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5.フィラルド・オーラム

朝ご飯の準備と言っても、プリシラにできるのは簡単なものだけだ。

畑で適当に野菜を収穫して、台所で綺麗に洗う。収穫した他の野菜を適当に刻んだ後は、保冷箱から燻製肉を取り出し、これも同じように適当に刻んでいく。


ちなみに保冷箱は、膝くらいの高さの長方形の蓋のついた木箱のような見た目だ。定期的に緑と青の魔法石を入れる事で、箱の中の温度を冷やしてくれる魔道具だ。



次に、魔法石を入れている籠から赤色のものを選ぶ。

普段はコンロを使う事がないので新しく入れたほうが良いだろう。

コンロの手前にある穴に魔法石を一つ入れてツマミを捻ると、火がついた。

その上に鍋を乗せ、切った野菜と燻製肉を放り込む。塩をひとつまみ入れたらプリシラ特製スープの完成だ。


木べらでスープを混ぜながら男の様子を伺うと、椅子に腰掛けて窓から外を眺めていた。

こちらに気がついたのか、口を開く。


「ここは魔物が出ないんだな」


「そうね。ライネルの花を植えているし、一応結界も張ってるから」


「アルロッパでの噂を頼りに来たが、本当はこんな所に人が住んでいるとは思えなかったんだ。この2年は治癒の聖女様を見ていないと言う話も聞いた。だから、この家を見た時は魔物が都合の良い幻覚でも見せているんだと思った」


だから最初に見た時警戒していたのか。


「ちなみに、噂ってどんなものだったの?」


曰く、心臓の病を患った老人を、女神様が立ち所に治してくださった。

曰く、転んで擦りむいた子どもを、美しい聖女様が癒してくれた。

曰く、魔物にやられて死にかけていたところを輝くような銀髪の美女が助けてくれた。


などなど。


助かった人々がぜひお礼をしたいと言うと、「大したことではないから」と断られたらしい。

どこに住んでいるのか聞いたところ、「魔の森の奥深く、ライネルの花を辿った所に住んでいる」と答えたらしい。



確かに魔の森の入り口に、ライネルの花が少し咲いている所がある。

それがこの家までぽつぽつと続いているのだが、数が少なく、魔物よけの効果があるかと言われると微妙なところだ。


だからこそ、わざわざ危険を冒してまでこの家を訪ねてくる人はいなかったのだろう。

この男のように、よほど切実な理由がなければ。


そこまで話を聞いて、プリシラは頭を抱えた。


(あの人は…!100歩譲って人助けはいいとして、家の場所は教えないでよ…!!)


もし治療を求めてこの家まで来られても、プリシラでは大した治癒魔法は使えないのだ。



……だがまあ、ここまで来れるような人は今までいなかったし、もし来たらその時考えよう。

あまり深く考えない性格のプリシラは諦めた。

もう出てしまった噂はどうしようもないわ。



「ところで、あなたは、その、本当に治癒の聖女の娘なのだろうか」


男が大変言いづらそうに聞いてきた。

まぁ自分で言うのもなんだがーーーボロボロの服に分厚いメガネ、ろくに乾かさずに寝たせいで、すごいことになっているだろう髪。

プリシラ自身、この格好が一般的にひどいのは理解している。面倒だから直さないけど。


「メガネを取ったら美少女とか…」


「ないですね」


間髪入れずに答えた。どこの物語の世界だ。


「私は父様に似たんです」


「なるほど…」


どうしても“治癒の聖女”を“美貌の聖女”にしたいらしい。

そんなやり取りをしているうちに、スープがいい具合に煮立ってきた。

一口味見をしてみる。ーーーうん、食べられる。


後はパンでも、と思って棚を漁るが何も出てこない。そういえば町に出たのは随分前だ。

買いだめしておいた食糧も底をついていたらしい。

いつも適当に済ませているから、気がつくのが遅くなった。



結局スープだけだが、朝ごはんなんてこんな物だろう。お椀を二つ出してスープをよそう。


「はい、簡単なものですが、どうぞ」


男は「ありがとう」と言いながら受け取った。



プリシラも向かいの椅子に腰掛けて、二人でスープを食べ始めた。

男は一口食べた後、ほんの少し微妙な顔をしたものの、何も言わずに食べ進める。


スープを食べながら男が口を開いた。


「そう言えば、まだ名前も名乗ってなかったな。俺はフィラルド・オーラムという。王都の騎士団に所属している」


王都の騎士様…!?

プリシラは思わず軽く目を見開いた。


この魔の森があるエルベスト王国の王都、アルーラの騎士団といえば騎士の中でも屈指の戦闘力を誇るエリート集団だ。

普段は王都アルーラを守っているが、地方を守護している衛兵では手に負えない事態が起こった際には、各地に派遣されるという。

だから、王都から離れた場所で引きこもっているプリシラでも噂ぐらいは知っていた。


そういえば以前、魔の森から一番近い田舎町で買い物していた時、噂好きのパン屋のおばちゃんが「王都から騎士様が来てるんだって!」と興奮しながら話していた。


「昨日も話したと思うが、俺の兄が毒を飲んで倒れている。藁にもすがる思いでここまでやってきた。いきなり押しかけて無礼なのは重々承知している。…だが、どうか薬を分けてもらえないだろうか」


