3.倒れていた騎士
なんてことを考えているうちに、どうやらしっかりと眠ってしまったらしい。
ハッと目を覚ますと、目の前に黒い壁があった。
「へっ?」
思わず声を漏らしたところで、頭上からどこか焦ったような低い声が降ってきた。
「あなたが噂の治癒の聖女様だろうか」
声をたどって視線を上げると、黒い壁だと思っていたのは家の前で倒れていた男だった。
「えっ?」
ただでさえ寝起きで頭が動かないのに、訳が分からないことを言われて何と答えていいか分からない。
「アルロッパで、どんな病でも怪我でも治してしまう治癒の聖女様がいるという噂を聞いた。あなたがその噂の聖女様だろうか?」
男は感情が昂ってきたのか、喋りながらプリシラの手を取り、捲し立てるように話を続ける。
アルロッパとは魔の森から見て南に位置する、ここら辺で1番大きな街だ。
ちなみにプリシラは行ったことはない。
「こんな森の中に他に人が住んでいるとは思えない!それに、魔物にやられた傷も治っている!!あなたが治癒の聖女様で間違い無いのだろう?!」
興奮で顔が赤らみ、目が爛々とした光を帯びている。
……ちょっと、怖いわ。
とりあえず落ち着かせようと声をかける。
「待って待って。確かにこの森に今住んでいるのは私だけだし、治癒魔法を使ったのも私。でも、私はその治癒の聖女様?ではないわ」
「だが、治癒魔法は使えるのだろう?!俺の傷も治っているじゃないか!」
男は自分の腹を指差しながらプリシラに詰め寄る。
「表面の傷が治っているだけで、全然治ってないと思うの。そのくらいの治癒魔法なら、私以外でも使える人はいるでしょう?というか、何で普通に動けてるの?」
そういうと、だんだん冷静になってきたのか男の顔色が悪くなってきた。
「いや、だがしかし……」
男は諦めきれないようでまだ何か言っているが、やはり体が辛いようでふらふらしながら椅子に座った。
「では、街で聞いた噂はやはり間違いだったのか…。確かに噂では治癒の聖女様は輝くような髪に誰もが見惚れる美貌で、顔を見ただけで寿命が伸びる、なんて言っていた。見た目は絶対に違うが、わずかな希望を信じていたのに。絶対に違うとは思ったが人は見た目では無いと師匠は言っていたし……。あぁ、わざわざこんなところまで来たのにやはり無駄足だったのか……」
ぶつぶつ言っている内容にちょっとイラっとしながらも、頭を抱えてしまった男に少し同情してしまう。
この家は森から一番近い田舎町からまっすぐ歩いてきても半日はかかる。
さらに魔物も多く出てくるため、どんなに順調に進んでも丸1日はかかるだろう。
噂だけを頼りに危険な道を通ってこんな辺鄙な場所までやってきたということは、それだけ切羽詰まった事情があったのだと思う。
そう思うとやはり男が少し可哀想になり、プリシラの中のわずかな罪悪感が疼いてしまう。なんだかこの男を放っておけないのだ。
「もしかしたら、その噂の聖女様は私の母様かも」
「!!!」
ブォンと音が聞こえるくらいの勢いで男がこちらを振り向いた。その勢いのまま、期待に目を輝かせた男が大きな声を出す。
「なんだって!?それは本当か?!あなたの母上が美貌の聖女様なのか?!」
「いえ、治癒の聖女様でしょう」
いつの間にか別の聖女になっていたので思わず訂正してしまった。
「失礼、治癒の聖女様だ」
真顔になった男に目を眇めてしまいながらも、話を続ける。
「母様であればほとんどの病や怪我を治せると思うわ。もちろん、寿命を伸ばしたりなんかは無理だけどね」
「その母君は今どちらに?」
その言葉にプリシラは思わず俯いてしまう。
「あの、母様は2年前に……」
何と言ったらいいか分からず、言葉に詰まってしまう。
「……そうか、それは……。悪いことを聞いた。すまない」
「あっでも、母様が残してくれた治癒薬がまだ残っているの。ちなみに、治癒を必要としている人はあなた?病が原因?それとも怪我?」
治癒薬も種類があるため、場合によっては使えないかもしれない。
「必要としているのは俺の兄だ。そして治癒薬を必要としているのは毒が原因だ。何の毒かは分からない。2週間前、朝食を食べた後から少しずつ手足に力が入らなくなってきて、昼頃におかしいと気がついた時には全身に毒が回っていたらしい。前日に久しぶりに剣を振るったせいだろうと思っていて、気がつくのが遅れたそうだ。毒を飲んだ後もしばらくは動けていたらしいが、今はもうベットから起き上がれないと聞いた。……時間がないんだ。解毒薬を探しているが、医者も初めて見る症状らしく手探り状態で……」
藁にも縋る思いなのだろう。男はつらつらと治癒薬を必要とした理由を話す。
そして、それを聞いて安心した。怪我を治す治癒薬はもうないが、毒であれば今持っている治癒薬で何とかなると思う。
「毒であれば、「大抵の毒に効く治癒薬」があるので、それで何とかなると思うわ」
「……それは大丈夫なのか?」
「母が作ったやつなので大丈夫。……多分。私が以前間違ってカイギグサを食べてしまった時も助かったので効果は保証するわ」
ちなみに、カイギグサは間違って食べると、手足の痺れから始まって少量でも呼吸困難になって死に至るヤバいやつだ。
