた伝えたら何か手掛かりが掴めるかもしれない。
朝食を取るのも忘れて宿舎を飛び出して、馬に飛び乗りポールの研究室まで駆けた。
* * *
「残念ながら、初めて聞く症例です」
ポールは朝早く来たフィラルドを迷惑そうに見ながらも、昨日の返答が来たことを伝えると、わずかに目を開いて驚きながら、部屋まで通してくれた。
だが、その答えはフィラルドの期待を裏切る物だった。
「そんな……」
フィラルドは、頭を抱えてソファに沈み込んだ。
「私も植物の研究者として長年やっていますが、聞いた事がありません。植物以外の毒の種類として考えられるとしたら、後は鉱物によるものか、魔物の毒によるものか……。ですが、どちらも私は専門外ですので、お力にはなれません」
静かに言うポールに苛立ちが込み上げる。だが、ポールが悪いわけではないことは分かっているのだ。腹の中で燻る苛立ちを抑えるため、深く深呼吸した。
「協力、感謝する……」
苛立ちを飲み込んで、小さく感謝の言葉を言ってからソファから立ち上がった。
そのまま部屋から出るためにドアノブに手をかけた時、ポールがボソリと言った。
「……”治癒の聖女様”が本当にいたら良かったのですがね…」
その言葉にフィラルドの動きが止まる。
「治癒の聖女様?」
「2年ほど前、アルロッパで治癒の聖女様に会ったという人がいたのですよ。まぁ耄碌した老人だったから、私を含めて周りの人間は相手しませんでしたが」
「その話をもう少し詳しく教えてくれないだろうか」
なにか手立てがあるのなら、少しでも縋りたいのだ。もしかしたら、何か有力な情報が手に入るかもしれない。
「それはロンド様に聞いた方が良いと思いますよ。当時、ロンド様に同じ話をしたら興味を示されていたので、もしかしたら他の情報も集めているかもれません」
昨日ロンドが言っていた「少し気になる事」とはこれかもしれない。
「分かった。すぐに向かおう」
挨拶もそこそこに、また馬に飛び乗ってルーロ伯爵邸まで向かった。
ルーロ伯爵邸はアルロッパの街の一番奥に屋敷を構えている。馬を飛ばして街まで走り、そのまま市街地を抜けてルーロ伯爵邸に向かう。
顔見知りの伯爵邸の門番に声をかけて、屋敷に入れてもらった。
応接室でしばらく待っていると、ロンドが現れた。
「フィラルド、会えて良かった。ちょうど今日連絡しようと思ってたんだ」
「何か分かったのか?」
「うん、でも、その前にポールから毒についての話を聞いたんだろう?どうだった?」
「残念ながら、心当たりはないらしい……」
少し沈んだ声でフィラルドは答えた。
「そうか……。ところで、僕が調べてたことについて何だけど……」
「”治癒の聖女様”についてか?」
ロンドの声に被せるように言うと、ロンドは驚いたように目を見開いた。
「ポールから聞いたのかい?」
「あぁ、アルロッパで治癒の聖女様が現れたと言う話を聞いた、と」
「そう。二年前にほんの数週間噂が出ただけで、すぐにその話を聞かなくなったんだけどね。でも、何だか気になっていてね。今回の件を受けて、改めて話を集めたんだ」
「治癒の聖女様が出たと言うのに、そんな噂がすぐに無くなったのか……?」
治癒の聖女様とは、数百年に一度現れると言う伝説の聖女様だ。もし本当にいたとすれば、王都まですぐに噂が回ってきただろう。
「それがね、治癒の聖女様を見たと言う人が少し特殊で……」
そう言って、話をしてくれた。
ーーーまず最初に言い出したのが、お年を召したご老人だったんだよ。
そのご老人は家族が目を離した隙にひとりで出歩いて、迷子になることも多かった。そんなある日、またいつの間にか家からいなくなった老人を家族が探していたら、ニコニコと笑顔の老人が自分で帰ってきたんだ。そして、「とても美しい女神様のような女性に癒していただいた。あれは治癒の聖女様だ」と言ったらしい。その後医者に診てもらったところ、以前から悪かった心臓が回復していたらしい。驚いた家族が老人に詳しい話を聞いたが、「美しかったのぅ。わしのお迎えじゃと思った。あんなべっぴんさんに会えて寿命が伸びたわぃ」とニコニコ言うばかりで、何も分からなかったらしい。
そして、次に聞いたのは、3歳の女の子。親と離れて噴水広場近くの路地で泣いていたところに現れたらしい。
「みどりがキラキラしたひとが、おひざにてをあてたら、いたいのとんでったの!とってもキラキラしてたの!」
親に無事に会えた女の子が一生懸命話してくれたが、お礼を言うために両親が辺りを探しても、女の子が言う人物は見当たらなかったらしい。
最後に話を聞いたのは、商人の男だった。口がうまく、小さな話も山のように盛って話す男で、口のうまさで商売してる、なんて言われていた。
そんな男が荷を運んでいたところ、魔物に襲われて怪我をしたらしい。腹の臓器が見えるほどの深い傷で、諦めかけた時、輝くような銀髪の美しい女性が治療してくれた。あんな美しい女性は初めて見た。あまりの美貌で全てが光って見えた。ぜひお礼をしたいと言ったが、断られてしまったらしい。
そして、襲ってきた魔物はいつの間にか消えていた……。
