『誓約のそら―烏の飛翔編 第一部―』27
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ぐおおおおんと低くなにかを石うすですりつぶすような轟音のする空間で、雨粒のように光の粒が僕に向かって無数に飛んでくる。
いや、それらが僕に向かうのではなく、僕のほうが、光が生まれる紫色の光の巣の中心へと向かっている。
徐々に身体の向きが上方に移動し、光の粒の発生源が黄色い熱波を発して盛り上がった形を作り出す。と僕の視点が上昇し続けると、その光と音の発生源は渦巻の中心地であり、まるで台風の目のように周りからの光の粒を巻き込んで、紫やピンクや青や黄色の輝きを暗闇のなかで発していることが分かった。
と思ったら、場面が変わってまたもや光の粒子が、今度は吹雪のように様々な方向から吹きつけ、見る間に巨大な赤い光の渦が右側から僕を飲み込もうと攻めたててくる。
その次には赤い光の渦は消え、僕は暗闇の中で無数に点在する青や白や黄色の光の粒のひとつになって浮いている。
と、またもや僕の身体はなにかに引き寄せられるように移動し、光の粒たちの間を自由自在に通り抜ける。その間も轟音は止まない。
すると、目の前に他の光の粒よりも大きく輝く円盤状の光の塊が、緩やかに弧を描きながら点々と前方で待ち受けている。その内のひとつの円盤に僕の身体は迷うことなく吸い寄せられ、全身が光に包まれて目の前が真っ白になる。あまりのまぶしさに目を開けていることは到底できず、僕は両目をつむるが、もはやつむっているのかどうか分からないほどのまぶしさが僕の身体のなかにまで侵入し、頭のなかをゴチャゴチャにかき回す。
轟音はまるで複数人の念仏の輪唱にように永遠を唱える。
僕は何者でもなく、なにかでさえもなく、僕という境界が溶けてなくなる感覚――意識のない無の世界が僕を侵食して宇宙の一部であり全てへと導く……。
意識が戻ると、目の前には紫色と黄金色の瞳が僕を捉えていた。
おかえりなさい、とスパイクが言った。続いてケレリスが僕の正気を戻そうとしてか、大きな鼻息を鳴らした。
僕たちは最後に一緒にいた場面と同じように、ケレリスの庭に向かい合って立っていた。ただいまと、僕は吐息をもらすように小さく答えた。両足が僕という意思に関係なく身体をなんとか支えている。
夜の星明りの下で見るスパイクの瞳は一層輝いて美しかった。
「ちゃんと受け取ったみたいだね」と、スパイクは僕の右手を手に取って持ち上げた。
自分では気づいていなかったが、僕の右手にはスパイクの左右の瞳の色を混ぜたような光のグラデーションを描く薄い円盤が握られていた。
「これが、スパイクが僕に渡したかったもの?」
「私が渡したいものではなくて、烏から今の君が受け取るべきものであり、受け取れるもの」
スパイクは僕の手からその円盤を取ると、両手の平で上下にそれを挟み込んだ。それから上に乗せた手を外すと、圧縮されたように小さくなった円盤が細いシルバーの鎖に繋がれて手の平に乗っていた。
スパイクはそのネックレスを細長い指でつまみ上げ、無言でそれを僕の首に掛ける――その時、スパイクから柔らかな春の花の香りがした。
「さあ、七星剣の館に行きなさい。みんなが君を待っている」
「スパイクはこないの?」ネックレスの鎖を触りながら僕は訊いた。
「私は私でそれなりに忙しいからね」
そうでしょ、と同意を求めるように、スパイクがケレリスの首元を優しくさする。
「君と一緒にいない間も、みんなそれぞれ何かしらの役割を担っているんだよ」
スパイクの表情は初めて会った時よりも柔らかく、口調も子どもを諭すというよりは、僕と自分自身を励ましているように聞こえた。
ケレリスを見つめる彼女の横顔を眺めながら、僕はずっと疑問に思っていたことを口にした。
「あのさスパイク、僕、聞きたいことがあるんだ――僕、まだ自分の属星に会っていないんだけど、いつ会えるのか知ってる?」
スパイクは瞳に細かなきらめきを宿しながら僕の両目をしっかりと見つめた。そして、時がくれば会える、と答えた。その顔に先ほどの柔らかさはなかった。
それからスパイクは、星々が瞬く夜空に向かってぴゅーっと指笛を鳴らした。すると、星の光の一点からなにか黒っぽい小さなシミが現れ、見る間に大きな黒い塊となって降ってくると、僕たちの目の前に降り立った。
それは小さな一人用の黒い馬車だった。とはいえ、それを引く馬も御者もいない。つまり、乗客のいない箱だけがやってきたのだ。
「これに乗れば七星剣の館に連れて行ってくれる」
事もなげに言うスパイクの顔を、僕は戸惑いながら見つめた。
「え、でも、馬もこれを操縦する人もいないけど……」「御者殿も忙しいの、君ひとりを送るくらいこれで十分だから」
スパイクがそういうのなら、従うしかなさそうだ。僕はスパイクとケレリスにお別れを言うと、その箱に乗り込んだ。
「みんなによろしくね」スパイクが軽い調子で言った。
まるでちょっと友達の家に行くような軽さだな、と僕は開いた窓から彼女の顔に向かって苦笑した。
その僕の顔にスパイクが畳みかける――テンイチ、君は誰かの都合の良い「いい子」でいる義務はないんだよ。君は君の意志を貫きなさい。そのためには貫きたい意志を見つけなさい。そのためには、意志のよりどころを探しなさい。大丈夫、助けられたことのある者はいつか自分も誰かを助けることができるから。
そしてスパイクは、僕の額にそっと触れた。「これは烏からの伝言、というより遺言かな」とつぶやきながら。
僕を乗せた馬のいない馬車は颯爽と飛び出し、夜空の一角を山のように覆う巨大な水色の星の上空へと向かう。僕は胸元の円盤を指で触りながら、そういえば皆既月食を見逃したかな、と変なことを思いだしていた。
<第一部 了__ 第二部に続く>




