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第38話:おかえり



 ――アスドフが出現させた空間、カオスアリーナ。

 その闘技台で対峙するミリアとアスドフ。


 ミリアの武器は白猫の着ぐるみ防具とにゃん語尾ボイス付き、肉球グローブ型のホワイトキャッツガントレットS。


 対するアスドフの武器は、禍々しい紫のオーラを纏う、刀身2.5メートルの大剣、ヘルシャフトツヴァイヘンダーS。


 アスドフは、深くかぶっていたローブのフードを捲り、ドクロのタトゥーが入ったスキンヘッドと尖った耳の上に生えている螺旋角をあらわにした。


 それを見たミリアは尻尾の毛を逆立て、猫耳まで揺れるほどガクガクと膝を震わせ始めた――。



 ――両者の前に出ていたハンドマークが赤から緑に変わり、カウントダウンが始まる――


 ――3……2……1――

『――FIGHT!』


 ――アスドフの怒号!


「――小娘! その格好はふざけているのか!」

「――ひっにゃん」


「……にゃん? ――小娘! 我が輩を愚弄しているのかっ!」


「――勝手ににゃんって付くんですにゃん! 私はにゃんにゃんて、あ、噛んだにゃん――にゃんなんて言ってないんですにゃん!」


「小娘! ――我が輩への愚弄は万死に値する!」

「ひぃっにゃん!」


 ドッ――

 瞬時に距離を詰めるアスドフ――


 ――ゴッ!


 アスドフの大剣が紫の筋を引きながら振り下ろされる――!


「――あぶっにゃん」


 ――床でコロンと横に一回転し、紙一重で大剣を躱すミリア――まるで猫そのものだ――


 ――ドガッッ! 空を切った大剣が闘技台を叩き――床の破片が飛び散る――。


 ――直後――破片が飛び散る速度を超え――真横に紫の一閃――大剣の切先が弧を描く――。


 ――ズビュン――


 ニャンコというジョブの特性なのか、ミリアは瞬時に空中高くピョーンと跳ねて斬撃をかわした――


 アスドフがニヤリと笑う――。

「――空中に逃げ場など無いわ――小娘がっ!」


 上空にいるミリアの姿を真紅の瞳で捉えたまま、着地する地点で斬り伏せるべく、大きく上体を反らしながら大剣を振り上げる――。


 ――反射的にミリアは上空で身を丸め、特定条件で発動するセミオートスキル『じゃれつく』を発動――ミリアの体が空中でくるりと回転する!


 ――刹那――


 空中で何かがキラリと光る――ミリアは回転しながらセミオートスキル『ネコパンチ』を発動――空中に現れた何かを肉球で弾いた――。


 ――ドッシュゥゥゥンッ!


――アスドフの腹部を貫通した何かが、闘技台の床でカツンッ――硬質な音を立ててコロコロと転がる。


 着地したミリアが言葉を漏らす。

「ガチャカプセルが役に立ったにゃん。あと499発も撃てるにゃん」


 アスドフは何が起こったのか理解できていない――突然視界が揺れ、腹部から背にかけて何かが弾けたような感覚だけが伝わっている――。


 ――だが――着ているローブも、その下に装備している、防御性能に特化したレア防具『アダマントチェーンメイル』にも風穴が開き、背中の筋肉まで持っていかれている――。


 ――体のバランスを崩したアスドフはそのまま片膝を付いた。


「――小娘……何を……」


 ――着地したミリアは刹那――タンッと跳ねるように勢いよく地面で前方回転し、その勢いのまま――空中に出したカプセルに『じゃれつく』――じゃれつくで回転が急加速したところに『ネコパンチ』――。


 肉球はテニスラケットより遥かにバランスの取れたテンション(張力)を保っており、瞬時に衝撃を吸収し――弾丸のように弾く――。


 ――開けるというコマンドを実行しない限り、ガチャカプセルは形状保持のため絶対に壊れない仕様――ミリアは身をもって知っている。


 ――壊れない仕様、即ち絶対硬度――


 ――それはまるでレールガンから発射された50ミリの砲弾――。


 ――ズドッバァァァァンンッッ――!