でも、見た目がとてもグロテスクなので、食べようとする人はまずいないと思う。
なぜそんなもの食べる事になったのか……まぁ色々あったのだ。
そんな事をプリシラが考えていると、男がかすかに笑った。
「ははは、あんなもの食べるやつはいないだろう。でも、もう神だろうと美貌の聖女様だろうと縋りたいんだ」
「いや、だから美貌じゃなくて……」
そう言いかけた時、男がゆっくりと椅子から倒れていった。
顔を見ると真っ青だ。
「そういえば、起きてるのが不思議なくらいの怪我だった」
赤くなったり青くなったりと忙しい顔だ。
倒れてしまった男を風魔法で再度ベットまで運ぶと、プリシラは工房に向かった。
「ここら辺に置いてたはず」
ぐちゃぐちゃと色々なものを入れている棚の中から目当ての箱を取り出す。
何かがガタガタ落ちた気がするが、まぁ気のせいだ。
「2年前のやつだけど、いけそうかな?」
手のひらに収まるほど小さく、細長い筒状のガラス瓶に入っている透き通った液体。
母様が残した解毒用の治癒薬だ。光に空かすとキラキラと光っているのがわかる。
ほんの少量だが、これは液体が魔法の媒体になっているだけなので、量が少なくても良い。
それよりも、どれだけの濃度の魔法が詰まっているかが重要だ。
ちなみに、魔法の濃度は透明度に比例する。
これだけ透明で、さらに光っているのだから問題はないだろう。
(たしか、カイギグサを食べた時に飲んだのは青い蓋のやつだったはず……)
青い蓋のガラス瓶は全部で3つある。
その他は別の治癒薬のはずだ。
「1本は取っておくとして、2本あれば大丈夫かな?」
目当てのものはちゃんと見つけたし、男は寝てるし、ご飯も食べた。生野菜だけど。
「よし!じゃあやるか!」
実は、さっき話しながら、感情によって赤くなったり青くなったりする男の顔を見て新しい魔道具のアイデアが浮かんでいた。
プリシラの唯一の趣味であり、生き甲斐であるのが魔道具作りだ。
魔道具作りが生活の中心であり、その他の行動は全て人生の付属品、と割と本気で思っている。
だから食事や睡眠なんかも体が必要としたら取るだけで、規則正しい生活なんて欠片も考えていない。
普段は魔道具の事ばかり考えているから、あの男が来て久しぶりに別のことに頭を使った。
でも、やっぱりなんでも魔道具に繋げてしまうのだけれど。
「感情を色で表す魔道具、と思ったけど、流石にそれは無理よね。じゃあ放出している魔力の量によって色を変えるのは?魔力の制御の訓練とかに使えたり…?でも普通の人がどうやって魔法の練習してるか分からないし……。何に使えるか分からないなぁ。でも面白そうだし、とりあえず作ってみるか」
自分の作る魔道具が、自分の思う通りに作動した時が一番楽しくて感動する。
その瞬間のために魔道具作りを始めたプリシラは、役に立つかどうかはあまり重要視していなかったりする。
「あっ、やばい」
気がつけば外がもう薄暗い。
(そういえば、工房に来たのが昼過ぎだった。そりゃ、すぐに暗くなるよね。)
いつもならこのまま工房で作業を続けるのだが、今日は家の中に怪我人がいる。とりあえず家に戻ったほうがいいだろう。
作りかけの魔道具と工具を置いて、工房の外に出た。
初夏の夜風が草の甘い香りを運んでくる。
森の中はすでに薄闇に包まれて木々の影が一層濃くなっていた。
急がないと、暗くなってしまう。
「あっ、そういえば最後にお風呂入ったのいつだっけ?」
2日前?あれ?もっと前かな?
そんな事を考えながら、畑に入って食べられそうな野菜をいくつか探してもぎ取った。
カランと鳴るドアを開けると、家の中は真っ暗だった。物音もしないし、あの怪我人はまだ寝ているらしい。
天井に吊るしているランプに灯りをつけると家の中が柔らかな明かりに包まれる。
1つだけのランプだが、小さい家なので十分明るくなる。
取ってきた野菜を台所に置いて、寝室のドアをそっと覗いてみる。
開けたドアの隙間から入るランプの細い光では顔がよく見えない。
そのまま音を立てないようにベッドのそばまで行って顔を覗くが、やはりまだ寝ているらしい。
この家に自分以外の人がいるのが新鮮で、つい顔を眺めてしまう。
先ほどは顔をしっかりと見る余裕がなかったが、よく見ると端正な顔立ちをしている。
町では見かけたことがないくらい綺麗な顔立ちだ。輪郭は男らしく引き締まり、鼻筋が通った鼻梁に長いまつ毛。瞳の色は…よく覚えていない。また起きた時に確かめよう。
しばらく様子を伺っていると、傷が痛むのか時折息が荒くなる。
少し悩んで、治癒魔法を改めてかけることにした。
正直、治癒魔法は得意ではないので、何度も使うとプリシラの負担は大きくなる。
でも何となく男に早く起きて欲しいと思ってしまった。
(瞳の色が気になったから。知らないことは知りたくなるから。それだけ……。)
男が穏やかな寝息になった事を確認して、音を立てないように部屋からそっと出ると、そのまま風呂場に向かった。
ちなみに最後に入ったのは4日前という結論になった。
次は明日投稿予定です。




