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『誓約のそら―烏の飛翔編 第ニ部―』2-12

12


「お前がテンイチ、次の鍵の管理者。話には聞いていた。会えてとっても嬉しいぞ」

 スパイクに似た水色の、ただし腰辺りにまで長さががある髪を豊かに波打たせながら、その女性は天一に向かって両手を広げて歓迎の意を表した。


 天一たち一行は、花畑で彼らが来るのを待っていた馬車に乗せられ、ある壮麗な城にまで連れられていた。そして今、ある一室に案内された天一たちの前に、ある女性が楽しげに足どりも軽く現れたのだった。

 黒いロングドレスのその女性は、天一とキタに席を勧めると、長い爪の目立つ人差し指を夢泉丸に向けてくいっと自分のほうに向けた。お前はこっちにこい、という意味だろうと天一は思う――つまり天一たちは「あっち側」という訳だ。


「テンイチ、ここまでわざわざ面倒だっただろう。私ならこんな面倒ごとはご免だけどな。だが、お前みたいなもの好きな人間がいないと我々も少々困ったことになる。次の鍵の管理者が正式に決まったことはめでたいことだ。いやそれにしても……」


 女性は、自分は座ることなく楽し気に話し続ける。一体この人は誰なんだろう……。天一は、女性の後ろに控える夢泉丸に助けを求めて視線を投げた。夢泉丸は、一瞬無視しようとしたようだったが、女性がずっと話し続けているので意を決したように口を開いた。

「女王、女王」

「なんだ」

 女王と呼ばれたその女性は、話の腰を折られて怪訝な顔をした。「今から面白い話をしようとしたのに。本当に面白い話は冥土の土産にもってこいだぞ」

「申し訳ございません。ですがテンイチ様は、女王のことをまだ何もご存じではありません」


 夢泉丸の言葉に女王は驚いたように目を大きく開き、左右で色の異なる美しい紫色と黄色の瞳でテンイチを見た。やはりスパイクに似ていると天一は思う。

 女王は長い髪を片手で後ろに払うと、「そうか、テンイチは私が誰なのか知らないのだな。では教えてやろう、私はこの冥界の女王である。テンイチが『スミヤマ君』と呼ぶアレは私の夫である。そしてその卵やらなんやらの処理をするためにここにいる。以上」と、一気に自己紹介を終えた。

 そして「夢泉丸、卵」と続けた。

 夢泉丸は女王の命令に反応して天一のところまでくると、天一から例の水色の卵をそっと受け取った。そしてそれをうやうやしく女王に手渡すと、また女王の後ろに控えた。女王は水色の卵を光にすかすようにかざし、ほほうと小さく言った。そしてテンイチとキタに向かって「よくぞここまで連れてきてくれた。なかなかに育っていたようだな」と言った。

 そして唐突に、その卵を片手でぐしゃりとつぶした。


 つぶれた卵の中から、どろりとした真っ黒な粘液が血のようにあふれ出た。だがその粘液は、地面に落ちる前に蒸発し、どんどんと消えていく。女王の拳によって砕かれた大小の卵の殻もまた、パラパラと地面に落ちるその落下途中で、粘液と同じく蒸発したかのように跡形もなく消えていった。

 女王の拳の中に最後に残ったのは、長細い黒いゴムのような物体だった。


 そいつは、女王の拳からなんとか逃れようともがいているようだった。だが、女王は力をゆるめることなく、そいつを顔に近づけてくんくんと臭いをかぐと、ひと言「くさい」と言って拳の力をぐっと込めた。

 その黒い物体もまた、卵の殻のようにかけらとなってパラパラと崩れ、地面に到達することなくどこかへと消散してしまった。


 いつの間にか白いタオルを乗せた銀のお盆を持って待機していた夢泉丸が、その盆を差し出すと、女王はいかにも汚らわしいものを拭うように、タオルで手の平を丹念に拭いて夢泉丸にそれを返した。夢泉丸はタオルの乗ったお盆を持ったまま、スッと姿を消してしまった。


 以上のことが、まるで一種の手品ショーのように天一とキタの前で繰り広げられた。天一は思わず拍手しそうになったが、女王の何を考えているのかさっぱり分からない、美しいが無機質な顔を見て慌てて両手を膝元に下げた。


