11.再会
フィラルドは、言葉通り”飛んで”行った。詠唱を唱え、助走をつけて走ったかと思えば、そのまま風の様な速さで一気に空へと駆け抜けて行ったのだ。
ごうっと風が巻き上がり、プリシラの茶色い髪が乱れる。思わず口を開け、乱れた髪を手で押さえながらその背中を呆然と見送った。
(あれは…魔物も追いつけなさそうね…)
周りにいる風の精霊から『あれやりたい』と言わんばかりの気配が伝わってくるが、いくら誘われても、そんなもの絶対に無視だ。と言うか、あれは”飛ぶ”ではなく、“吹き飛ばす”だと思う。どうやって着地するんだろう。
しばらくその場に立ち尽くしていたが、風の残滓が消えると、胸の奥が妙にスースーした。自分でもよくわからないが、胸の奥に大事にしまっていた宝物が無くなってしまったような、そんな不思議な感覚。
「久しぶりに人と会ったから、人恋しくなっただけよ」
自分に言い聞かせるように呟いて頭を振ると、背を向けて工房へと歩き出した。
ーーーふと、昔母様が言っていた言葉が蘇った。
「あなたは私の血が濃いから、運命の相手も分かるかもしれないわね」
遠い昔、木漏れ日の木の下で幼いプリシラの頭を撫でながら母様が微笑んでいた。
「うんめいのあいて?」
「そう。会った瞬間に本能でわかるの。この人が私の唯一だって。その相手のために何かしてあげたい。喜んで欲しい。笑っていて欲しい。……ってね。そして離れると、とっても寂しくなっちゃうの」
「うんめいのあいても、わたにのことわかってくれる?」
母様は困ったように視線を逸らした。
「うーん、ちょっと難しいかもしれないわね。普通は分からないから……」
一瞬の沈黙のあと、母様はプリシラを抱き寄せ、優しく囁いた。
「でもね、シラ、私の可愛いプリシラ。あなたなら大丈夫。だってこんなに可愛くて優しい子なのだもの。もし相手がシラを運命だとわかってくれなくても、きっとシラのこと好きになってくれるわ」
母様のエメラルドグリーンの瞳が細められ、愛しげな眼差しが注がれる。
「うん!シラがんばるね!!」
無邪気だったプリシラは、母様の言葉を信じていた。いつか運命の相手に出会えた時、プリシラが頑張ったら相手も必ず自分のことを好きになってくれるのだと。
ーーー自分が母様のような輝くような美貌とは程遠い、平凡な顔だと知らなかったから。
(私は絶対に運命の相手なんかに出会わない。もし出会ってしまっても絶対に恋なんてしないわ。だって、私は母様みたいにはなれないから…きっと私はーーー壊れてしまう)
* * *
フィラルドがいなくなって2週間。プリシラはいつも通りの日常を過ごしていた。最低限の食事と家事をこなし、それ以外は魔道具の修理や開発に没頭する。
作りかけていた魔力量を色で表す魔道具に手を伸ばしてみたが…どうしてもフィラルドの顔が浮かんできて、集中できない。
「よし!<勝手に水撒きくん>の続きをしよう!!」
畑で水やりをしていた時に思いついた、畑で自動的に水を撒いてくれる自動水撒き機だ。
プリシラは水魔法で適当に水を撒いていたのだが、これを魔道具で再現できたら面白いと思った……のだけれどどうしても上手くいかない。
風と水の魔法石を組み合わせて、自動で水を撒く魔道具を作成して、とりあえず試作機一号ができた。
しかしーーー。
ジュパッ! ドンッ!
