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『誓約のそら―烏の飛翔編 第一部―』22

22


――だから我々は、そもそもの歪みが生じないように目を配り、均衡を保つことで宇宙の在り方を維持しているのです――


 これはだれの言葉だっただろう……キタ? 烏? 夢泉丸?


 夢泉丸のことを思いだし、僕はハッと目覚めた。そこは四方を不思議な円形状の模様で彩られた壁で取り囲まれた部屋で、僕はその何もない部屋の床に転がされていたようだ。立ち上がって手足を動かしたが特に痛みはない。


 周囲を見渡したがドアらしきものは見当たらず、僕は他に出口がないか探そうと一方の壁のほうに近づいた。すると、部屋がぐらりと傾いた。


 僕は慌てて部屋の真ん中に戻ると、部屋は元の水平の状態に戻った。僕は反対側の壁のほうに歩いた。すると重心の変わり目で、部屋は僕がいるほうへぐらりとシーソーのように傾いた。四方の壁の方向で同じことを試してから、僕は部屋の真ん中であぐらをかいて座った。

 この部屋は――いや違う、これは部屋じゃない。広い空間のなかに浮かんでいる大きな箱のなかに僕はいるのだ。


 僕はしばらくそのままの状態で座っていたが、埒が明かないので足を伸ばして、前方の壁のほうに床に座ったままで少しずつ進んだ。床が徐々に傾くが気にせずに進む。おそらく床が45度くらい傾いたところで僕の足の先が壁につき、靴と壁の当たった部分から光の波紋が繰り返し生み出される。僕はゆっくりと後退し、部屋(便宜上「部屋」とする)の中央に戻ると、今度は後ろの壁のほうを向き、同じように前進した。やはり45度の傾きで足の先が壁につき、その部分から光の波紋が生み出される。

 だが、それ以外には特になにも起こらない。僕はまたゆっくりと後退して、部屋の中央に戻った。


 さてどうしたものかと思い、今度は右側の壁まで足を伸ばそうとした時、どこからか声がした。

「ひとり遊びが上手ですな」

 周囲の壁がシャボン玉の膜のようにパンっと弾けとび、僕が座っている床だけが残った。


 できるだけ床の中央から外れないように少し移動して声のするほうを見下ろすと、6、7メートルほどの眼下に、ニヤニヤ笑いを浮かべながら腕組みをしてこちらを見上げているひとりの初老の男がいた。猫のような横広がりの白髪頭に、猫のような白髪の口ひげが生えている奇妙な男――服装は黒尽くめのマント姿で左目には片メガネをつけており、昔の貴族風でもあり老いた戦士に見えなくもない。


「気分はどうですかな? 手荒なことはしていないはずだが」

 白髪の男が訊いた。

「そんなことよりも、ここはどこであんたは誰なんだよ」僕は男のニヤニヤ笑いにいらだって、声を荒げた。「あんたたちは異法者なのか? 夢泉丸をどうしたんだ」

「夢泉丸? ああ、あのおチビちゃんなら上手いこと逃げおおせましたよ。わが同志が君とあの子との間に一線を引いた時点で、おチビちゃんにできることはなにもなかったですからね」


 男はなにがおもしろいのか、ニヤニヤをやめることなく話し続けた。


「それでですねテンイチ君、お目覚めになったのなら、君にはこれからここの代表者と会ってもらいます。そこで平和的な話し合いをした上で、君はおそらく簡単な決断をしなくてはならないでしょう。ま、そう心配しなくても大丈夫。手荒なことはなにもしない、君次第ではありますが」

「代表者?」僕は男のバカにしたような口調に、無性に腹が立っていた。

「なんで僕がそんな奴と会わないといけないんだ。ここには僕の意思で来たんじゃない。だから今すぐに僕をここから降ろせ。帰る」

「ほうほう、思っていたよりも威勢がいい坊ちゃんですな。もっと従順な子なら面倒でなかったんですけれども。ま、いいでしょう」


 男は黒い手袋をした片手を前に出すと、ひょいひょいとハエでも追い払うようなしぐさをした。すると、先ほど弾けて消えた四方の壁がまたもや現れ、僕の視界をさえぎった。

 と思ったら、今度はどんどんと目の前の壁――いや、天井を含めたすべての壁がどんどんと空間の中央へと寄ってきて、気づけばあぐらをかいて座るしかないスペースの箱に僕は閉じ込められていた。


