2番手の魔道具屋
「ここが魔道具屋だ」
案内してもらった魔道具屋は、3階建てで重厚感のある、落ち着いた雰囲気の大きな建物だった。
「思っていたのと違うわ……」
自分の工房よりちょっと大きいくらいの店を想像していたプリシラは、ここが魔道具屋と言われても頭が追いつかない。ちょっとどころか、一階部分だけでもプリシラの工房が10個は入りそう。
「アルロッパで一番大きいからな。ちなみに、国の中でも2番か3番くらいの規模だ」
へぇ、と頷くことしかできないが、プリシラには想像もつかないくらい大きいのは分かった。
「いつか国一番の魔道具屋と言わせてみせますよ。」
そう言って、少し小太りの中年男性がにこやかな顔で声をかけてきた。いや、口元は笑みを浮かべているが、目元は全く笑っていない。これはプリシラが苦手なタイプの人だ。そう気が付いて少し身構える。
「これはメルロ殿。失礼した」
フィラルドはばつの悪そうな顔でメルロと呼んだ男に謝った。フィラルドに悪気はなかったと思うが、タイミングが悪かった。
「いえいえ。2番手に甘んじているのは事実ですからな。ところで、そちらの女性は?」
そう言ってプリシラの方を値踏みするように見る。
「あぁ、<畑を守るくん一号>の製作者だ。直接話が気したいということで、ここまで来て貰った」
「初めまして、プリシラよ。色々と改良したいところもあるし、直接話したほうが早いと思って。」
プリシラの言葉に驚いたように軽く目を開いた。
「これはこれは、こんな若い方が作っていたとは。わざわざご足労いただきありがとうございます。」
メルロはにこやかな笑顔に戻ってプリシラに手を差し出す。苦手なタイプでも大人の対応をするのがマナーだと聞いたことがある。プリシラもにこやかな笑顔で手を差し出した。
握手を交わして、友好的な第一印象になったはず……と思ったらガシッと手を握られて、メルロはプリシラの目を覗き込んできた。
「さぁ、では早速始めましょう。時間が惜しいですからな。詳しい話は中で工房の方で聞きましょう。」
猛禽類を思わせる鋭い眼差しと、にこやかな口元がまったく合っていない。もしかして捕食される動物ってこんな気分かもしれない。そんなことを考えて、プリシラはここまで来たことを少し後悔した。
「さあさあ、こちらですよ。」
プリシラの横を歩くメルロは、やんわりと、でも拒否できないくらいの力強さでプリシラの背中を押しながら工房の中をどんどん突き進んでいく。
メルロに気がついた従業員たちがチラッと見てくるものの、特になにも反応せずに自分の作業を続ける。
「この工房では結果が全てです。挨拶する暇があるなら少しでも成果を出すように言っておりますので、皆の態度は少し不快にも思われるかもしれない。そこは慣れていただけると助かります」
プリシラは工房の中の光景に目を奪われていたので、全く気にしていなかった。ついでに言うと、メルロの言葉もほとんど聞いていなかったので、それを察したフィラルドが横から代わりに答えてくれた。
「メルロ殿。彼女はそう言った礼儀については気にしないと思う。今も周りに気を取られて、メルロ殿の言葉が聞こえていない様だ。」
その言葉でプリシラの方を改めて見たメルロは、丸っこい腹回りを叩きながら愉快そうに笑った。
「はっはっは!それは素晴らしい!魔道具師はそうでなくては」
ご機嫌なメルロと少し困り顔のフィラルド、そして全くそれに気が付かずに周りを見渡しては目を輝かせるプリシラ。
その3人がたどり着いたのは、工房の3階の長い廊下を少し歩いたところにあるドアの前だ。
メルロはドアをノックして部屋の中に声をかける。
「メルロだ、開けるぞ」
中の返事を待たずにドアを開けてしまったメルロは、ドアを開くとプリシラの背を押して部屋の中へと招き入れた。
「あら、オーナー。こんにちは。例の魔道具師と連絡取れたの?……って誰このモップみたいなの」
