2.魔法使い
2025.09.06
物語の流れに影響が出ない範囲で、加筆しています。
玄関からそろりと外に出て、恐る恐る男に近づく。
ツンツン。…うん。気絶してるわ。
近くで見ると、意外と背丈があるようだった。
プリシラも小柄な方ではないはずだが、立ち上がったら見上げるほどの体格をしているだろう。
こんな森の中に来るような人間、絶対に訳ありだから関わらない方がいい気がするけど…家の目の前で人が死ぬのは後味が悪すぎる。
それに、何だかこのまま放っておけないと思った。
何はともあれ、急いで手当てしないと本当にあの世行きだ。
目を細め、神経を集中して風の精霊の気配を探る。
精霊は人の目には見えないが、耳を澄ますように意識を研ぎ澄ませば答えてくれる。プリシラにとって。愛すべき隣人のような存在だ。
ーーーこの世界には風、水、土、火、光、闇の6つの属性をもつ魔法が存在し、その魔法を行使するためには各属性の精霊たちに力を貸してもらう必要がある。
人は魔力を持つが、それはただのエネルギーであり、炎を生むことも風を起こすこともできないのだ。
人は精霊に魔力を渡す代わりに、対価として魔法を行使してもらって初めて様々な現象を起こすことができる。
一方で、精霊は人間から魔力を受け取らないと、この世界に干渉することができない。
魔法の強さは、本人の魔力の量と精霊との相性ーーーつまりは精霊からどれだけ愛されているかで決まる。どちらがかけても魔法は使うことができないのだ。
そしてこの2つの要素を兼ね備えた人は”魔法使い”と呼ばれ、強力な魔法使いは魔物との戦闘や大規模な農作業、魔道具の研究者など様々な分野で活躍していた。
そしてプリシラは魔力量も精霊との相性も飛び抜けていた。
この世界において、プリシラに並ぶ魔法使いは存在しないほどにーーー。
足元をそよぐ風に紛れて、慣れ親しんだ風の精霊の楽しそうな気配を感じる。最近は風魔法を使っていなかったかせいか、精霊も嬉しいのかもしれない。
「お願い、この人を家まで運びたいの。怪我しているから、できるだけ優しく持ち上げて欲しいのだけど、できそう?」
通常、魔法を使う際は詠唱するらしいが、プリシラは知らないので普通に話しかけている。
ただ、この方法が普通ではないことは知っているので、家族以外の前では魔法を使わないようにしていた。
風の精霊がプリシラの願いに応え男の周りに風の渦を起こした。
「あら?なんだか精霊が多いわね?」
いつもと違う気配も混じっている。もしかしたら、この男も魔法使いかもしれない。いつも感じる気配とは別の精霊が、心配そうに男の周りをグルグルしている。
精霊は魔力がないと魔法を行使できないので、この男が心配で、でも、どうしようもなかったのかもしれない。
「ありがとう」
風魔法で男の体が浮いた事を確認して、風の精霊にお礼を伝える。
だが、血がポタポタと落ちているのに気がついた。
このままでは家の中が血だらけになってしまう。
(仕方がない。人にかける治癒魔法はあまり得意じゃないんだけど…。)
「ごめん、ちょっと待ってくれる?傷を塞いでからじゃないと家に入れないわ」
男を持ち上げたまま、次は光の精霊にお願いして治癒を行う。
光の精霊の気配を探して魔力を渡して治癒魔法を使ってもらう…のだが、プリシラでは精々表面の傷を癒して血を止めるくらいしかできない。
少なくない魔力を渡したのに、光の精霊は気難しいからなかなか言うことを聞いてくれないのだ。
傷の周りに薄く光がともり傷を癒していく。
なんとか表面の傷だけは治癒できたことを確認して、男を家の中に運ぶ。
リビングを通り過ぎ、普段は使わない部屋の扉を開ける。窓から暖かな光が差し込む部屋には、ベットが二つと小さい机、それと椅子が2つ仲良く並んでいる。
腰の剣を鞘ごと外してから、もうしばらく使われていないベッドに男を寝かせる。
(さて、とりあえず、脱がすか!)
剣を壁に立てかけてから、土や血で汚れた防具を脱がせていく。
(もう!無駄にデカいんだから!)
しっかりと鍛えているのか、思ったよりも筋肉が付いているせいで重たくて脱がしにくい。
仕方なく風魔法で男をもう一度浮かせると、ぶつぶつ文句を言いながら外していく。
(ふー、これでよし!)
かいてもいない額の汗を拭く仕草をしてプリシラは満足げに微笑んだ。
留め金が歪んで取れにくい部分は力任せに雑に外してしまったけど…まぁ元からボロボロの防具だったから、多少壊れても大丈夫でしょう!
治癒魔法で表面の傷は癒えているが、体の内部の傷や失った血と魔力、そして体力までは回復していない。しばらく眠ったままだろう。
息が安定しているのを確認して、リビングに戻った。
(そういえば、朝ご飯食べかけだったわ。)
椅子に座ってから食べかけの朝食を食べ終わると、なんだか眠たくなってきた。
食欲が満たされた後は睡魔だ。
プリシラは己の欲に忠実なのである。
そのままフラフラとソファに行きバタンと倒れこむ。
(あーあの人起きたらどうしよう。)
まぁ、結構深い傷だったしいきなり襲われることもないでしょう。