「なんなんだよ、これは」


 光の一切入らない暗闇の中で僕が叫ぶと同時に、僕を閉じ込めた箱がドンっと落下した。が、おそらく床に当たる寸前で落下が緩やかになったのか、床に当たる衝撃自体はふんわりと優しく、誰かが僕の入った箱を棚から降ろしてそっと床に置いたような感覚だった。


「ご自分の足で歩いてもらってもよかったのですが、抵抗されたら手間がかかるだけですからな」と、箱の外で男が言った。「ではいざ目的地へ、出発進行」


 男のバカげた号令とともに、僕を閉じ込めた箱が動き出した。もしかしたら「僕を閉じ込めた箱」は台車にでも乗せられているのかもしれない、などと箱の中の僕は想像するしかなく、悔しい気持ちで何も見えない空間に視線を泳がせながら、何者かも分からない箱の外のヤツらのされるがままになっていた。


「同志ミマス、ありがとう」


 箱の動きが止まると、外で誰かの声がした。あのニヤニヤ笑いの白髪の男ではない、落ち着いた雰囲気の女の声だった。ということは「ミマス」というのがあの男の名前だろうか。

「窮屈だろうから、早く出してあげてください」と女が言った。

 すると僕を閉じ込めていた箱の壁がまたもや弾けとび、僕は白い壁に囲まれた大広間の床の上で三角座りをする格好となっていた。突然の光を受けて、僕は暗闇にようやく慣れそうだった両目をしばたかせて視界をクリアにする。

 目の前には、全身真っ白な服装をした黄色い髪の小柄な女が立っていた。

「ようやく会えましたね。お待ちしていました、テンイチさん」


 箱から解放された僕は、慌てて立ち上がろうとした。だが、両足が思うように動かず、足がもつれて横ざまにゴロンと倒れてしまった。


「お客様に失礼ではあるのだけれど、まだ足は自由にしてあげる訳にはいかないのです。静かにお話をしたいので、しばらく我慢してください」


 たしかにその女が言うように、僕の両足は見えない鎖でしっかりと繋がれたみたいに、片足ずつ自由には動かない。僕は冷たい大理石の床にべたりと座ったまま、女の顔を無言で見上げた。女は灰色の瞳で僕が諦めたのを見届けると、満足したように口角を一瞬上げた。


「私の名はヒトトセ。と言っても、本当の名前ではないですが、周りにはそう呼ばれています」

 その女――ヒトトセは言葉を一拍空けると、僕が黙って聞いているかどうか確認したようだった。

「先ほどは同志ミマスが失礼しました。私はここの代表をしています。とはいっても、私たちに立場や優劣の順位はないのですが、便宜上、代表者としてお話しているのです」


 僕の後方にいた白髪の男――ミマスがゆっくりとした足取りでヒトトセの横に立ち、僕に向かってニヤニヤしながらお辞儀をした。そして僕の視界に入る範囲で少し離れたところに行き、僕のほうへと向き直った。ヒトトセが話を続けた。


「はじめに烏さんについですが、確かに烏さんを殺めたのは私たちの総意です。烏さんは自分の領分以上に首を突っ込み過ぎましたから、もっとややこしくなる前に消えていただいたのです。ですが事情を分かってください、大儀をなすためには多少の犠牲は覚悟しないといけないのです。もちろん、私たちは暴力を好んでいる訳ではありません。話し合いで解決するなら、そちらのほうが穏やかに事が進んでどちらも笑顔で終われます。ですが――見える景色が根本的に違う者同士、同じテーブルについたところで結末を変えることは難しい。そう思いませんか、テンイチさん」


 ヒトトセは、どこからともなく差し込む薄青い光を身体中に浴びながら、感情のない顔で淡々と話し、何の感情もない声で最後に僕の名前を呼んで口を閉じた。あなたが話しても良い番です、とでも言うように。


「あんたたちは――」許可をもらった様で癪に障るが、話をしない訳にはいかない。僕は口を開いた。

「何が目的なんだよ。どうしてこんなことをする。どうして烏がやられないといけないんだ。僕の父親になにをした。あの筒をどこにやった」


 ヒトトセは想定通り以下の陳腐な質問が来た、というようにわずかに頬をゆるませた。おそらく形式的に丁寧語を使っているだけで、平和な毎日が永遠に続くと勘違いしている人間の子どもなど、本当は宇宙の塵芥よりもどうでもいいのだろう。

