第43話:病んでる
リードアンドアイムは現在、
本社に在籍する野原さんを除いた、15人の元ギルドマスターが代表を務める企業で構成されたグループ企業だ。
どれも好調な業績を上げているが、中でも際立っているのは、工学分野で博士号を取得している尾崎さんが代表を務める会社。
それと、情報技術分野で博士号を取得している元第6ギルドマスターの田所さんが代表を務める会社。
この二社が共同で手がける、
「DNAスキャンデバイスの開発」
「DNA認証システムの開発」
「量子CPUセキュリティシステムの開発」
この3つだ。
うむ。ちょっと難しい話をするぞ。
おいおい、ホログラム通話を切ろうとすんなよ田中。これからがいいところなんだぞ。
ん? カプチーノのおかわりを入れただけか。
よしよし、続きといこうか。
量子コンピュータの発展に伴い、そのセキュリティは大きな課題となっていたが、量子CPUセキュリティシステムの開発により、瞬時にスキャンできるデバイスを使うDNA認証システムと組み合わせることで、量子コンピュータの脆弱性を徹底的に防ぎ、データの安全性を飛躍的に向上させることができた。
結果としてだな。
社会の安全性とプライバシーはかつてないほど強化された。
これにより、世界中の企業や政府機関は、今まで以上に安心して量子CPUを活用できるようになり、新たな技術革新が次々と生まれる時代になった訳だ。
さて、一段落付いたところで、話をオンファイアへと戻そうか。
◇ ◆
場面は、薄紫の空気に包まれた特殊な空間『カオスアリーナ』
俺はグローブ型ガントレットの肉球を眺めながら、頭の中を整理していく。
高くジャンプ出来た時、足にも付いてる肉球の感触から咄嗟に思いついたとはいえ、規格外だと思える反発力を、このガントレットは備えている。お陰でアスドフに勝つことが出来た。
それと、もしも宿屋で転んでいなければ、ガチャカプセルが壊れない仕様だと気付かず、これを撃ち出すなんて戦法も思い付かなかっただろう。
計らずとも良い方向へ転んでくれたと、俺はようやく胸を撫で下ろした。
俺の目の前の床には虹色モザイクの血溜まり。その上に大剣を握り締めたまま大の字で横たわるアスドフ。
見開いた真っ赤な瞳は、空の一点を見つめて動かない。
背筋がゾワッとしたが、俺は範囲とアイテムを指定し、撃ち出したガチャカプセルを回収した。
アスドフの周囲の空気が歪み、身体が淡く発光し始める。
地面から遠い順番で光が拡散していき、それと共にアスドフの身体は、まるで風に流される粒子のように消えていった。
アスドフが闘技台の対戦開始の位置で復活しないということは、恐らくどこかのポータルで復活するのだろう。
ギルドハウスを所有しているようだから、そこの専用ポータルに転送された可能性が濃厚だ。
だが、カオスアリーナのクールタイムは20日。今から480時間は誰も被害を受けることはない。
俺の耳と視界モニターにメッセージが流れ始めた。
『[システム]カオスバトルの戦利品として、低級HP回復ポーション×3を入手しました』
『[システム]帰還するポータルを選択して下さい』
『転送先候補:[バドポート][キリンポート]』
……アスドフがスキルを発動させた地点であるバトルアリーナには戻らないようだ。
まぁ、カオスアリーナは個人のスキルで出現させる空間だから、登録されてるポータルに帰還するのは当然だな。
バトルアリーナ自体は次の対戦が始まってるだろうから、そこに戻るのはあり得ない。
設定がメチャクチャな固有スキルのカオスアリーナとはいえ、流石にその辺りは考慮して作られているのだろう。
まぁ、そこまで好き勝手出来るスキルなんて、莉佳が作る……いや、認めるわけは無いだろうからな……。
よし。
「戻るかにゃん」
――おっと、にゃん語尾が付いてしまうんだった。今のうちに武器を持ち替えなければ。
見られて恥ずかしい装備はここで外しておくに限る。安定の……継がれた木の杖にしておこう。
武器を持ち替えてメイジに戻った俺は、皆が待っているであろうキリンポートは選択せず、あえてバドポートを選択した。
◇
バドポートの広場が視界に映る。ああ、見慣れた風景だ。なんだか安心する。
人の多いキリンポートになんて戻ったら、
「揉みくちゃにされるにゃん」
――あれ……にゃん語尾が取れてない?
そう気付いた直後、
「――ミリア!」
声を上げたユキ……と、その横にルイーサが立っている。
恐らく、ユキは俺がバドポートに戻ると予想し、ルイーサはユキを追ってきたのだろう。
今度はユキと直接対決する気だろうか?
不純な動機で戦うのは、お父さん反対だぞ。
ルイーサは銀髪をサラサラと揺らしながら、俺に駆け寄ってきた。
「――師匠、カオスアリーナでアスドフと戦ってきたんだろ?」
……師匠ってなに?
