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『誓約のそら―烏の飛翔編 第ニ部―』2-3


「あらためて、初めまして天一さん。私は武曲。烏が大変お世話になりました」


 破軍の軍服に似たデザインの、白地に黒の縁取りが施された軍服を着た漆黒の髪の男が、余裕のある姿で椅子にどっしりと座っている。物の言い方は柔和で顔には微笑みさえ漂っているが、身体中から発せられる妙な威圧感はあえてなのか完全には消せていない。

 さらに問題なのがその顔と声なのだと少し苦々しく思いながら、天一は自身の冷静さを保つため、「クールに」目の前の父親にそっくりな男との会話を始めた。


「あの、それで、まずどうしてあなたが僕の父にそんなに似ているのか、教えてもらえますか。それから、アキラ君がここにいる理由も全部おしえてください。僕だけが何も知らないなんて、なんだかひどい気がします」


 冷静に話し出したにも関わらず、最後の言葉を、天一は彼自身が驚くほど感情をこめて吐き出した。と同時に、「そうか、僕は今、怒っているのだな」と天一は頭の片隅で考えた。

 自分が彼ら全員に踊らされているように感じているのだ。まるでなんでも大人たちの言いなりになる無知で浅はかな子どものように……。


「そうだね」

 武曲は申し訳なさそうな口調で返し、天一の父親に似た長い脚を組んだ。その仕草ひとつひとつまでお父さんにそっくりであるがために、天一は目をそらした。そして、目の前に黙って座っているアキラ君のほうに視線を向けた。

 アキラ君は、おそらく通っている高校のものであろう、ブレザーの制服を着用していた。胸元には、かわいさ皆無の四つん這いのクマの刺繍が施されたワッペンがついている。どこの学校に行っているのだろうか、と天一は考える。

 それに、アキラ君がどこまでこの自分たちを取り巻く不可思議な状況の詳細を知っているのかも、天一には疑問だった。


「確かに君が混乱し、怒るのも無理はない。すべて私が悪いんだ」武曲が低いトーンで話し始めた。


「まずは、事の始まりとして天一さんのお父さんと私との関係について話そう。君のお父さん――モロ殿が大切なカギを守る管理者であることは、聞いているね。そしてそのカギの管理者は、『人間』『人類』『ヒト』などと君たちが呼ぶ、地球の者から代々選ばれることも。まあしかし、君のお父さんは、元々は私が選んだ『カギの管理者の候補者』のひとりでさえもなかったんだけども。


 そうか、君たちはどのような方法で候補者が選ばれるのか知らないんだね。そうだな、簡単に説明すると――ある条件の元、ある者から次のカギの管理者の候補者を選ぶようにと私たち七星に通告される。通告が来たら、その時に『母親の体内で命が芽吹いた者』から『満二歳』までの人間の子どもの中から、その者たちの属星が候補者を選び出す。

 候補者を選ぶ基準を君たちの言葉で説明するのはなかなか難しいのだけれど、私の場合はこういうように(武曲は自分の目の前に片方の人差し指を掲げた)意識を集中させると、その者の姿がこちら側にどんどん近づいて見えてくる。そしてその者のイメージが私の意識と一体になる感覚が一瞬と永遠の境の一筋でもあれば、今度はそのイメージを地表に一気に飛ばす。するとその者がどこにいるのかが分かる。それを何度か繰り返し、候補者をひとり、または数人選び出す。

 といっても、候補者になる者が見つからない場合もあるんだ。だからその後で開かれる、候補者を発表する七剣星の集まりでは、該当する属星たちが各々選び出した候補者の名前、もしくは今回自分が庇護する者たちのなかに候補者はいない、ということを皆に伝える。これによって正式にその代の候補者が決定され、烏のような使者たち――使者たちの姿形はそれぞれに異なるんだが――それらが候補者の元へと送られることになる。


 で天一さん、君のお父さんは、元々は私が選んだ『カギの管理者の候補者』のひとりでさえもなかった。だが、ある事情によって候補者のなかのひとり――最終的に数人の候補者の中から次のカギの管理者になることが決定した者が、その役目を君のお父さんに譲った。

 これまでそんなこと、つまり初めに候補者でさえなかった者がカギの管理者になる事態は起きたことはなかった。


 だから当然ながら様々な意見が飛び交い、私もその時ばかりは珍しく少しばかり逡巡した。だが私は、最終的に彼、モロ殿をカギの管理者に決定した。その大きな理由のひとつとして、烏(そう、あの烏のことだ)が私に、君のお父さんをずっと変わらず強く推してきたことが挙げられる。