長く波打つ紅髪を手でかき上げ、真っ赤な唇に弧を描いてメルロに微笑む。
にこやかな挨拶を向けていたその人物は、プリシラに気づいた途端、眉を寄せて怪訝そうにこちらを見た。
プリシラはモップを探して周りを見渡して、みんなの視線がプリシラに注がれているのに気が付いたところで、自分がモップと言われていることに気がついた。
「アリア、あまり失礼なことを言うんじゃない。彼女が例の魔物迎撃装置の制作者だ。直接話したいと言うことでわざわざ来てくれた」
メルロが軽くため息をつきながらアリアを嗜める。
「このモップみたいな子が?」
その言葉に驚いて、アーモンド形の目をまんまるに見開いてこちらを凝視する。
「彼女にはプリシラと言う名前がある。そのような言い方は彼女に失礼だ」
アリアの言葉に反応したフィラルドが怒りを滲ませた声で反論してくれた。でもプリシラとしては特に気にしていないし、モップとはなかなかに的確な例えかもしれないと変なところで感心していたところだ。
「別に気にしていないわ。ところで、この部屋は何するところ?もしかして<畑を守るくん一号>もある?」
プリシラは別にモップだろうがバケツだろうがどう思われても気にしていない。気になるのは<畑を守るくん一号>についてだけ。
「あんた、せっかくこんな色男が庇ってくれたのになんてこと言うの」
アリアは引き攣った顔でプリシラを見てくる。
「まぁ良いわ。私はアリアよ。26歳。好きな物は綺麗なもの。嫌いな物は私の邪魔をする物。よろしくね」
女性にしては低い声で教えてくれたアリアに倣ってプリシラも答える。
「プリシラ。18歳。好きな物は魔道具とお菓子。嫌いな物は……特にないわね。こちらこそよろしく」
「だーかーら!!こんな細かい部品を使ったら一個作るのにどれだけ手間がかかると思ってるの!ある程度の反応速度でいいのよ!!!」
「だからってこんな大雑把にしたら、探知してから水弾発射までに時間かかって魔物に避けられちゃうでしょ!!!」
「そんなに素早い魔物がホイホイいるかー!!!」
<畑を守るくん>は部品ごとに分解されて作業台の上に綺麗に並べられている。それを挟んで、アリアとプリシラが息を切らしながらお互いの主張を叫んでいた。机に手をついて身を乗り出しながら、お互い睨むようにして意見交換という名の怒鳴り合いをしている。
もちろん最初の方はお互いに大人しく構造について話し合っていたのだ。
だが、段々と白熱してきて意見がぶつかり合い、声を荒げ始め……今に至る。
コンコンとノックの音がして、フィラルドが顔を覗かせた。
「プリシラ、今日のところはここまでにしよう。宿を探してきたから、暗くなる前に行こう。」
いつのまにかフィラルドがいないと思ったら、寝床の確保に行ってくれていたみたいだ。
「あら、もうそんな時間?じゃあさっさと帰る準備しなさい。」
先程まで大声で怒鳴っていたアリアは、そう言って作業台から手を離してプリシラの帰宅を促す。切り替えが早くてびっくりだ。
でも、プリシラとしてはまだ話は終わっていないから、行きたくない。
「私は今日ここに泊まるわ。寝袋はあるから、そこら辺の床を貸してくれない?」
プリシラはどこでも寝られるのだ。ここは雨風が凌げる建物の中なのだから、それだけで十分すぎる。そして持ってきたバックの中に野宿セットも入っているから問題ない。
「さすがに、それは良くない。」
「あんた、モップなだけあるわ。」
フィラルドは困ったような顔で、アリアは呆れたような顔でプリシラの方を見た。
「ばかなこと言ってないでさっさと行きなさい。」
アリアはまだ帰りたくないと駄々をこねるプリシラに向けて「ほらほら」と軽く手を振り、さっさと帰りなさいとあしらった。
プリシラは「い〜や〜だ〜」と机にしがみついていたが、最終的にフィラルドに引き摺られてその日は強制終了となった。




