12.お菓子
家に入ると、フィラルドに椅子をすすめた後、お茶を入れる準備をする。家にお客様が来たことがないから、あまり自信はないが、客人にはお茶を出すものと聞いたことがあった。
鍋に水を入れて火にかける。先週スープを作った時の魔石に魔力がまだ残っているから、このまま使えるだろう。
「紅茶ってお茶のことよね?じゃあとりあえずお湯を沸かせば飲める?」
「ああ。ちなみに、紅茶を入れたことは…?」
「うーん、畑にある腹下しに効く葉っぱを煮出したのは作ったことあるけど、同じようなもの?」
「いや、違うと思うぞ」
ちょっと引き気味の顔でフィラルドから否定された。
フィラルドは少し悩んで、遠慮がちに言った。
「もし良ければ、俺が準備しても良いだろうか?」
「でも、お客様はおもてなしされるものなんでしょう?…そうだ!紅茶の淹れ方を教えてもらえると助かるわ!」
お茶の準備をさせるわけにはいかないが、淹れ方を教わるのはセーフだろう。
まさに名案だと手を叩きながら、プリシラは弾んだ声で言った。
「そうか、分かった」
ちょっと笑いを含んだ声で答えながら、フィラルドがプリシラの隣に並ぶ。
隣を見上げたら、意外と近くに顔があって少しびっくりした。
「水が沸騰したら、ポットの中にお湯と茶葉を入れて蒸らすんだが…、もしかしてポットはなかっただろうか」
台所を見渡しながら戸惑ったように言う。
「そうね、いつも鍋で沸かしていたから…。もしかして、お茶を入れるためにはポットがいるの?」
「そうだな…。何か代用できるものがあれば良いのだが…。茶葉をこせる目の小さいこし器のようなものがあれば助かるのだが…」
「あっ!そういえば」
母様が治癒薬を作る時に薬草をこすのに使っていたものがあったはず。
台所にある棚を漁ると大きめのこし器が出てきた。
「これ、使える?」
「…やってみよう」
鍋に茶葉を入れて、蓋をしてしばらく蒸す。
その後コップの上にこし器を置いてからゆっくり注ぐと、何だか良い香りのお茶が出てきた。
「へー!これが紅茶なのね!何だか良い匂いがする!」
初めて見る紅茶にちょっと興奮する。
「何とかなりそうだな。口に合えば良いのだが」
そう言いながら2人分の紅茶をカップに注いで、フィラルドがテーブルまで運んでくれた。
「それと、お菓子も持ってきたのだが甘いものは好きか?」
「果物は好きよ。考えに煮詰まった時なんかはちょっと森の奥までリリの実を取りに行ったりしてる」
リリの実は小粒で真っ赤な色をしている実で、食べるとジュワッと甘い汁が出てきて美味しいのだ。
「リリの実とは少し違うが…」
そう言いながらフィラルドが取り出したのは、薄い黄色で手のひらになるくらいの丸いものだった。
「これはマドレーヌという。この店のお菓子が街の女性に評判になっているらしい」
手にとって匂いを嗅ぐととても良い香りがした。
「これ食べていいの…?」
「あぁ、もちろんだ」
恐る恐る一口食べて目を見開いた。
(なんだこれは!!!)
ひと口かじった。甘い。ふわっとしている。けれど、噛めばしっとりして、香りが口の中いっぱいに広がる。思わず目を瞬いた。――こんなものが、この世にあったなんて。
夢中になって食べていると手のひらサイズのお菓子はすぐなくなった。
「もうなくなった…」
呆然としていると、目の前にもう一つマドレーヌが差し出された。
「もし良ければこれも食べるといい」
「良いの!!?ありがとう!!フィラルドは優しいのね!!」
そう言いながらサッと受け取り、次はしっかりと味わうためにゆっくりと食べて口の中の幸せに浸る。口の中の幸せだけに集中していたから、目の前で固まっているフィラルドには気が付かなかった。
マドレーヌの後、クッキーとチョコレートと言うものも貰った。そして気がつけばまた夢中になって食べていた。
プリシラの知っているクッキーは、固くて塩気のあるものだった。
――ボリボリと噛み砕く、あの食べ物。
けれどこれは違う。ひと口で、サクッ。……これは初めての感触。
さらに、チョコレート。真っ黒なのに、驚くほど甘い。そして口の中で溶けていく。ほっぺたが落ちるとはこういうことか。
「もう元の私には戻れないわ…」
フィラルドが持ってきてくれたお菓子をほとんど1人で食べた後、紅茶を飲んで一息ついた時思わず呟いてしまった。
「ははっ、こんなに喜んでもらえるとは思わなかった。口にあったようで何よりだ」
フィラルドは頬杖をつきながら、楽しげな目でプリシラを見ていた。
慌てて視線を横に逸らす。
理由もなく落ち着かなくて、テーブルの下で指先をいじる。
「で、でも…紅茶は、よく分からないわ。良い匂いはするけど、味は、美味しい…?」
「紅茶はたくさん種類があるから、今回のは口に合わなかったのかもしれない。あとは、ミルクや砂糖を入れると美味しいかもしれないから、次はそれも持ってこよう」
当然のようにまた来る気でいるその言葉にプリシラは驚く。
「えっまた来るの…?」
もう用事はないのに、なぜ来るのだろうか?もうお礼は受け取ったし、それに王都からだとこんな辺境まで来るのは大変だろう。
「きてはダメなのか?」
少し悲しげな声音でフィラルドが言う。
「ダメじゃないけど…。でも王都からだと簡単に来れる距離じゃないでしょう?それに騎士様なら王都から離れられないんじゃない?」
「あぁ、私は地方を巡回する任務についているんだ。しばらくの間はルーロ伯爵領に滞在する予定だから、問題ない」
