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『誓約のそら―烏の飛翔編 第ニ部―』2-2


 天一を乗せた(馬も御者もいない)馬車が七星剣の館内にある薄暗い通路に降り立つと、赤茶色の少しぽっちゃりとしたウサギがひょこひょことお辞儀をしながら迎えに来ていた。


「ご無事に到着されまして、ようございました、天一様。私は使いのアルと申します。そのまま『アル』と呼んでくださると喜びますです」

「えっと、よろしくです。アル」


 挨拶が済むと、天一は周りをきょろきょろと見回して、キタたちは戻っているのか、またマイニーは変わらず眠ったままなのか訊いた。

 アルは、「はい、キタさんを含めて皆様、天一様の無事のご到着をお待ちになっておりますですです」と答える。

「マイニーさんはずっと眠っておられます。では天一様、『ミザールの間』までご案内いたします。どうぞどうぞ」


 アルに案内されて、天一は館の中の長く迷路のように入り組んだ廊下をしばらく進んだ。以前キタと歩いた廊下と見た目は同じような雰囲気だが、分岐点が多く、とても一人では元来た通りには戻れないだろう。

「ここが『ミザールの間』でございます。こちらでお待ちの方がいらっしゃいますですです」


 アルに促されて、天一は艶のある大きな扉の取っ手を握り、扉を押し開いた。

 中は上部に不思議な円模様のステンドグラスがはめられた大きな窓のある、瑠璃色の絨毯の敷かれた広間で、ひとりの長身の青年が学校の制服らしきネイビー色のブレザー姿の背中をこちらに向けて窓の前に立っていた。「天一様がお戻りになられました」

 アルはそう言うと、ひょこひょこと開いたままの扉から出ていった。天一とその青年だけが広い部屋に残された。


「あ、あの……」

 天一は青年のほうにゆっくりと歩を進め、その背中に声を掛けようとした。その時、青年が天一のほうを振り返った。

「やあテンイチ、久しぶり」

「え……、ア、アキラ……君?」

 記憶の中のアキラ君よりもずいぶん背が高く、声が低くなっていたが、この青年が小学生の時に別れたアキラ君本人だと天一にはすぐに分かった。

「アキラ君、背、伸びたね」

「いやいや、テンイチのほうこそ。ていうか、お互い見かけだけは成長したよな」


 いまや十七歳のアキラ君は、同じく十七歳の天一の前までくると、また変なこと言ってると言わんばかりの子供の頃のような笑顔を見せた。

 確かにこの目元がくしゃっとつぶれるような笑い方はアキラ君だと、天一はなつかしさで胸がいっぱいになった。

 だが天一は、なつかしさを感じながら今目の前に立っているアキラ君の顔をまじまじと見ているうちに、次には何が起こっているのか混乱し、自分の脳の一部がおかしくなって幻覚を見ているのではないかと自分自身を信じられなくなっていた。

 これは本当にあの実体を持つアキラ君なのだろうか? それとも……。


「天一さん、かなり困惑しているみたいだね。でも、こういう再会の仕方もなかなか良いものじゃないか」


 聞き知った声がして、天一は背後を振り返った。そこには、彼がこの七星剣の館を離れて以来の破軍と文曲がおり、そしてもう一人――初めて会う、黒ずくめの服に真っ赤な唇が際立った中性的な顔立ちの無表情な人物がいた。

「こちらは巨門。名前は文曲かキタから聞いたことはあるだろう」

 天一の目線の先を追って破軍がそう言うと、巨門は軽く頭を下げ、天一をぐっと見つめた。

 天一はまだ頭が混乱した状態のまま巨門に挨拶をし、その後慌てて「色々助けてくれてありがとうございました」と付け足した。

 天一の言葉を受けても巨門は表情を変えなかったが、淡い星のきらめきのような瞳の色がわずかに揺れたようだった。照れているのかもしれない。

 天一は口数の少ない巨門になんとなく親しみを感じた。


「さて、ではどうしてアキラさんがここにいるのか、天一さんに説明したほうが良いだろう」

 破軍がそういうと、何もなかった部屋の中央に大きな肘掛け椅子が三脚、丸テーブルを中心に円を描くように並んだ形で現れた。後は君たちでよろしくやってくれ、と文曲が天一に片目をつぶる。

 とその時、開かれたままの扉からもう一人、別の人影が入ってきた。

「やあ、天一さんも戻ってきたようだね。どこまで話は進んでいるんだい?」


 その新しい登場人物の声を聞き、そして顔を見て、天一は息が詰まるような気がした――行方不明中のお父さんに声も顔も立ち姿もそっくりな人物が、そこにいたのだから。

「ああ、ちょうどいい時に来た。紹介するよ天一さん――こちらが君の属星『武曲』だ」

 破軍の声が遠くから聞こえるが、天一はそれに反応もできずにただ目の前に立つ父親そっくりの男の顔をじっと見つめ、それから急に喉が締め付けられるような感覚に襲われてゲホゲホとむせてしまった。

 武曲と紹介されたその男は、これまた天一の父親そっくりな顔で申し訳なさそうに微笑んでいる。

 天一は、まだなぜここにいるのか不明なアキラ君と、行方不明のお父さんにそっくりな武曲に挟まれた格好で、咳こみながら状況を理解しようと努めた。


「テンイチ、ほら、これ」

 アキラ君に差し出されたガラスコップの水を慌てて喉に流しこみ、ようやく天一の咳が落ち着く。

 その様子を確認すると、武曲と小声で話しをしていた破軍が「では我々はこれで失礼するよ」と言い残し、文曲と巨門ともども扉から出ていった。

 部屋には、天一とアキラ君、そして武曲だけが残っている。椅子は三脚――すべては定められているのだと天一は口を拭いながら思った。

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