「こんな感じで、他にも何人か治癒してもらったと言う人はいるんだけど、皆、いまいち信用され難い人たちでね。でも、とっても美しい女性がいるって言う話はたくさんでてきて、結局は治癒の聖女様と言うより、美貌の女性がいるって言う噂が広がってしまったんだよ」
「それは、何と言うか……」
「それでね、その女性にどこからきたのか聞いた人が何人かいたらしいんだ。何て言ってた思う?」
ロンドは少し揶揄うような声音でフィラルドに聞いた。
「もったいぶらないで教えてくれ」
フィラルドの堅い答えに肩をすくめて、ロンドは教えてくれた。
「なんとね……、魔の森の奥らしい」
フィラルドは思わず顔を顰めてしまう。
フィラルドも一度訪れたことはあるが、住んでいる魔物の強さも量も普通ではなかった。あんなところに人が住めるわけがないだろう。
「でも、もし可能性が少しでもあるなら確かめるべきじゃないかい?それに、治癒の聖女様が最後に現れたのは200年前だ。そろそろ、また現れてもおかしくはない」
その言葉を聞いて、フィラルドは考え込んだ。
ーーー治癒の聖女様。
その存在は謎に包まれている。
「聖女」というのは、精霊に深く愛されたものの称号だ。精霊がいるからこそ、魔法が使える。これは誰しもが知っていることだが、実際に精霊を見る事はできない。魔法使いは「なんとなく、魔法が使えそう」と感じることはできる。そして詠唱を唱えると魔法が起こるからこそ、精霊の存在を信じているのだ。
だが、「聖女」と呼ばれる人々はその精霊の気配を感じて心を通わせる事ができるという。過去には精霊の声を聞いた。という聖女もいたらしい。
そして、なぜ女性限定なのかと言うと、精霊に深く愛されたものは過去一度の例外もなく女性だったからだ。理由は分からないが、だからこそ「聖女」と呼ばれている。
では、精霊に深く愛された聖女は、強い魔法使いかというと、そうではない。なぜなら魔力が少ない聖女も多かったからだ。中には、魔力が全くない聖女もいたらしい。
聖女の称号とは、宗教的な意味合いが強く、精霊に愛された者として、人々から敬われる存在であった。
では、”治癒の”聖女とは何なのか。
治癒の聖女は二、三百年に一度現れるとされているが、不思議なことに、どの時代の治癒の聖女もその素性がわかっていないのだ。国や教会がいくら手を回しても探す事ができず、ただ人々の噂になるだけだった。
では、なぜ「治癒の聖女」が現れたと分かるのか。その特徴は何と言っても強力な治癒魔法だ。
治癒魔法は光魔法に分類されるのだが、どれだけ光魔法の適性があっても、簡単な治癒しかできない。
ほとんどが擦り傷を癒したり、風邪で弱った体力を回復する程度だ。フィラルド程の魔力があれば、自身に強化魔法をかけて自己治癒能力を上げた方が絶対に早い。
光魔法の使い手は医者になる者も多いが、治癒魔法はあくまで補助的な立ち位置で使う魔法と言うのが常識だ。
だが、”治癒の聖女”は違った。魔物に抉られた腹も、食いちぎられた腕も、今にも死にそうな重病人も、全て一瞬で治したという。
最初は嘘だと一蹴されていたが、実際に治癒魔法をかけてもらったと言う人々が多く出たため、次第に事実だとされていった。
そして、これほどまでの治癒魔法が使えるのであれば、よほど精霊から愛されているのだろう。ということで、特徴的な治癒魔法と合わさって”治癒の聖女”と呼ばれて、その存在は確かなものとなっていた。
前回の治癒の聖女が現れてから約二百年。確かにそろそろまた現れても不思議ではない。
だが、もし治癒の聖女様に出会えなければ無駄に時間を使ってしまう。残された時間は少ないのだ。
「……その話は、信憑性があるのだろうか」
「さぁ。でも、我が家の歴史書を読み返してみたんだけど、この噂の広がり方は、前回の治癒の聖女様が現れた時と似ていると思う」
ルーロ伯爵領の歴史は古い。過去、治癒の聖女が現れた時の事も記録していたのだろう。
フィラルドは前のめりに両肘を膝に乗せて、口元に手を当てて考え込む。
この選択が正解かは分からない。だが……。
(少しでも希望があるなら、確かめたい。)
「そうだな、魔の森に行って確かめてくる」
ロンドの方をまっすぐ見ながら、フィラルドは答えた。
* * *
ロンドと話した後、すぐに駐屯所に向かってバルドに魔の森に向かうことを告げた。
「おぉ、そりゃぁ儂等は助かりますが……、用事とやらはいいので?」
「その用事を済ませるためにも、魔の森に行かなければ行けなくなった。すぐにでも出発しようと思う」
「いやいや、今から馬をとばして行っても魔の森から一番近い田舎町まで早くても半日はかかりますぞ!途中で夜を越すよりも、明日の朝早く出た方が良い」
……確かに、今から出ても日が沈む前には着かないだろう。魔の森に着くまでに体力を消耗するのはまずい。
一度部屋に戻って旅支度をしっかりとして出た方が良い。頭では分かっているのだが、はやる気持ちを抑えられない。
「……そうだな、今日は旅支度だけにして、明日の朝早くに出ることにする」
(落ち着け、こんな時こそ冷静さを欠いてはいけない。)
自分が深く考えることが苦手だと言うことは自覚している。だからこそ、フィラルドは常に冷静であろうと努力しなければならない。
どこか心配そうなバルドに大丈夫だと告げて、部屋を出た。
次回でフィラルド視点終了です。長かった…