 というのも、私の使者である烏は通常、特にあの鳥類の『カラス』の姿になってからは、候補者以外の人間とは通じ合わないものなのだが、君のお父さんとはなぜか一目で通じ合うことが分かり、実際に交流できたという。それ自体も驚くべきことだが、烏はさらに、彼のなかに私のかけらのようなものを感じると言ってきた」「かけら?」

 武曲の話の腰を折りたくはなかったが、天一は思わず言葉を発した。


「ああ、烏はそう表現した」

 武曲は力を込めて返答した。

「『他の候補者には感じられない、武曲様のかけらのようなものの存在をあの者のなかに感じるのです』と。『あの者は本当に候補者でさえもないのでしょうか』と何度も口にしていた。烏がこんな疑問を口に出す、いや、心の内に抱くのさえも初めてだった。烏自身、自分が何を感じているのか理解できず、戸惑ってもいるようだった。

 私は烏の言葉をよくかみ砕き、モロ殿のすべてを観察し、のちに彼を候補者のひとりとして受け入れた。先ほども言ったけれども、通常は母親のお腹の中にいる胎児から遅くても二歳までに候補者として選ばれる。だが私が彼、モロ殿を候補者に入れた時、彼は五歳になっていた。私が彼を見極めるために彼の成長をあえて待ったからだが、これはかなり異例のことで、色々と疑問視する声もないことはなかった。


 そして私がカギの管理者を正式に一人、決めなくてはいけない時が来た時、私は烏の言葉の意味をよくよく考えた。そもそも烏が候補者たちの側にいるのは、その者たちの素養を私に報告するためでもあるのだから、私は決定者として烏の言葉を無視することはできない。烏は自分の役目を理解した上で、自分の考えを隠さずに率直に伝えてくれたのだから」


 武曲は烏の姿を思い出しているのか、ゆらめく幻影を見つめるような曖昧で墨が滲むまなざしを天井の先の空間に向けた。

 それから自分の話の続きを待っている二人の子どもの存在を思い出したように目の光の焦点を戻すと、また話し始めた。


「『かけら』に関して説明しておくと、地球上の人間は皆、それぞれの生まれ年の属星、分かりやすく言えば『守護星』である我々七剣星の粒『輝卵(キラン)』を魂の内に抱いて生まれてくる。

 たとえば天一さん、君の属星は私だから、君の魂には生まれながらに私の輝卵が内包されている。そしてアキラさんには、生まれ年の属星である廉貞の輝卵が含まれている。これは全ての生まれ出づる人間に当てはまることであり、我々七剣星と人々の間の契約の証でもある――そして君のお父さんの属星も私だから、彼に私の輝卵が含まれているのは当然のこと。なにも特別なことではなく、自明の理なんだよ。

 だが、烏が言う『かけら』とは、この誰もが抱く輝卵のことではなく、もっと私の実体に近しい、私のかけらそのものだと言ったんだ」


「かけらそのもの……」

「そう烏は言っていた。もちろん烏自身も確信があった訳ではないだろう。だが、そう言い表すしかない、という感じで何度も私に伝えてきた。

 とにかく他の者たちとは違う何か、この『武曲を強く感じる何か』があの子の中にはあるのだと、私に常に忠実な烏だからこそ感じ取っていた」

「で、でも……武曲さんは最初、お父さんをカギの管理者には選ばなかったんですよね」


 天一には、ここまでの武曲の話があの自分の知っているお父さんについての話とは到底信じられなかった。

 さらに内心不思議に思っていたのが、あの烏がお父さんとそこまで親密な関係だったことだった。天一は何度か、烏に父親の話をしたことがある。特に父親が天一に会いに来る前や来た後には、学校の友達には話せない、父親とのことを烏にだけは打ち明けていた。

 だが当時、烏はまるでお父さんのことは「天一のお父さんという存在」としてしか認識していないようで、「自分は人間の言う『父親』というものは良く分からない」という態度だった。あんなに二人で話をしたのに――こういうのを「水くさい」と言うのだろうか――と天一は烏自身がいなくなってから、烏と自分に関して様々なことが明らかにされる事実にモヤモヤし、またもや胸のあたりに灰色の石を飲み込んだようなしょっぱい重苦しさを感じながら武曲の話の続きを待った。


 武曲は天一とアキラ君の顔を交互に見つめると、口の両端を少しへの字に曲げてふっと軽やかに鼻から息を吐いた。

 すると、彼ら三人は屋敷の部屋の中ではなく、木々に咲く柔らかな色彩のマロニエの花や緑に囲まれた、穏やかな庭園の東屋の椅子に座っていた。


「こちらのほうが気持ちがよいだろう? あの部屋は少し堅苦しくて苦手なんだよ」

 武曲は首を左右に曲げてから姿勢を整え、脚を大きく組みかえた。そして話を再開した。


「天一さんの言う通り、私は最初、モロ殿をカギの管理者には選ばなかった。その理由については簡単には説明しづらいのだが……、我々七剣星には宇宙の均衡を守るために必要な『カギの管理者』を選ぶ、重い責務がある。そのため候補者を選んだ後も、自分たち独自の方法でその者たちをよく吟味した上で、管理者としての真の資質のある者を最終的に選ぶことになる。

