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第42話:リードアンドアイム



 個人的な質問は不可。


 これはガチャバイトに義務付けされているのではなく、バイトをしている全員が暗黙のルールとして、そう捉えてる。


 仮にガチャバイトのメンバーが俺の通う大学のように、難関といわれる大学の学生で構成されていなかったなら、神様の個人を特定しようとしたり、直接たかろうとするなど、受けた恩を仇で返すような愚かな行為に走るやつもいただろう。


 然し、ガチャバイト全員が、受験難易度トップ5の苦学生だ。自分の首を絞めることなど考えないし、何より深く恩義を感じている。


 ゲーム内には本部となるギルドが1つ。支部となるギルドは第2から第17ギルドまである。

 第2ギルドのマスターを務める俺を始め、各ギルドマスターはエリート中のエリートだ。


 神様はこれを意図的に行っている。



 などと尾崎は考えているが、ミリア・ルクスフローの中身である七浜奈和は、そんなつもりなど毛頭なく、ただ頭の中でなんとなく閃いただけ。

 ……まぁ、その閃き自体が天才的だということに、本人は気付いていない訳だが。


 だが――総勢450名のガチャバイトはもれなく、中身の本名さえ知らないミリア・ルクスフローを崇拝しているのだった。


 ◇


 ガチャバイトを始めて、一年が経過したある日の夕方。


「尾崎さん、夕食が済みましたら少しお時間いいですか?」


 最近、神様からの個人チャットが増えた気がする。


 このゲームでは、ヘッドセットを使えば、発した言葉を自動的に文字に変換し、ログに出せる機能が備わっている。勿論だけどノイズはカットされる。


 一応ボイスチャットなので直に会話もできるが、神様本人が文字のみで会話しているし、恐れ多いので声を発する者はいない。


 俺は咀嚼そしゃくしていたトマト風味パスタを急いで飲み込んだ。


「神様。ちょうど食べ終わったところです。何かご用でしょうか?」

「もう一年も経つんですから、神様って呼ぶのはやめてくださいよ尾崎さん」


「恐れ多いです! 逆に、俺に対して敬語と敬称は使わないでください神様」

「そういう訳にはいかないですよ。リアルでは尾崎さんのほうが年上なんですから」


 ――ブーッ!


 口に含んだ麦茶風味飲料を、慌てて塞ごうとした片手に吹き出すほど驚いた。袖がびしょ濡れだ。


 俺はタオルで手を拭きながら、モニターに出ている神様のログを何度も読み返す。


 初めて聞く神様の中身の情報……。


 ガチャバイトの皆んなにとって神様のような存在でも、現実では中身は人間というのは当然なので、きちんと認識はしている。


 だけどまさか、大学院に通い始めた自分より年下だとは思いもしなかった。


 神様の中身に関する質問をしないのが、我々ガチャバイトのルール(バイト全員の共通した自己認識)。


 俺は無意識に独り言というか、心の声をそのまま出してしまった。

「おいくつなんですか?」、と。


 しまったと思いつつも、答えてくれるはずはないのでコップを口に運んだ。


「21ですよ。因みに、ログイン時間でお分かりのように、リアルの私は……無職のニートです」


 ――ブゥゥゥーッ!

 コップの中身が半分空になるほど、勢いよく吹き出してしまった――膝がびしょ濡れだ。コップがなかったらキーボードが危なかった。


 取り敢えず落ち着こう。ズボンを履き替えるのはそのあとだ。

 麦茶風味飲料をペットボトルから注ぎ足した。


「尾崎さんのような優秀なかたがガチャバイトに来てくれて助かりました。今後は尾崎さんが皆さんをまとめてくれれば、私も安心して……結婚ができます」


 ――ブゥゥゥゥゥーッ!

