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7.情報収集(フィラルド視点)

伯爵邸の客室で従兄弟のロンドを待っていると、扉が開き、ロンドが姿を現した。


ロンド・ルーロ伯爵令息ーー焦茶の癖毛に澄んだ青い瞳を持つ青年だ。眼鏡の奥の視線は穏やかで、人当たりの柔らかさを感じさせる。フィラルドより二歳年上の従兄で、二十六歳になる。


「ロンド!突然訪ねてすまない。どうか力を貸してほしい」

立ち上がって深々と頭を下げると、ロンドは目を丸くした。


「フィラルドがそんなに焦るなんて珍しい。何かあったのかい?」

「助けを借りたい。とりあえず人払いしてもらえるだろうか」

「……分かった」


ロンドはそう言うと、部屋の隅で待機していた使用人を下がらせた。


「とりあえず座って。……それで、一体何があったんだ?」


使用人たちが退出したのを確認してから、フィラルドは低い声で切り出した。

「これは陛下と、ごく一部の者しか知らない事なのだが……一週間前、陛下に毒が盛られた」


「えっ!なんだって?!」

ロンドは思わず身を乗り出した。


「陛下の容体は!?」

「今のところ命に別状はない。だが、見た事がない症状で、医者も手探り状態らしい。薬を探しているのだが、何の毒かもまだ分かっていないとの事だ。この領地は他国とも近い。もしかしたら、王都で分からないこともここでなら分かるかもしれない……。

だから、どうか力を貸して欲しい」


フィラルドが再び頭を下げると、ロンドは口元に手を当てて少し考え込んだ後、頷いた。

「分かった。毒についてだが、一人いい人物を知っている。元は王都で植物を専門に研究していたらしいが、この伯爵領の方が植物の種類が豊富で手に入りやすいと移り住んで来たんだよ。性格は一癖あるけど、知見が深くて口も硬い、信頼できる人物だよ」

「ありがとう」

ロンドが快く返事してくれたことに安堵して、ほっと息をついた。


「じゃあ、この後すぐにでも尋ねると良い。本人は薬草採取で不在のことも多いけど、弟子が何人かいるから連絡は取れると思うよ」

「分かった。さっそく向かおう」


「それと……」

ロンドは少し躊躇うように言葉を継なぐ。


「少し気になる情報があるんだ。そちらは僕の方で探ってみるよ」

「気になる情報とは……?」

「う〜ん、これに関してはまだ確証がないから、情報が集まるまで少し時間をくれるかい?」


「そうか、では、何かわかったら教えてくれ。どんな些細なことでも良い。頼む」

「うん、任せて」


ロンドに改めて礼を言い、伯爵家を後にした。ロンドが伯爵家の馬車を手配してくれたので、そのまま植物の研究家、ポールの元に向かうことにした。


* * *


街から馬車で小一時間。畑に囲まれた一角に、家族で暮らせるほどの小さな家と、それよりもひと回り大きな建物が並んで建っていた。おそらく大きい建物が研究室だろう。


御者に礼を言って馬車から降りて、研究室の扉を叩く。

「失礼!ルーロ伯爵令息の紹介で来た!どなたかいらっしゃるだろうか!」


しばらくすると、中から物音がして扉が開いた。


「はいはい、そんなに大きな声を出さなくても聞こえるよ。どちら様?」

そう言いながら出てきたのは、40代半ばの男で、肩にかかる髪をひとまとめにしている。

少し神経質そうな目を細めて、めんどくさそうに応じた。


「私はフィラルド・オーラムという。ルーロ伯爵令息の従兄弟に当たる。突然の訪問で失礼する。薬草について相談させて欲しくて来た」

「あー貴族の方ですか。ろくなおもてなしはできないですが、それでもよければどうぞ」

ポールと名乗ったその男は、めんどくさそうにフィラルドを建物に招き入れると、そのまま建物の一番奥の部屋まで案内した。


「今、弟子たちは全員出払っていて私しかいないんですよ。お茶を用意するので、少々お待ちを」

そう言いながら、なれた手つきでお茶を入れる。


「それで、相談とは?」

「とある人物が毒を飲まされた。王都の医者にも診てもらったが、見た事がない症例ということでどうも困っているんだ。どうかあなたの力を貸してはくれないだろうか」

「ほう?」 


それまでの面倒そうな雰囲気を消して、興味深そうに身を乗り出した。

「それで、どう言った症状なので?」


「最初は手足の痺れから始まり、少しずつ体が動かなくなっているらしい。この1週間で症状が少しずつ進行して、今は日中の大半をベッドで横になっているそうだ」

「痺れ以外の症状は何かあるので?吐き気や眩暈、発熱は?皮膚には何か症状が出ている?それと、毒を飲んだのはいつ頃?一番最初の症状が手足の痺れなんだよね?その後どの程度の速さで症状が進行したの?試した薬は?それと……」