フィラルドは改めて深く頭を下げる。どうやら礼儀を重んじるタイプらしい。


「私はプリシラ。治癒薬なら、昨日探して3個見つけたから、2個は渡せるわ」


そう言いながら、昨日工房から持ってきた治癒薬をフィラルドに差し出した。



「これは…!!!」


フィラルドが言葉を失い、まじまじと治癒薬を見つめる。


「手にとってみても…良いだろうか…?」


「もちろんどうぞ」


唾をごくりと飲んで、恐る恐る治癒薬を手にとった。

光に透かしたり、近くでじっと覗き込んだりと忙しなく観察し始める。


「…確かに大きな力を感じる。だが、こんなに透明な治癒薬は見た事がない。わずかに光っているし。これを本当にあなたの母君が作ったのか…?」


フィラルドは呆然としながら独り言のように呟く。


「母様の治癒魔法は凄いからね」


自分の手柄ではないが、自慢の母様が褒められて、つい嬉しくなる。

プリシラの自慢げな声を聞く余裕もなく、フィラルドが勢いよくプリシラの方を見て大きな声で言った。


「これをぜひ譲ってほしい!!!もちろん言い値は払う!!」


ーーーなんだかデジャブ再びだ。


「もちろんいいわよ。後1本あるし」


なんて事ない様子で答えるプリシラに、フィラルドは少し冷静になったのか、戸惑ったように答える。


「俺が言うのもなんだが、そんな簡単に貰っていいのか?こんなに高濃度の治癒薬は見た事がない。簡単に手放してしまって良いのか?」


「予備で1本残しておくし、本当に必要としている人がいるなら使ってもらったほうが治癒薬も喜ぶわ」


「そうか…、だが…、いや…」


しばらく頭をガシガシかきながら悩んでいたが、やがて結論が出たのか、フィラルドは真っ直ぐにプリシラを見て感謝の言葉を伝えた。


「それではありがたくいただこう。心から感謝する。代金はいかほどだろうか?もちろん言い値で払おう」


深々と頭を下げるフィラルドに、プリシラは少し考えてから口を開いた。


「うーん、じゃあ5万ケルで」


ちょっと大胆な金額を口にしてみた。

ちなみに、5百ケルあれば”お高いパン”が買える。食料が尽きていたので、もしこの金額が手に入ればいいパンが買える。


その答えに、フィラルドはポカンと口を開けた。


「何言ってるんだ?正気か?普通に売って5千万ケルはくだらないぞ?」


今度はこちらがポカンとする番だ。


「そんなにあったって使い切れないじゃない。お高いパンでも5百ケルなのよ?使わないお金はどうするの?飾っとくの?」


お高いパンを毎日買っても食べ切れないし、そんな事をしていたら噂好きのパン屋のおばちゃんに噂されてしまう。何より買い物のために町まで行くのが面倒だ。


「いや、他にも買うものはあるだろう…?」


戸惑いがちに返すフィラルドだが、、プリシラとしては今は食料以外で必要としている物は他にない。

それも「たまにお高いパンが食べれたら嬉しいな」、程度だ。


「うーん。たくさん貰っても家の中に置く場所がないし…」


呆然とその言葉を聞いていたフィラルドは、少し悩んで口を開いた。


「では、とりあえずこれを手付金として受け取ってもらえないだろうか?」


そう言って首にかけていたペンダントを外し、プリシラに差し出した。思わず受け取って見ると、キラキラと光る大粒のルビーのようだった。周囲は金の装飾がぐるりと施されていて、太めの銀鎖につながっている。


「もちろん、これでは不足するだろうから、改めて代金を持ってこよう」


「私、宝石の価値はよくわからないんだけど、これは割といい値段するんじゃない?こんな高価そうな物、受け取れないわよ。それに、本当に治癒薬が効くかも分からないし、効果を確かめてからでも大丈夫よ」


こんな高そうな物を貰っても仕方ないし、扱いに困る。返そうとしたが、フィラルドは受け取ろうとしなかった。


「この治癒薬で効かなかったら、もう他の治癒薬でも無理だろう。それに、このペンダントは大した物ではない。どうか、約束の証として受け取ってくれないだろうか」


どこか必死な様子なフィラルドに押され、結局受け取ってしまった。


「分かったわ。とりあえず受け取っておく。でも、必ず返すからね!」


プリシラがそう言うとフィラルドは安心したように笑った。


「良かった。では、早速この薬を王都まで届けよう」

「えっ?!もう行くの?怪我もまだ治りきってないのに魔の森を抜けるなんて無理よ!」


あの傷で魔の森を行くなんて、無茶すぎる。


「ここは空気中の魔力が多いからか、1日で魔力がほとんど回復した。だから今朝から強化魔法で自己回復力を上げてもうほとんど治っている。それに、来る時は場所がわからなかったから歩いてきたが、近くの町まで飛んでいけば大丈夫だろう」


それを聞いてびっくりした。

強化魔法というのも知らなかったが、それ以上に町まで風魔法で“飛んでいく”なんて魔法の使い方ができる魔力量と胆力がすごい。

騎士様というのは、皆こんなに凄いのだろうか。


「…それなら良いけど…。でも、空を飛ぶ魔物もいるから気を付けてね」


「あぁ、ありがとう。必ず兄まで届けよう」


次回からフィラルド視点です。次回は金曜日投稿予定です。

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