「次はそちらの番だな」

 女王の視線が天一の身体を通り抜けた。


 女王が言い終わるか終わらないかの瞬間、天一の脳天から足のつま先まで電気が走り、全身が硬直した。これまでどうやって手足を動かしていたのか全く分からなくなり、天一の心臓はドクドクと警戒音を発する。まばたきだけはかろうじてできるが、眼球を自由に動かすことはできない。天一の目には女王だけが映っている、女王は、天一の後ろ側にいる何かに向かって指を一本立てた。


 天一は背骨に鈍く重く陰鬱な痛みを感じて息をのんだ。天一の背中から、黒い靄が新しい宿主を探すように最初はそろそろと遠慮深げに、徐々に調子づいたように勢いよく噴き出す。まるで、天一の背中に黒い巨大な翼が生えたかのように、天一の背後は真っ黒な靄に包まれている。そしてその闇の色の中から、幼い子どもの声が聞こえる。その声は靄自体が発しているのか、それとも靄に包まれた何ものかが発しているのか……。


 子どもの笑い声が聞こえたと同時に、もはや巨大な岩玉のように膨らんでいた黒い靄が鈍い銀色に光り、パンっと風船が弾けるように消えた。

 そしてそこには夢泉丸と、もう一人よく似た子ども――硫黄丸の二人が並んでいた。


 身体の痛みと硬直から解放された天一は、椅子に座ったままで身をかがめて何度も荒い呼吸をした。痛みはもう全くないものの、冷や汗が頭からどっと流れて、髪を伝って床にしたたり落ちる。天一はまだ、自分の背後に何がいるのか知らなかったが、とても振り返るような余裕はなかった。


「初めての共同作業にしては、なかなかうまく出来たじゃないか、」

 女王の声が聞こえた。

 その声を合図にして、夢泉丸と硫黄丸が天一の背後から出てきて、女王の横に並び、二人同時にちょこんと首を下げると後ろに下がる。夢泉丸と天一の視線が一瞬ぶつかる。その視線の中に、わずかな心配の色が見えたように天一は感じた。

 横を見るとキタがはっきりと心配した顔をしているので、天一は親指を立てて大丈夫と伝えた。

 女王が話し出した。


「当初はアレ、『冥王』がこやつを始末するはずだったのだが、アレは『なぜ自分が直々に元解終師のくだらん遊びの後始末をしないとならない、やなこった』と言ってな。どこかに行ってしまいおった。だがせっかくテンイチが来るのだから、私も一度は会っておきたいものだと考えて、それでまあ、卵の中の一匹とテンイチの中の一匹を始末することにしたのだ。だが私がどちらも始末するのはあまりに簡単なものだから、この子らの練習台にテンイチの身体を使わせてもらったという訳だ。ありがとうテンイチ、この子らの良い機会となった」


 天一は女王の話を聞きながら、額から流れる汗を手で払った。ようやく心臓の鼓動が落ち着いて、嫌な汗も引いたようだった。


「あの……」

 女王のことをそのまま「女王」と呼ぶべきか迷いながら、天一は訊いた。

「今の話からすると、卵、というか元々はマイニーと僕の中に、あのヒトトセの仲間のマントの男が仕込んだ変な生き物がいて、それをあなたと夢泉丸と硫黄丸が取り除いてくれた。そしてあのマントの男は『元解終師』……。解終師っていうのは、烏の身体を持っていったあの解終師のことで合ってますか?」


「うむ。すべてその通りだ。そして元解終師のあやつ――通り名は『弐夜』の傀儡の始末をつけるには、この冥界でなければいけないため、テンイチ自身にもここまで来てもらう必要があった。傀儡自体は大したものではないのだが、生まれだされたモノは始まりと終わりのすべてを環状で描き、夢幻の中で生と死を繰り返さなくてはならない定めがここにはあるのでな。そういえば、テンイチは解終師が何でできているか知っているか」

「解終師が何でできているか? いや、まったく」

「生まれなかった胎児の念だ」

 女王はそう言うと、背後に現れた豪華な装飾の、いかにも女王のための椅子にしっかと座った。


「とはいっても、全ての生まれなかった胎児の念が集まる訳ではない。その中で再びふるいに掛けられ、選ばれた念だけが解終師としてこちらの世界で生まれ、役目を果たすことになる。解終師はそれほど多くは必要としないから、数自体少ないのさ。どうして多くは必要としないか? それは解終師の役目が、人間の世界に本来存在しないはずの『器』を、その最期に回収してけじめをつけることにあるからだ。烏のようなある条件下で存在することを許されたモノは、死を迎えても物体として残る『器』を持って、あちらの世界――テンイチが属する世界――で何かしらの活動をしている。だが、そういう特殊なモノはそれほど多くはないからね。必然的に解終師の数も多くはいらない」