 で、私はモロ殿ともうひとりを候補者の中から選別し、私のやり方で二人を吟味した上で、最終的にはモロ殿ではない候補者を新しいカギの管理者として選んだ。そしてモロ殿を、その者の『補佐役』に任命した」


「補佐役?」天一が驚きの声をあげた。「そんな役目があるんですか」

「ああ、補佐役についてキタは話していないんだね。そう、補佐役。カギの管理者を助ける、大切なお役目だ。補佐役はカギの管理者が危機的状況になった場合、己の全てを使ってでもその者を助けなければならない。

 もちろんカギの管理者も、カギを守るには己の全てを使い切らなくてはいけない――宇宙の均衡を保つには、その人間の意志の力、魂から生まれる膨大なエネルギーが要になる」

「……大変な役目なんですね」天一がつぶやく。

 アキラ君は無言のまま、胸の前で腕を硬く組んで視線を足元に落としていた。しばしの沈黙が流れた後、武曲が口を開いた。


「カギの管理者と補佐役には、それぞれに大切な役目がある。だが彼ら二人は、地球上では長く共に時を過ごすことはできない。なぜなら二人は特殊な双子星のような性質を帯び、接近し過ぎると意思に関係なく互いを吸収しおうとして衝突し、共倒れしてしまうからだ」

「え、じゃあどうすれば補佐役は管理者を助けることができるんですか?」と天一が訊いた。

 武曲は天一の質問に優しく微笑むと、

「その時がくれば、使者が補佐役を適切な場所に連れていく。それは地球上の物理的なことを意味してはいない。だからカギの管理者と補佐役の間には、かれらの一生を占める多くの思い出を一緒に作る必要はないんだよ」と答えた。


 管理者と補佐役の関係について武曲がどのような気持ちで話しているのか、その微笑みからは推し量れず、天一は自分の胸がざわつくのを感じた。

 天一の目に映るのは穏やかな日差しと柔らかく揺れる桃色の花々、そして誰に向けてなのか歌うように弾む小鳥のさえずりさえも聞こえる。まるで絵のなかの理想の庭園にいるようだが、天一の心はそれらの光景の一部にはなかった。


 天一の様子を察してか、それまで無言だったアキラ君が口を開いた。

「それで、天一のお父さんは最初補佐役だった……、けれども最終的にはカギの管理者になったんですね」

「ああ、それには大きな理由がある」

 武曲は遠くさまよった意識が戻ったようにはっとして、アキラ君のほうを見ながら大きくうなずいた。


「私が最初、その代の管理者に選んだ女性――そう、元々の管理者は女性だった――がまだ候補者のひとりだった時、彼女は子を産んでいた。いや、子を産んだことはなにも関係ない。これまでにも子を産む者がカギの管理者であること、もしくはカギの管理者が子を産むことは多々あった。カギを守るという役目の重責を理解し全うできる者だけが、私たち七剣星に選ばれているのだから、子を産む産まないはカギの管理者の資質には全く関係がない。

 だが、この場合は事情が異なっていた――その候補者の女性が産んだのは、私の『かけら』を持つ者だったからね」

「それは、烏が僕のお父さんに感じた『かけら』……」

「そう、その『かけら』と同じものをその子どもも持っていた。君のお父さんのかけらは烏が最初に見つけたが、その子どもが持つかけらは、母親の胎内にいる時から私にも強く感じられた。そして烏にも。だから烏には、その子がまだ次の候補者になるかどうかも分からない時分からその子に目をかけて、私にもその子の様子を定期的に報告していた。

 そしてその子がまもなく満二歳になろうとしていた時、ある者から次の代のカギの管理者と補佐役を候補者の中から選ぶようにと、そしてさらに異例だが、同時に次の代の候補者を選ぶようにとの通達が届いた。


 そこで私を含む候補者の守護星は協議し、新しいカギの管理者と補佐役を選んだ――管理者として君の母親を、補佐役として君の父親を。そして次の代の候補者には、父親と同じく『私のかけら』を持つ子を。

 そう、君のことだよ、天一さん。君はずっとカギの管理者の候補者だった。そして今は、君は次の代のカギの管理者で、このアキラさんが君の補佐役にほぼ決まっている」


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