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『誓約のそら―烏の飛翔編 第ニ部―』2-6

6


「僕の体感としては、地球での一年くらいの時間が経っているんだ。テンイチが次の『カギの管理者』で、僕がその『補佐役』に選ばれたと知ってから」

 アキラ君はそう言うと、もぎ取った果実をひとかじりしてモシャモシャとかみ砕いた。


 アキラ君と天一は、七星剣の館の敷地内にあるであろう庭を並んで歩いていた。アキラ君はここに来るのが初めてではないようで、木になっているリンゴのような果実を勝手にもぎ取り、「結構おいしいよ」と笑顔で天一に渡す。

 天一はまだそんなアキラ君とこの場にいる状況に慣れていない自分を自覚し、とまどいつつもアキラ君の差し出すリンゴをありがたく受け取った。


 彼らはまた歩き出し、アキラ君が話を再開した。


「僕がここに連れてこられたのは、テンイチのお父さんが行方不明になったって時だったんだ」

「え、それじゃあ一年なんて時間、全然経ってないよね。だってそれって僕が……」

「うん、テンイチが言いたいことは分かる。テンイチにしてみれば、こんな急展開な話、ついこの間から始まったんだよな」

 そう言うと、アキラ君は真面目な顔をして天を仰いだ。

「でも、時間が進む速さはどこでも一緒、ってことではないんだ。特に僕は色々と学ぶために、この世界の中でも特別な場所に連れていかれて、そこで天一とは別の時間を過ごしていたからね。

 もちろんその間に、君は君で大変な旅をしていたとは聞いているよ。君が異法者の一部に連れ去られたことも知ってる。細かいことまでは知らされていないかもだけど、僕は天一の補佐役だから、補佐役としてできることは準備しておかないといけない。だから君に関することはできるだけ知っておきたいし、どんな事でも知らせてほしいと思ってる。

 もちろん最初にこんな荒唐無稽な話、つまり『カギの管理者』だとか『宇宙の均衡』だとか、それからまさかあの懐かしい天一の名前まで出てきて、僕が天一の補佐役とかさ、これまでの平穏な生活からは全然予測のつかない話を聞かされた時は、妙に長くてリアルな夢を見ているなあって思ったけど。だって――」

 そう言うと、アキラ君は思い出し笑いをしながら「――家でまだ寝ていた時に急にたたき起こされて、そのままのかっこうで無理やり連れだされたようなもんだったんだから。あれは本当に訳わかんなかった」


 天一は立ち止まり、アキラ君の肩をたたいた。

「僕もそうだよ、繰り返しやってくるようななんでもない一日のはずだったのに、ある日突然なにもかもが変わって……」

 アキラ君も立ち止まった。そして突如、天一の目を見て悲しそうに眉をしかめ、胸に湧く感情を掴みそこなっているような、たどたどしい口調で言葉を吐き出した。

「烏さん……かわいそうだったね。ひどいよな、本当に……」

「うん……ありがとう」

 天一は言葉少なく答えた。烏の最期について詳しく話す気にはまだなれなかったし、アキラ君も無理強いする気はないようだった。

 もしくはもう詳しく状況を知っているのかもしれないと、天一は考えた。


 二人はまた自然と歩き出した。その時ふと、天一はアキラ君も元々「候補者」であったなら、自分にとっての烏のような使者がついているのではないかと思った。

 そこで、アキラ君にも子どもの時から誰か使者がついていたのかな、と天一は話を振った。

 アキラ君は、天一が今更ながらそんなことも知らないのかと目を丸くして驚いた顔を向け、そして、

「ずっといたし今もいるよ」と当然のように答えた。

「今もいるの?」

 今度は天一のほうが驚き、慌てて周囲を見回した。


 彼らの周囲にはいつしかオリーブの木が密集しており、小さな白い花が咲いている木と緑色の実がなっている木とが混在している。オリーブの花から発せられるほのかな甘い香りが天一の鼻をくすぐったが、彼の視界にはオリーブの木々以外にはなにも映らなかった。


「どこにいるの? ていうか、その使者はどんな姿をしているの? 烏みたいに動物の形?」

 天一が降参したように矢継ぎ早に質問する。

 アキラ君は斜め上のほうに視線を飛ばして、「いや、僕たちみたいな人の姿をしているよ。でもあいつは足音や気配を消すのがうまいから近くにいても気づきにくいし、もういなくなっちゃったみたいだな」と答えた。