まぁ、アスドフが大声でカオスアリーナを発動させたんだから、俺が引き込まれたことを、ユキとルイーサが知っているのは当然だ。
「アタイに勝った師匠なら、当然アスドフの野郎もあっさり倒しちまったんだろ?」
だから師匠ってなに? それと、いつものクククッって笑いはどうした?
「師匠、カオスアリーナの映像データをアタイに送ってくれよ! 今後のバトルの参考にすんから」
師匠とか映像を送ってくれとか、なに言ってんだルイーサ。俺はユキにこのニャンコな姿を見られて、どう誤魔化そうか考えてるところなんだぞ。
武器を変えても防具(着ぐるみ)はそのままとか、セットの意味ないだろ! って、心の中でツッコミ入れてたとこなんだぞ。
着ぐるみ着て球にじゃれついてネコパンチしてる姿なんて、息子のユキじゃなくても他人に見せられる訳がないだろ。
「いやですにゃん。見せられませんにゃん」
……この、勝手に付くにゃん語尾……。
ていうか、着替えの防具が見当たらないんだけど。あの地味なワンピースとベストはどこ行ったんだ?
あ……もしかして……。
宿屋の客室で、チュートリアル開始でもらった防具を装備した時点では、アイテムボックスの空き枠が、たった10枠しかなかった。
なので、レア度の低いアイテムを入手したら、自動売却するように設定変更していたのを思い出した。
あの時点では、課金しまくってゲームマネーを稼ぎ、レアな装備を調える気満々だった訳だし。
要するに、ホワイトキャッツガントレットSを装備した時点で、防具は白ねこの着ぐるみに変更され、レア度も何もない外した防具は自動で売却されているようだ。
迂闊だった――どうする俺……。
こんな格好で父の威厳が保てるのか。いや無理だにゃん。
ちくしょう、心の声までにゃん語尾だ。あ、これ俺か。
――そうだ、個人トークなら大丈夫かも!
「[to:ユキ]……ちょっと聞きたいんだけどにゃん……プレイヤーズマーケットってどこにあるんだにゃん?」
――くっ、駄目だ。個人トークまでしっかりにゃん語尾が付く。
『[体調管理システム]警告:極度の空腹状態を検出しました。10分以内にログアウトして食事を取ってください。確認できない場合、強制的にログアウトが実行されます。』
――なんてナイスなシステム。
ユキが俺の肩に手を乗せてきた。
「ルイーサ。ミリアの頭上に空腹マークが付いてるから、カオスアリーナの映像は今度にした方がいいよ」
そして俺のふわふわな猫毛をナデナデしている。
上目遣いで俺を見ているルイーサ。
「な、なぁ。師匠ってユキの母親なんだろ? ユキに妹なんか居ねぇって、アタイ知ってんだかんな」
母親ではなく父親なんだが……どう返答していいのか困った俺が、ユキの方へ顔を向けると、ユキはルイーサに向かって口を開いた。
「ルイーサ、何か勘違いしてるね。ミリアは僕の妹でも父親でもなくて、僕だけのミリアだよ」
ルイーサの表情が変わった。これは以前の……いつもの表情だ。
ギロリとユキを睨みつけ、片側の犬歯を剥き出した。
「クククッ――ユキてめぇ、師匠を独り占めしようってんだな。いいぜユキ。バトルアリーナで今すぐ勝負しようぜ――アタイが勝ったら師匠はアタイのもんだ! それともう一つ。てめぇの童(ピー[自動合成音])もアタイに捧げろ……クククッ」
――パチーンッ。
ガントレットは外れてるから素手でのビンタだ。
痛みは無いというのは分かってる。それと、これが体罰に当たるということも分かってる。
愛の鞭なんてものは、心が伝わらなければそれは只の暴力だ。
「いくらゲームでもにゃん、汚い言葉を使うのはやめなさいにゃん。ルイーサは可愛くて格好いい女の子なんですからにゃん」
……くっ、にゃん語尾のせいで締まらない。
「……ごめんにゃん。ルイーサにゃん」
ルイーサが瞳に涙を浮かべる。
「師匠……アタイをぶったのか?」
ユキが口を開く。
「どう? ミリアのお仕置きは温かいでしょ?」
俺は、ルイーサと初めて会った時のことを思い出した。
カキツバタという和装の女性を前に、「ママにお仕置きしてもらえる」と言っていた。
そう……お仕置きの内容がもの凄く気になっていたんだ。
カキツバタというプレイヤーは、ルイーサの母親なのだろうか?
少なくともあの時のルイーサの発言は、お仕置きを望んでいるようだった。
再びしおらしい顔つきになったルイーサ。
「アタイが間違ってたよ師匠。師匠をアタイのものにするんじゃなくて、アタイが師匠のものになればいいんだ……クヒッ……いつでもお仕置きしてもらえる」
え、なんかヤバい。
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※続きも頑張って書いております。
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