第39話:エイツプレイス
彗星のごとく現れた天才プログラマー少女は、国内で開催された数々のプログラミング大会で優勝を収め、12歳という若さで、プロもひしめくプログラミングの世界選抜大会に初出場し、見事に優勝を果たした。
莉佳は頭脳明晰でプログラミングの才能に恵まれ、高校を飛び級で卒業し、19歳で大学院に進学、21歳で博士号を取得した。
大企業からは引く手数多。そんな彼女が就職先として選んだのは、赤字続きで買収の噂も流れているゲーム運営会社の『エイツプレイス』。
友人を含め周りの人たちは、彼女が何故そんな落ち目の会社を選んだのか、誰一人として理解できなかった。
――莉佳は、在学中に聞いたある言葉に興味を惹かれただけだった。
それは莉佳が大学の学食でカレーライスを食べていた時のこと。
「スパークスはクソゲーだよな」
後ろのテーブルで誰かがそう言うと、別の声が答える。
「あー分かる。あれはクソの中のクソだもんな」
耳にした瞬間、頭の中に一瞬浮かぶ不快なイメージ。
無意識のうちにスプーンを凝視してしまう。
人一倍、感受性の強い莉佳はカレーをすくっていたスプーンを皿に置いた。
食事の場で、なんてデリカシーに欠ける話をしてるのかしら。
莉佳は紙ナフキンで口を拭うと立ち上がり、トレーを持って返却口へ向かった。
返却口へ置かれたトレーはオートで処理されるので、学食の利用者が食べ残しを何かの容器へ移したり、食器を水で濯いだりする必要はない。
軽合金のドームに覆われたキャンパス。
学食のある3号棟を出た莉佳は、創立者像前広場に置かれたベンチに座った。
お腹が満たされなかった莉佳は呟く。
「ああ……マカロンが食べたい」
莉佳は集中したい時に必ずスイーツを食べる。その中でも、特にカラフルなマカロンが大好きだ。
プログラミングの世界大会で九連覇を達成した時も、色鮮やかなマカロンで集中力を高めていた。
大好きなマカロンを思い描こうとしたけれど、「クソゲー」という表現が、どうしても気になってしまう。
ゲームの出来が悪いという意味なのか、それとも何か別のニュアンスが含まれているのか……。
気づけば、自分のタブレットに「スパークスはクソゲー」と入力していた。
検索トップには、エイツプレイスという会社が提供する、スパークスというゲームの掲示板が出てきた。
完全に一致するのは無かったけれど、「スパークスはクソゲー」では、誹謗中傷等の規制対象となる言葉なので当然かなと思った。
掲示板も覗いてみたけれど、まるで活気がない。
適度な愚痴くらいは書き込まれているかと思ったけれど、それすら見当たらない。
これは恐らく、誹謗中傷に限らず、愚痴まで規制してる、或いは削除をしまくっている証拠だと思った。
莉佳は人差し指の背で鼻の頭を撫でながら、思考を巡らせた。
ゲーム運営会社がプレイヤーの自由な意見や感想まで規制しようとすると、プレイヤーとの信頼関係やコミュニティの健全さに悪影響を及ぼす可能性がある。
プレイヤーがゲームに対する愚痴や不満を共有することは、彼らがゲームに真剣に向き合い、改善を望んでいるからこそ生まれるものなのよ。
運営側としては、プレイヤーのフィードバックを受け入れて、より良いゲームを提供することが大切。
……ことごとく欠けてるわね。このクソ運営、エイツプレイスは……。
エイツプレイスという企業のサイトを開いて募集案内を見ると、プログラマー随時募集と書いてあった。
面接日時、応相談とあるけれど、サイト自体の更新が古い。
まるでやる気なし……か。
けれど――
「クソゲーを神ゲーにするのも面白そうね」
莉佳はすぐさま、応募フォームに住所氏名と連絡先の電話番号を入力して送信。
◇
その翌日。
エイツプレイスの代表取締役会長と代表取締役社長が、莉佳の自宅までやってきた。
グランドインペリアルホテルの期間限定マカロンなど、高級スゥイーツの手土産を両手に携えて。
◇
細かな経緯は省く。
21歳の莉佳は、希望通りエイツプレイスのゲーム開発部に配属された。
そこに居たのが当時25歳の真奈美。
会社のツートップから特別待遇されているということは、莉佳の希望で、チーフ以外のスタッフには伏せてある。
莉佳が入社するまで後輩が居なかったと言う真奈美は、思いっ切り先輩風を吹かせてきた。
「私のことは真奈美さんって呼んで頂戴」
「先輩でいいでしょ?」
「いいえ、名前で呼んで! さんを付けて呼んで!」
ものすごく調子に乗ってきそうなので、とりあえず名前では呼ばない事にした。
けれど、雑な知識だけは豊富なようだ。
まずはデフォルトとなるキャラクターの体型を、AIに演算処理させる方法を得意そうに教えてきた。
そのグラフィックアニメーションを見た莉佳は、とても処理が雑だと感じた。
成人女性の胸の揺れ方と、成人男性の股間の揺れ方が、全く同じ揺れ方だったからだ。
女性の胸の揺れ方にしては小さく見え、男性の股間の揺れ方にしては大きく見えてしまう。
アニメーションに関しては問題はなさそうだけれど、バネ定数とダンピング係数、それに質量と慣性。そういった重要な部分を雑にプログラミングしている。