 胎児の念、という思わぬ言葉に天一の心はざわついた。それはいったいどのような念なのだろうか。寂しい、悔しい、恨めしい、それとも諦め……? そもそも命として「生まれる」って、どんな価値があるのかだろう。もし仮に価値があるとして、その価値をあと少しで享受できなかった者の念ってなんだろうか……。


「まあ、生まれ出た人間の念は『愛と恥辱』でできているがな。いや、これは冗談だ。笑っても良いぞ」

 女王はそう言うと、自分が言ったことが相当おかしかったのかハハハハハと高笑いした。天一は、そんな女王の姿を呆然と眺めながら、あのマントの男のことを考えていた。半分は赤ん坊、半分は老人の顔を持つ、胎児の念でできた元解終師。元……。


「あ、あの、あの男はどうして『元』解終師なんですか? それにどうして元解終師が冥界じゃなくて別の場所で別の人たちの仲間になっているのかも僕には分からない」


「うぬ、確かにお前には難しいだろう」

 女王は目の端の笑い涙を指で拭うと、言葉を続けた。

「まず解終師は、定期的に新しい胎児の念を取り込み、消耗しきった古い念は冥界にある『無穴の障』という穴に葬る。そうしてある意味、新陳代謝を促すという訳だ。そしてあやつもまた、解終師としてそれなりに長い年月を過ごし、念の新陳代謝を繰り返しながら役目を務めてきた。だが、そういう長い年月を経ると、中には新旧の念の混在の具合が悪くなり、新陳代謝がうまくできなくなる者が現われる。そういう状態になると、その解終師は、本来持ちえない『感情』を抱き始める。この感情というのが厄介でね、役目に支障をきたすようになるのさ。そうなるとお役御免、その解終師は冥王の承認を得て、別の解終師によって『無穴の障』に葬られる。だからあの元解終師『弐夜』もまた、感情が芽生えたことが確認された後、冥王の承認を得てお役御免で葬られるところだった。だが――」

 女王は思い出し笑いをしたように口元をゆるませた。

「冥王ともあろうものが、承認前に弐夜に直接会って判断しようとしたのさ。通常はそんな手間を解終師の解任ごときにしないものなんだがね。テンイチと会って、なにか思うところがあったのかもしれない」


 天一は突然自分の名前が元解終師の話に出てきたことに驚いた。「僕と会った? それはいつ……、僕が小学生の時のこと?」

「小学生? ああ、そうかもしれない。テンイチがもっと小さな子どもの時の話だからな」

 女王はどうでもよさそうにそう答えると、話を続けた。

「とにかく、冥王は珍しくその解終師と二人きりで対面し、この世界始まって以来のことをした。その解終師を『無穴の障』に葬ることを保留にし、ただの穴倉に閉じ込めることにしたんだよ。一体、何を考えていたのか、何を知りたかったのか、この女王でさえも冥王が何を期待してそんな無益なことをしたのかは皆目分からない。だが、結局のところ、弐夜はこの世界から抜け出して、今は人間が生まれ死ぬ地球を憎むモノたちとつるんでいる――少なくとも、この状況は冥王が望んだものではないだろうね。だからアレは今、テンイチの前には現れない。バツが悪いのか、なにか別の行いで自分の判断の間違いを正そうとしているのか……まあ、たしかにこんなくだらない傀儡は、この子たちの練習台程度にしかならんがな」


 女王はそう言うと、後ろに控える硫黄丸と夢泉丸のほうを振り返った。そしてテンイチのほうを向いて、この子たちはこちらに来てからまだそんなに時が経っていないのだ、と言った。

 天一には女王が言う「そんなに」のレベルが分からず、またこの子たちがどこから来たのかさえも明らかではなかった。だが、女王はもう話を続ける気がなさそうだった。


 女王は椅子から立ち上がると、天一の前まで歩みを進めた。天一はまだ両足に力が入らず、座ったままで女王を見上げた。女王は真顔で天一の顔を真正面に捉えると、唐突に両手でパーカーのフードを掴んで天一の頭にかぶせた。

「なかなか良い服をもらったな、テンイチ。大切にしろ」


 それから女王はキタの前に行き、私からもよろしく頼む、と言った。キタは何も答えなかったが、二人の間では通じているようだった。


こうして冥界の女王との謁見は終了した。

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