「そうなんだ……、その使者さんの名前はなんていうの?」

「氷の花って書いて『ひょうか』。名前のイメージとは全然違って、いつも黒づくめの恰好でいかつい感じのヤツさ。忍びの者って感じだな、あれは。うん、忍びだよ忍び」

「フーン……、えっと、その氷花さんは、僕たちが小学生の時にもアキラ君の近くにいたんだよね」

「うん、いた。物心ついた時からいつの間にか側にいて、気づいたらじっとこっちを見てるんだよ。多分ずっと僕に張り付いている訳でもなかったと思うんだけど、いるようでいないようでやっぱりいる感じがするんだよね。なかなかめんどくさいよな、使者に付きまとわれるのも……。

 でも、ようやく納得いったんだ。どうして僕にだけ見える者がずっと側にいてくれたのか――すべてはこのためだったんだってようやく理解できた気がする。それに、僕があのテンイチの唯一の『補佐役』だなんて、本当にうれしいんだ。

 これがおそらくテンイチと一緒にいられる最後だとしても、それでも僕が選ばれてとっても光栄だ」


 アキラ君の言葉に天一の心臓がドキンとした。これが一緒にいられる最後――だが天一にも、心の底ではこれがアキラ君と長く同じ場所で同じ時を過ごす最後の機会だということは分かっていた。

 カギの管理者と補佐役は「かれらの一生を占める多くの思い出を一緒に作る必要はない」のだから。

 ようやく会えたのに、これが最後だなんて……、と思うと天一の心は痛んだ。

 だが、どうしてこうなる前に会おうとしなかったのかと問われれば、天一もアキラ君も明確に答えられはしないだろう。そしてまた、もしもこれまで何回も会っていたとしても、その毎回が「最後」だとは気づけていなかったはずだ――絶対的な外的要因が二人の運命を決定づけるのでなければ。


「僕たちが今一緒にいられるのは、七剣星が僕とテンイチにくれたギフトみたいなものなんだ。とても特別でもう二度と手に入れることはできないギフト。だから、この限られた時間でもう少しだけお互いの話をしよう」


 アキラ君は時間がもったいないというように、笑顔で口早に話し続けた。


「テンイチはお父さんと暮らすようになってから、どんなことをしていたの? 学校はどう? 部活とかやってんの? 絵は続けてる? テンイチの描く絵、僕は好きだったな。テンイチからもらった宇宙の絵、まだ大切に持っているんだ」

「僕がアキラ君にあげた絵?」


 アキラ君の言葉に天一の記憶がゆっくりとよみがえってきた。そういえば、アキラ君との仲が徐々に微妙な関係になっていったあの時期、アキラ君の誕生日プレゼントにと天一は宇宙の星々のあいだに浮かぶ宇宙船の絵を描いて渡していた。

 そんなこともあったっけ、と天一は懐かし気につぶやいた。なんだ、自分が描いた絵なのに忘れていたのか、とアキラ君が半分笑いながらあきれたように返す。

 あの絵のおかげで僕は新天地でもがんばれたのに。あの絵はずっと僕のお守りなんだ。どこにいてもひとりじゃないって思わせてくれる……。


 それから二人はお互いがこれまでどんな生活を送ってきたのか、ぶらぶらと歩きながら思い出すままに語り合い、心から笑い合った。

 歩くほどに周囲の木々や花々の種類がゆっくりと変わり、ちょうど二人が共通の好きなマンガについて子どもの頃のように盛り上がった頃、彼らの目の前には、以前天一が七星剣の館の窓から見たのと同じようなラベンダー畑が広がっていた。


 天一は、今この瞬間も自分がアキラ君と並んでこのラベンダー畑の一部になっていることに、熱くねじれて奇妙で少し恍惚感のある一種の感動を覚えた。

 そして、アキラ君の話に耳を傾けながら大きく深呼吸をしてラベンダーの香りを脳と肺の奥までぐっと吸い込み、この時のこの光景を丸ごといつまでも覚えておくようにと、心の中のもうひとりの自分に言い聞かせた。 


 少年たちがラベンダー畑を進んでいると、あたりは夕暮れ時になり、赤く燃える太陽(に似ているが別の天体だろうか、と天一は思った)がゆっくりと、だが着実に遠くの木々の間を沈んでいく。

 このまま夜になれば、星明りのもとで僕たちはどこにいくのだろうと天一は考えたが、そこに恐れや不安は全くなく、どこまでも行けるところまでアキラ君と行きたい気持ちで心がいっぱいになった。