矢継ぎ早に浴びせられる質問に、フィラルドは思わずたじろぐ。

「ちょ、ちょっと待ってくれ。必要な情報は確認を取るから、まとめて紙に書いてくれると助かる」


「あぁ、そうですね。ちょっと待ってください」

そう言うと、机の上にあった紙とペンを取り、つらつらと書き連ねる。


「それにしても、面白い症状ですね」

「面白い……?」

苦しんでいるアルバートのことを思うと、面白いなんてとてもじゃないが言えない。怒気をはらんだ声で返すが、ポールはまるで聞こえていないかなように、変わらない口調で続ける。


「えぇ、まず、手足の痺れが起きた時には普通は毒だけではなく病気も疑うでしょう。でも、もうすでに医者にかかっている上で、私のところに来て「毒を飲まされた」と言うことは、病気の線は消えたということだ。ヤブ医者にかかっている可能性もあるけど、貴族の知り合いで、かつ毒を盛られるような立場であれば、それなりの医者に診てもらっているでしょう」

フィラルドとの短いやり取りで、ここまで情報を得ていることに驚いた。

目を見張るフィラルドを横目に、ポールは話を続ける。


「そこで、その症状が本当に毒によるものだとする。普通毒っていうのは基本的に効果がすぐ出るものなんです。一番最初に大きな症状が出て、そこさえ乗り越えれば少しずつ回復に向かう。なのに、あなたの言う症状は違う。一度飲んだ毒がジワジワと体の中を蝕んでいっている。その間、毒を摂取し続けていないのに徐々に進行していくなんて、通常ではあり得ないんです」

「……もしかしたら、今も毒を摂取している可能性がある、と言うことか……?」

「それはないでしょう」

ポールは小馬鹿にするように鼻で笑った。


「あなた、自分が毒を盛られたと判断した後に、何にも対策を立てずに食べ物を口にし続けるんですか?そんな間抜けな人間のために、周りの人間も必死になって薬を探し回ったりしないでしょう」

フィラルドは何も言えずに黙り込む。


必要なことは書き終えたのか、ペンを置いたポールはフィラルドの横を通り過ぎて、本棚から一冊の本を取り出す。

「珍しいものではありますが、一度の摂取で少しずつ悪化していく毒はあるにはあります」

「なんだって!?それはどんな毒なんだ!?」

解決の糸口が掴めたかもしれない。そんな期待を込めて、ポールの方を見る。


「私が知っているのは、とあるキノコです。ドクアガリタケ、呼ばれるキノコで、真っ赤なカサでブツブツとした青いコブがついたものです」

そう言いながら、手に取った本を開いてフィラルドに差し出した。


そこに描かれていたのは、毒々しい見た目のキノコだった。もし森で見ても絶対に手に取らないだろう。

「このキノコを食べた時の対処法はあるのだろうか……」

本を見ながらフィラルドが尋ねる。


「ないですね。少なくとも、私は知りません」

ポールはメガネを手で押し上げながら、軽い口調で答えた。

「なんだって!?じゃあ兄上を救う手立てはないのか!?」

せっかく掴んだ手掛かりだと思ったのに、返ってきたのはあまりに無情な答えで、絶望的な気持ちになる。


「落ち着いてください。このキノコを食べた症状としてはまず嘔吐から始まるんです。それでいくと、今回の手足の痺れから始まる症状とは合致しない。なので、まずは詳しい状況を確認して私に教えてください」


ポールの冷静な言葉に、フィラルドも少し落ち着きを取り戻す。

フィラルドは深く息をついてから、頷いた。

「分かった。急いで確認を取ろう」


ポールから紙を受け取ると、挨拶もそこそこに足早に研究室を後にする。


待たせていた馬車に乗り込み、すぐに街へと急ぐ。

馬車の中は静かで、考えたくないことばかりが頭に浮かんでしまう。


もし兄上に何かあればーーー。

俺がそばについていれば防げたのではないか?だが、俺にできるのは武力で守ることくらいだ。兄上のそばにいても、一体俺に何ができたのか…。


答えの出ない思考が堂々巡りして、胸が重く沈む。


そうして、鬱々とした気持ちのまま、馬車は街へとたどり着いた。

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