「へー、そんな騎士様もいるのね」
別に来るのが嫌なわけではない、嫌なわけではないのだが、なんとなく深く関わらないほうがいい気もする…。
(お礼ももらったし、やっぱり断ろう。)
「あの…」
「また街で人気の菓子を持って来よう。他にもたくさんあったんだ」
「………。マドレーヌも?」
「あぁ、もちろん」
「………。じゃあ、また来てもいいわよ…」
……負けてしまった。いや、私のせいではない。おいしいお菓子が悪いのだ。マドレーヌとはなんと罪深い。
「ところで…」少し声の調子を変えて、フィラルドが口を開いた。
「話は変わるのだが、あなたに聞きたいことがあったんだ」
「どうしたの?」
椅子に座り直して、フィラルドがあらためてプリシラの方を向く。
「あなたは魔の森に住んで長いのだろうか?」
「そうね…生まれた時から住んでいるから、18年くらい?」
その言葉にフィラルドは目を丸くして驚く。
「生まれた時から?!」
「そうよ?」
「ご家族は…。あっそうか、二年前に…。いや、何でもない」
何かを言いかけたフィラルドだが、言い淀んでそのまま口を閉ざす。気まずさげに視線をさ迷わした後、再びプリシラの方を見た。
「その、最近魔の森の魔物が増えているらしいのだが、何か心当たりはないだろうか?」
「魔物が?知らないわね。あまり気にしたことないし」
そこで、フィラルドが何かを思い出した様に小さく声を漏らした。
「そう言えば、あなたは町まで出掛けることがあるだろう?その時、魔物に遭遇したりはしないのか?」
「うーん、まぁ、あんまりないかな」
プリシラの魔法はあまり人に言わないほうがいい。でも、そうすると、どうやって町まで行っているか説明できなくなってしまう。どうやって誤魔化したものかとプリシラは口に手を当てて考える。
「もしかして、俺と同じ様に風魔法を使っているのか?」
「そんなわけないでしょう」
思わずツッコミを入れてしまった。
「…だよな。あれは騎士団の中でも評判が悪いんだ。特に着地の時に周りに迷惑をかけるから、緊急の時以外は使わない様にしている」
良かった。騎士団があんな魔法の使い方をする集団ならお近づきになりたくないと思っていたところだ。
「あの魔法の使い方は何なの?あれって飛ぶと言うより、風で吹き飛ばされていたわよね?」
「そうだな。竜巻を起こす攻撃魔法と、自分を守る魔法を同時に展開してる。だから、細かい調整はできないんだ。だが、ある程度の方向と距離が決まっていたら何とかなる」
何で強引な魔法の使い方をしているのか。思わず手のひらで軽く額を抑えて、首を振る。
ーーープリシラであれば、人を”浮かす”ことはできる。
実際に倒れているフィラルドはそうやって運んだから。でも、あまりに高さがあると落ちた時が怖いので、低い位置で浮かしたことしかない。
一度だけ自分に使ったことがあるけれど、あまりにも不安定で、姿勢をまっすぐにして立つのがプリシラには難しかった。
(でも、もしかしたらフィラルドは使えるのでは…?)
そうなったら本当に人が飛ぶのを見られる。でも、プリシラの魔法は特別だからフィラルドには使えない。
(…いや、魔道具を介せば…!!)
以前、精霊と一緒に魔道具を作ったことがある。と言っても、プリシラは魔道具を作りながら、魔道具の構成と効果をひとりでぶつぶつと呟いていただけ。そうしたら、いつの間にか魔道具に紋様が刻まれていたのだ。試しに魔力を込めたら、プリシラが話していた魔法が使える様になっていて、心底驚いた。
通常は魔石に込める魔法を、魔道具に直接書き込む…。これは今までなかった方法だと思う。試しに試作品を町の魔道具屋に持ち込んでみたが、不思議そうな顔をして魔道具を見ていた。
普通、魔法は“詠唱”で使うもの。紋様を刻んで発動させるなんて方法、これまで聞いたことがない。
魔法石に込められるのも「水を出す」みたいに単純なものばかりで、複雑な効果を狙うなら魔道具の構造を工夫するしかなかった。
でも、この方法なら――もっと高度な魔道具が作れるはずだ。
……まぁ、実際やってみると全然うまくいかないんだけど。
「実は、私は魔の森の魔物が増加している原因を探していたのだが…。確かに以前来た時は魔物に多く襲われたんだ。だが、今回は不思議とあまり遭遇しなかった」
まだフィラルドの話は続いていたらしい。
「もしかしたら、魔物が増えるタイミングに周期があったりするのだろうか…?」
フィラルドは考えを整理する様に呟く。
「町の方まで魔物が行ってるの?」
とりあえず、話を聞こう。早く工房に行きたくてうずうずするが、なんとか我慢する。人の話は最後まで聞くものだ。
「人への被害はまだない様だが、畑が荒らされるらしい」
畑、魔物、荒らされる。これはーー!
<勝手に水撒きくん>の出番では…!?
点と点が繋がった瞬間、頭に閃光が走った。興奮で頬が熱を帯びる。
(これよ、これ!いいアイデアが浮かんできたわ…!!!)
こうしてはいられない。話を聞いている間に忘れてしまう。早く作り始めなければーー!!
椅子をガタッと鳴らして勢いよく立ち上がって、玄関を飛び出す。と、そこでフィラルドの存在を思い出した。少し戻ってドアから顔だけ覗かせる。
「ちょっと工房に行ってくる!あなたは好きにしてて!!」
「…えっ?」
呆然としたフィラルドの声だけが残された。