 とその時、天一は横に並んで歩くアキラ君がぽろぽろと涙を流していることに気づいた。

 どうしたの? と天一はまるで小さな子どもに問うように訊ねる。アキラ君は涙を手の甲で拭うと、今度は彼が天一を安心させるかのようににっこりと笑った。

 アキラ君の顔は沈みゆく星の灯りで赤く染まっており、潤んだ瞳と相まって、どこか神々しささえ感じさせる美しさがあった。


「なんだかこの一年、色々あったから……。急に涙が出てきたんだ。こんな事、滅多にないんだけど。テンイチが横にいるから気がゆるんだのかな」


 まだ空にわずかな赤みが残る中、二人はこんもりと半円状に茂るラベンダーの列に挟まれたデコボコ道を、並んで歩き続けた。

 小さな紫色の花弁たちが彼らのほうに耳を傾け、時折足元やヒザあたりに触れては優しくも強い香りを彼らの衣服に残していく。

 天一は手の平でそっと近くの花の頭をなでた。手の平にその感触が確かにある――これは僕の頭の中だけにある景色なのだろうか。たとえそうだとしても、いや、そうだからこそ、お父さんもお母さんも一緒に今ここにいたら良かったのに……。


「あのさ」とアキラ君が静かな調子で言った。「あの時……あの『スミヤマ君』が転校してきた時のこと、覚えてる?」

「……うん、覚えているよ。なんだか不思議な一年だったよね」

「あの時、僕たちはきっと試されていたんだな。スミヤマ君がやってきた初めの頃、氷花が『あいつには近づくな』って警告してくれたのに、全然言うこと聞かなかったんだ、オレ。多分あれが反抗期の始まりってやつだったのかも」

 アキラ君は照れくささを隠すような乾いた笑い声を加えた。

 天一は、「……僕も、烏から似たようなことを言われたよ。でもそれ以外にも、僕の記憶が飛んだりしておかしなことが多かったから、途中から自分の意思で離れたんだ――あのスミヤマ君に関する全てのことから」と答えた。


「そうか、テンイチはきっと本能的にあの状況の核が『まやかし』だと分かっていたんだな。

 僕はみんなのキラキラした視線が集まるのが楽しくて、本当はみんなが見ているのはオレ自身じゃない、ってことを分かってなかった。いや、本当は分かっていたけど、もう話し出したらやめられなくなってさ。自分の言葉が空っぽなことに気づかれたくなくて、どんどんどんどん他人の豪華な衣装を重ねて着るようになって、そのうちその重みに耐えられなくなって……、鏡を見るたびに自分が情けなくて、そんな自分を一番見られたくない人を避けるようになって……。

 ほんとバカだったなって、もっと自分自身のことも『一緒にいてほしい人』のことも信じて大切にすればよかったなって、独りぼっちになってから後悔してもやったことはなくならないのに……。

 でも、こうやってテンイチと話すことができて良かった。あの時オレ、すごく嫌なヤツだったよな。謝るよ。本当にごめんなさい」

「やめてよ、アキラ君。そんなに謝らなくていいんだ。僕だってどうすればよいのか分からなくて、結局自分の殻に閉じこもって、自分にとって都合の悪い嫌な現実から逃げ出したんだ。ずっと静かに首をすくめていれば、いつか時間が何もなかったように解決してくれると自分をだまして。

 だから、僕だってずっとあの時のこと後悔してるし、アキラ君に謝らないといけない。僕のほうこそダメダメの嫌なヤツだった」


 二人は顔を見合わせた。天一は言葉を続けた。

「生きてると、なんだって起こる。生きている限り、なんだって起こる。この先もきっと何度も何度も思い通りにはならないことだらけだよ。

 でも僕はもう、いつでもどこかでアキラ君がいてくれると信じられるようになったから、大丈夫。だからアキラ君も僕のこと、信じてくれればよいから、もうお互い謝らないでおこう。僕たちはずっと親友だったし、これからも親友であり続けるんだから」


 二人は硬く握手をすると、にっこりと笑い合った。二人の視線の先になにがあるのか、それは二人にしか分からない。だが、もう彼らの中では一切の後悔はなくなっていた。

 彼らはまた、夜空と溶け合うかのようなどこまでも深くどこまでも哀しくどこまでも優しいラベンダーが咲き乱れる海の中、粗い一本道を歩き出した。


「ほら、テンイチ見て。星があんなに」

 しばらくして、アキラ君の手が天一の肩に触れた。


 するとアキラ君の言葉を合図にしたように、二人の正面から突風がまきあがった。

 思わず天一は、風に押されて後ずさりをした。顔を風から守るように両腕を上げると、ゆっくりと目線を腕の下から覗かせる。目の前の天空には、大きな虹のようなアーチを描く天空の星々の光が大小無数に瞬いていた。


 すごい、と天一は感嘆の声を上げ、同意を求めようとアキラ君のほうに視線を投げた。

 だがアキラ君の姿はもうどこにもなく、天一の手の中にあるリンゴのかけらとさっきアキラ君の手を握った時の感触だけが、彼が確かにそこにいた証を天一に伝えていた。

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