それとなくチーフに確認すると、そういったデリケートな部分は、リアリティを出しすぎるとそれはそれで問題が出てくるから、真奈美のプログラミングくらいが丁度いいんだと答えた。
……成る程。この先輩、役には立っているのね。
そういった事を加味すれば、ゲーム全体のグラフィックスに関しては完成されている。
そうなるとゲームシステムに問題が有りそう。
◇
そして数日後――問題点を拾っていくうちに、全てのバランスが崩壊している事に気付いた莉佳。
火力バランスが課金ガチャアイテムに偏っている。
全てのクエストどころかレベルアップまで課金ありき。
初心者にも最初から課金ガチャ装備を強いている。
細かな問題点を挙げればきりがないけれど、大まかな問題点はこの3つ。
サービス開始当初は同時接続数が世界一だったという、これだけ優れた材料がありながら、何故、こんな事になっているのか……。
頭を抱える莉佳に、真奈美が得意そうに声を掛ける。
「無敗のプレイヤーが現れてからおかしくなったのよ」
「無敗のプレイヤー?」
「私のことを真奈美さんって呼んでくれたら教えてあげる」
すると、若い頃は絶対モテてたと確信できる雰囲気のチーフが、苦い顔をしながら莉佳に声を掛けてきた。
「莉佳君、無敗のプレイヤーのバトル映像を確認したいなら私のデスクへ。ただし、その映像を見ても……絶望だけはしないでほしい」
……私はチーフの「絶望」という言葉に、思わず生唾を飲んだ。
◇
――チーフのデスクのモニターに映し出されたバトルアリーナ。
観覧席は満席で、通路まで立ち見客で溢れかえり、白チャと言われる一般チャットのログは高速で流れ、大観衆の熱狂がモニターを通して伝わって来るほどだ。
バトルアリーナ2077春季セミファイナル最終戦――
六角形の闘技台の上に登場したのは、制服を着た女子高校生。
バトルアリーナランキング1位の『ミリア・ルクスフロー』
ジョブは最下級クラスのシーフ。
続けて、少女の向かいのコーナーに登場したのは、長身で体格の良い男性。
バトルアリーナランキング2位の『バルバルド・ベアボルド』
ジョブはスパークスではトップクラスのヴァイキング。
『FIGHT!』というアナウンスが流れ――バルバルドがミリアに向かって突進する――
ところがミリアは動かない。
――距離を詰めたバルバルドが両手斧を振り下ろす!
――刹那――バルバルドは身体を硬直させて前に転倒した。
「――何が――!?」
莉佳は思わず声を漏らす。莉佳の目には、ミリアの身体が斧で分断されたように見えていた……。
ところが、何故かバルバルドは前方へ転倒し――その瞬間100ポイント取られてHPが0になっている。
そして、斧で体を分断された筈のミリアは、いつの間にかバルバルドの背後に回ってる……。
「莉佳君、何が起こったか理解できるかい?」
「これは……ミリアというプレイヤーが不正ツールを使って――」
「使っていないんだよ」
間髪入れず答えられた。
「……これが不正ツールじゃないなら、一体何だって……」
「このプレイヤーはね、ミラージュで自分の残像を残しながら、一瞬で四種類の見えないトラップを仕掛けたんだよ」
「え……し、証拠はあるのですか?」
「戦闘ログを表示するから、それで確認できるはずだよ」
戦闘ログを見ると、戦闘開始から1.4秒でミラージュを掛け、そこから0.2秒が経過するまでに、四種類のトラップを仕掛けている。
ミラージュで自身の残像を残して移動してるけれど、トラップを仕掛ける動作は、その残像で上手く隠している。
仕掛けられたトラップは、『戸板落とし』『ツタの括り罠』『バンブーウィップ』『トラバサミ』、この4種。
どれもシーフが使える下級のトラップ。
トラップは、器用さをある程度上げていれば、ステルスにして隠すことができる。
だとしても所詮は下級トラップなので、トップクラスのヴァイキングであれば、防御もそれなりに高い。大したダメージは負わないはずだ。
「莉佳君。AIで解析したスロー映像も出してみるよ」
私はスロー映像に目を凝らす。スローとはいえ瞬きなんて出来そうになかった。
――両手斧を振り下ろしたバルバルドが、トラバサミに足を取られて前のめりになったところに、ツタの括り罠が首に掛かり、上向きに仕掛けられたバンブーウィップの短い矢が胸部に浅く刺さる。
矢は浅いので深手は負っていない。ポイントも2ポイント減っただけ。
そして、戸板落としによる上からの圧力と自分の体重により、括り罠で首吊り状態になったため、反射的にバルバルドの体が反る。
その瞬間――ピーンと張ったツタが、重さに耐えきれずブチンッと切れ――
――勢いの付いたバルバルドが前方に倒れ込む――自重も加わり、浅く刺さっていた矢が一気に心臓まで押し込まれた。
単純な下級トラップだけど、相手の体格と体重、更には勢いまで最大限に利用して、自滅に追い込んでいる。
確かに……不正ツールなんか使っていない。
――神業。それ以外の言葉が見付からなかった。
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