 吹き出した勢いでコップ内の飲料が跳ね返り、全部そのまま顔にかかった。全身びしょ濡れだ。話に間を開け狙ったようなタイミングで確信に触れる部分のログが流れてくる……さすが神様。


「神様、ご結婚されるんですか?」

 ニートって言いましたよねその前に……。そっちは聞いてはいけない気がした。


「ええ、出来ちゃった婚なんですけどね」


 ――コップが空でよかった――。

 できうる限り頭をフル回転させた――神様の意図を組もうと。


「もしかして神様、結婚を機にゲームを引退なさるおつもりですか?」


「はい、そうですね。来年の春には子どもも産まれますし、私なりのけじめはついていますので、後は尾崎さんにお任せしようと考えてます」


「神様の仰せなら引き受けることはやぶさかではないのですが、このゲームにそこまでの……救う価値があるのですか?」


「ガチャを止めてしまうと、バイトの皆さんが路頭に迷うことになるじゃないですか。私が引退しても、皆さんが卒業するまでガチャを止めるつもりはないですよ」


 ……リアルの俺は泣いていた。

 だってガチャバイトの皆は、学業に専念でき、将来に向けて自立できる程の収入を、この一年で既に得ているからだ。


 神様から頂いた有り難いお金を、無駄遣いする者など一人だって居ない。

 誰もが、社会に出て成功した暁には、神様に恩返しをしたいと考えている。


 これは俺の判断ではなく、ガチャバイト同士で作ったコミュニティで共有している確かな情報だ。


「神様、俺たちはもう大丈夫です。今後のガチャ資金は、神様の結婚生活――ご自身の新しい家族のために使ってください。皆んなもそう望むはずです!」


「……いやー、私、有り余るほど資産があるんですよ。どんどん使っていかないと、資産がまた……1兆円を超えちゃいそうで」


 注ごうとしていたペットボトルをドスンと足の指に落とした。メチャクチャ痛いけどそれどころじゃなかった。キャップを開ける前で良かった。


 ――どういう事だろう?

 ニートだって言ってましたよね、神様。

 俺はてっきり、ニートというからには、親の資産か何かだと思っていた。

 資産が増えている? また一兆円を超えそう?


「思いっきり資産を注ぎ込める良い方法があればいいんですけど、尾崎さん、なにか良い提案はありませんか?」


 良い提案と言われても、スケールが大きすぎてイメージできない……。


「……すみません神様。俺は工学専門なのでご期待に答えられそうにないです。あの……第3ギルドの野原さんが経営学部の首席だったはずですから、彼女に相談してみるのはいかがでしょうか?」


「野原さんといえば、ばら撒きコミュニティを作ってくれたギルドマスターですね。バイト応募の早い者順で決めたんですけど、すごい経歴のかただったんですね」


 ――えっ!?

 神様が事前に審査して第3ギルドのマスターに採用されたのでは……


 ◇


 結局、その日の夜8時から、奈和、尾崎、野原の3者によるグループチャットでの会話が始まった。


 まず奈和は、FXや株、更にはファンドまで幅広く投資をし、恐ろしいスピードで資産が増えたんだと説明した。


 そして、ざっとではあるが、ファンドや株などの投資先も説明した。


 尾崎は、奈和の突拍子もないFXやファンドなどの話を理解するのに苦労していたが、経済学を含め経営学を学んでいる野原は何かに気付いたようだ。


 野原のログが流れる。


「FXは抜きにしまして……神様が閃きで選んだと言っている金融商品が――特にファンドがすべて成功を収めて多大な業績を上げているのは理にかなっています。神様には先見の明があるのだと確信しました……凄い投資家だったのですね――感激です神様!」


 神様とまで呼ばれているが、当の本人、奈和には何が凄いのかチンプンカンプン。しかも自分のことを、学歴もなく就職もしていないただのニートだと思っている。


 野原は更に、

「神様は全世界の市場の流れを的確に捉えております。これがファンドや株、更にはFXの成功の主因となっています――凄いです。どちらで学ばれ――あ、神様はきっとオックスフォ……」