 だが、と僕は思考を巡らす。僕は彼らにとって重要な何かを握っている。お父さんを呼び出すエサ以上の存在――そんな気がしていた。


「まあ、そう急がないで」とヒトトセは穏やかに答えた。

「まずは、私たちがどのような集団なのか、説明させてください。私たちは、確かにあなたたち『事なかれ主義者』の方々が『異法者』と呼ぶ組織の一部です。ですが私たちは、私たちが属する組織が徐々に『事なかれ主義者』に侵食されているのではないか、と疑問を持つようになっていました。私たちの上に立つ長老たちは、まるで事なかれ主義者のように宇宙の均衡を現状のまま維持することを求め、裏では事なかれ主義者に協力までしているようで、どうしても納得がいかなくなったのです。そこで、異法者の中で同じような疑問を抱く同志たちが集まり、私たちは別の集団『創造の柱団』を秘密裏に作って行動を起こしました。予想通り、あの古ぼけた長老たちは慌てふためいて事なかれ主義者たちに連絡し、私たちの行動を阻止しようとしました。が、私たちは先に手を打っていました」


 ヒトトセは僕の頭に自分の言葉が染み込むのを待ってから、話を続けた。


「私たちは、あなたの父親がカギを持っていることを知りました。それはとてもとても大切なカギです。宇宙の均衡の要となる箱のカギです。私たちはそれをどうしても手に入れないといけないのです。あなたの父親はカギの管理者ながら無防備に見えたので、カギを手に入れるのは簡単なように思われました。ですが、意外とかくれんぼが得意な方だったようで、少し予想外の展開となっているのは否めません」


 ヒトトセは眉をひそめて、いかにも残念そうな顔をして見せた。だが、その灰色の瞳に感情はなく、紙の上に偶然できた一対のコーヒーのシミのようだった。


「そこで私たちは、本当はあまりこの手は使いたくなかったのですが、あなたに協力してもらうことにしたのです。愛する子どものためという名目があれば、あなたの父親も無益な責務を放棄しやすいかと考えたものですから――これは私たちの総意です」


 ヒトトセの最後の言葉にミマスが深くうなずいた。「私たち」というのがどれくらいの規模の集団なのかは分からないが、数人程度ではないだろう。それに金銀兄弟が戦っていたような傭兵もたくさんいるのかもしれない。

「ここまでで何か質問はありますか? テンイチさん」とヒトトセが訊いた。


「そもそもなぜ、あんたたちは宇宙の均衡を壊したい?」僕は前から抱いていた疑問を投げつけた。


「うーん」とヒトトセは微笑みながらうなった。

「テンイチさん、物事をもっと上流から見ませんか。私たちは『宇宙の均衡を壊したい』のではありません。『現状の』均衡を維持するために、私たちもあなたたちも関係なく、長年膨大なエネルギーを使わなくてはいけないことに意義が見いだせないのです。なぜ地球のためにここまでしなくてはいけないのでしょうか。他の星々は、宇宙が生まれてからの長い時のなかで、様々な変容を受け入れなくてはいけなかったというのに」


「地球のため?」

「そうです。今の宇宙の均衡なんてものは、ほぼ、あなたがいる地球のため、みたいなものです。ばからしいではないですか、地球以外の星々は他の星々と影響し合い、姿を変えたり存在自体がなくなったりすることをあるがままに受け入れているのに、地球だけは皆から守られ、のうのうと当たり前のようにこの銀河系にいつまでものさばっているなんて。まさか地球だけは替えがきかないとでもいうんじゃないでしょうね」


 ヒトトセの頭上から青い光が射してスポットライトのように彼女を照らした。頭上を見上げると、天井には放射線状の大きな穴が開いており、その中心からヒトトセに向かって――いや、ヒトトセが立っている場所に向かって――光が落ちていた。

 僕はなんとか立ち上がろうとしたが、両足を繋ぐ見えない鎖が先ほどよりもさらに短くタイトになったようで、僕は立てずじまいだった。


 ヒトトセは、僕が再び床に転がるのを眺めながら言った。

「ところで、あの筒のことですが、あれはどのように使うものなのか、あなたもご存じではないようですね」


 僕はどう答えれば良いのか頭を巡らした。だがその微妙な間こそが、僕が何も知らないことを物語っていた。


「では、何か思い出したらすぐに伝えてください。もしくはこちらがまたお呼びするまで、今の状況を冷静に客観的に判断しておとなしくしていてください。それまでは私の話をよくよく考えてみるのが賢明でしょう。では」


 ヒトトセが言い終わった瞬間、僕の目の前は真っ暗になり、またもや箱のなかに閉じ込められたことが分かった。僕を入れた箱はゆっくりと移動し始め、外ではミマスがニヤニヤと笑っていることが想像でき、僕は大声を出して愚かで無駄な抵抗を見せるだけが精いっぱいだった。

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