「…これは水やりというよりも、水の弾を発射する武器じゃない?いやでも、これはこれで新しい発明か…?」
プリシラが両手でやっと持てるくらいの大きな筒状の魔道具、<勝手に水撒きくん 一号>、は畑の真ん中に半分ほど埋まっており、筒上部の側面に開いた複数の穴から水滴、と言うよりももはや強過ぎて水弾となった水を飛ばしていた。
おそらく、風の威力が強過ぎたのだろう。
今日はいい天気だ。晴れ渡る青空の下、森を渡る風は心地よく、枝葉を揺らしてさらさらと優しい音を立てている。
分厚いメガネでヨレた茶色のシャツ姿のプリシラは、顎に手を当て目の前の魔道具とにらめっこしていた。
「これはもう武器として作り直したほうが良いかも…」
そう小さく呟き、真剣に考え込む。
その時、
ーーーーリーン、と澄んだ音が聞こえた。
「ひゃっ!」
肩をびくりと震わせて振り返る。
ライネルの花々が押し分けられ、森の木陰からひとりの男がゆっくりと歩み出てきた。
昼の光を背に、花をかき分けて現れたのは――フィラルドだった。
「こんにちは。約束通り代金を払いにきた」
「なんで……」
呆然と呟く。こんなにも早く戻ってくるとは思っていなかった。律儀な性格のようだったから代金を持って来てくれるとは思っていたが、半年先か、1年先か……。もしかしたら、それよりももっと後だろうと考えていた。
王都からここまでの距離と、薬の効果を確かめる時間を考えるとこんなに早く往復できると思っていなかった。
まだ心の準備ができていなかったから、どう対応すれば良いか分からなくて戸惑う。
「まずはお礼を。あなたのおかげで兄は助かった。治癒薬を飲んだ後すぐに目が覚めて、次の日にはベットから起き上がれるまで回復したようだ。心から感謝する」
そう言ってフィラルドは深々とお辞儀をした。
「それは良かった!!もし効果がなかったらと思って心配してたから!」
プリシラは焦っていたことも忘れて、安堵の笑みとともに胸を撫で下ろす。治癒薬の質には自信があったが、実際に聞くかどうかは少し不安だった。
「もっと早くに会いにくるつもりだったのだが、遅くなってすまない」
フィラルドは気まずげに目を逸らしながら言う。
「全然遅くないわよ。むしろ早過ぎてびっくりしていたところ。というか、あなたの傷は?もう大丈夫なの?」
「実は、治癒薬を人に託した後、不甲斐ないことにしばらく気を失っていたみたいだ……。鍛錬不足で恥ずかしい限りだ」
頭の後ろを掻きながら、どこか気恥ずかしそうに笑うフィラルド。
――いや、恥ずかしがるところじゃない。鍛錬不足じゃなくて、無茶をしたことを反省してほしい。
「やっぱり無理してたんじゃない。何が『もうほとんど治っている』よ。全然大丈夫じゃなかったのね」
プリシラは呆れをにじませた声で返した。
「だが、不思議といつもより回復が早くて五日ほどでいつも通り動ける様になったんだ。医者からも無茶をしすぎだと怒られたんだが」
……なんとなく、この男は怒られても全然反省しない気がする。鍛錬すれば全て解決するとか、本気で思っていそう……。
思わず目を眇めてしまった。
「それで――」
気を取り直すように咳払いをして、フィラルドは話を続ける。
「代金だがとりあえず10万ケルだけ持ってきた。残りは銀行に預けているので、必要になったらすぐに引き出せるように手配している。このカードを銀行に持って行って、必要な金額を伝えてくれ」
そう言いながらフィラルドは持っていた袋の中から一回り小さい皮袋とカードを差し出した。
カードは手のひらサイズの大きさで、深い緑色の下地に白い文字でプリシラの名前が書いている。
「このカードに魔力を込めてくれ。最初に魔力を込めた人をカードの持ち主として認識するようにしている」
そう言われたので、試しにカードに魔力を込めてみると、カードが淡い光に包まれた。
「これで、このカードはあなたしか使えない。銀行に行って、このカードを出せば大丈夫だ」
「はぁ」
正直10万キル貰えるだけでびっくりだし、銀行?というのもよく分からないが、とりあえず受け取っておく。
「それと…」
まだ何かあるのか。そう思いながらフィラルドを見ると、白い袋の中から紙袋を取り出した。
「良いパンが食べられる。と言っていたのでルーメルの町のパン屋で人気のパンを買ってきた」
「パンだわ!!」
中に入っていたのは噂好きのおばちゃんがいるパン屋のちょっとお高いパン。
思わず飛びついてパンを掲げてしまう。
「ちょうど欲しいと思っていたのよ!ありがとう!!」
買いに行くのが面倒だったので、とても嬉しかった。銀行?のカードよりもよっぽど助かる。
フィラルドの方を見ながらお礼を言うと、フィラルドの動きが少し止まった後、慌てたように持っていた袋に手を入れた。
「それと、アルロッパで評判の菓子や紅茶の茶葉なども持ってきた。口に合えば良いのだが」
そう言いながらフィラルドは袋からどんどん取り出す。
「待って待って!ここで出されても困るわ!とりあえず家に入らない?」
「確かに。そうだな。すまない。家にお邪魔しても良いだろうか」
ハッとしたように袋から出したものを慌ててしまいながら、聞いてきた。
「もちろん。何もない家だけど上がっていって」
もうこれ以上関わるのは良くない気がしたが、せっかく来てくれたのにすぐ追い返してしまうのも気が引けた。でも、本当に何もなのだが……まぁ、お茶とお菓子はフィラルドが持ってきてくれたようなので大丈夫だろう。
ブックマークありがとうございます!!!