 すかさず奈和がチャットを返す。

「野原さん。私、中学しか出てないですよ」


「――飛び級なんですね! 凄すぎます神様!」


「いえ……あ……まぁいいか。それで野原さん、資産を思いっきり使える良い方法は見つかりましたか?」


「神様、個人には限界があります。法人を立ち上げてみられることを提案します」


「ホウジン? 何ですかそれ……」


「神様のジョーク――とてもレベルが高くて笑いどころを逃してしまいました! ですがこの野原、微力ながら神様のお手伝いさせて頂きたく存じます!」


 ◇


 話が長くなるのですっ飛ばす。


 七浜奈和。要するに俺は、『リードアンドアイム』というグループ企業のCEOになった。

 ニートからの脱却である。


 まぁ悪い気はしない。産まれてくる子どもにも胸を張って答えられるからな。

「お父さんは会社を経営してるんだよ」って。何の会社か俺もよくわかんないけど。

 今度もう一回、野原さんに聞いてみよう。


 ◇



 リニアメトロの赤坂見附駅。


 北口のエスカレーターを登ると見えてくるのが、地下48階、地上24階のグランドインペリアルホテルの正面入口。


 グランドインペリアルホテルのボールホールで、俺は450名のガチャバイトたちに見守られながら、スパークスというネットゲームからの引退式、そして莉佳との結婚式を行った。


 俺がリアルの姿をガチャバイトたちに晒したのは、その一度きりだ。


 タキシードを着せられた俺は莉佳に手を引かれ、敷かれている真っ赤なカーペットを歩いて、でっかいシャンデリアがいくつもぶら下がってる豪華なホールに出た。


 ――引き篭もり生活が長すぎて、リアルで人前に出るのはめっちゃ恥ずかしい。

 俺は莉佳の影に隠れた。


 それにしても静かだ。おかしいな……君たちのいう神様が登場したんだぞ。

 要望に答えて登場してやったんだぞ、タキシードまで着てな。


 莉佳が少し屈んで、俺の耳に口を寄せた。


「みんな奈和の事を、タキシード着たフラワーガールかリングベアラーだと思ってるんじゃないかしら。ピンマイク付いてるんだから、自己紹介してみたら?」


 ま、まぁそうだな。知らない人から見れば俺の見た目は小学生だからな。


「ど、どうも皆さん。俺が――」


 ――ピィィィーン。


「――ミリア・ルクスフローこと、七浜奈和です。リアルでは始めましてですね」


 ああ、みんな目を丸くしてる……こんな見た目ですまん。やっぱガッカリさせてしまったか。


「天使だ……天使様だ!」


 ――はぁ!?


「「「「「うわぁぁぁ! 天使様ー!!」」」」」


 以降、ガチャバイトのメンバーたちからは、神様ではなく天使様って呼ばれるようになった。


 それ以来俺は、世間に素の姿を晒した事はない。

 会社のミーティングも大人アバターのホログラムだ。


 ◇


 この引退式を以て、ガチャバイトも全員ゲームから引退した。


 そしてガチャバイトは全員、卒業後はリードアンドアイム及び、その関連企業に就職をした。


 会社としての最初の大仕事は、尾崎さんが研究をしているDNAスキャンデバイスの開発への投資だ。

 ガチャバイトだったメンバーのうち、工学を専攻していた約30名が、リードアンドアイム傘下の開発会社のスタッフになった。もちろん尾崎さんが代表を務めてくれている。


 野原さんのほうは、リードアンドアイム本社でその手腕をふるってくれている。


 ああ――お陰で……息子の祐希が三歳を迎える頃には、俺の個人資産は72兆円まで膨れ上がってしまった。


 どうしよう……世界一なんだけど。






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※続きも頑張って書いております。

中々時間が取れず投稿ペースは遅いですが、温かい目で応援の程よろしくお願いします。

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