 ――音速を遥かに超えた二発目のガチャカプセルが――アスドフの胸部を貫いた――。


 観客のいないバトルアリーナに衝撃音が反響し――そこへゴングの音が鳴り響く――


 ――カーンッ! カーンッ! カーンッ! カーンッ!


『――WINNER、ミリア・ルクスフロー!』



 ◇ ◆



 ――1ポイントも取れず撃破されたアスドフ。


 ゲーム開発スタッフたちの間で、おつぼね様と言われている真奈美は、長年の嫉妬を滲ませるようなシワを眉間に寄せ、信じ難いといった表情でその場にぺたりと座り込んだ。


「何で……あのS武器を神が……」


 莉佳はゲーム開発室の最高責任者という権限を行使し、自分が作っていたレッドクリスタルロッドSを、ミリアにドロップするよう仕込んだが、真奈美が作ったホワイトキャッツガントレットSのドロップに関して、何も干渉していない。


 真奈美は、ディザスタークラウンというギルドのマスター『アンナ』に、ホワイトキャッツガントレットSをドロップさせようとしていた。


 真奈美が設定した、ボス級あるいはレアMOBを倒した場合のアンナが、ホワイトキャッツガントレットSをドロップする確立は99.99パーセント。


 極端な偏りはあるが、ほんの僅かでも公平さがなければ、AIが実装を拒否してしまうので、実装の権限が無い真奈美はこの確立にせざるを得なかった。


 アンナ以外の当たり確率は、更にプレイヤー人数で割ることになるので絶望的な確立となる。


 他のプレイヤーに当たるわけがない。これが真奈美の判断ミスだ。


 それを引き当てたのが莉佳の元夫。ガチャの神様であり無敗の王者でもある――ミリア・ルクスフロー。


 元夫の紹介で木場博士から老化抑止治療を受け、二十代半ばの容姿を保っている莉佳は、額が出るよう前髪をヘアピンで止めると赤い縁のメガネを外し、指先でそっと涙を拭った。


「おかえり……奈和」

 小さく呟いた。



 ミリア・ルクスフローというガチャの神を、何者かの指示でオンファイアから追い出そうと画策していた真奈美。


 現在はDNA認証システムのお陰で、個人情報を運営の人間が知る術はない。

 そして、レガシーIDで登録できるのは、本人以外にあり得ない。


 過去の本人の情報を知っているのは、スパークスを運営していた当時のゲーム開発部のチーフ。

 それと、本人に直接接触を図った莉佳以外に居ない。


 ミリア擁護派の先頭に立っていた当時のチーフは、絶対に個人情報を他に漏らすこと無く、定年退職を迎えている。


 莉佳は祐希の出産前から約二年の産休と育児休暇を取っていたので、エイツプレイスの社員なら結婚したことを知っている。


 だが、ガチャの神様と呼ばれているプレイヤー本人との接触は、莉佳が単独で極秘裏に行っており、結婚相手がガチャの神様だと知る者も、ガチャの神様が現在、個人資産で世界の長者番付トップ3に入っている「七浜奈和」だと知る者も居ないのだ。


 奈和の正体を知らない人から見れば、小学生時代から成長がほぼ止まっていて、肌の衰えさえ見えない奈和は子供だ。


 身体に大きなコンプレックスを抱えている奈和は、仕事のミーティングでもAIで作った年齢相応に見えるホログラムを使っていて、家族と親友以外に自分の姿や正体を決して晒さない。



 莉佳は今でもはっきりと覚えている。奈和と初めて会話をした時――そして初めて会った時のことを。


 ◇◆


 十八年前。


 会う約束を交わした通話では大人の声だった。

 嗚咽を漏らしてしまった私を精一杯、優しい口調で宥めてくれた。


 リニアメトロの中野坂上駅。その南口から東西に延びる地下街。

 改札を出て、西へ徒歩10分の小さなカフェ。


 私は手の平のハンドディスプレイスマホで時間を確認。

 ミリア様との待ち合わせ時間の15分前だった。


 右側のカウンター席は空いてるけれど、隣に座るのでは大変失礼なので、対面式のボックス席を確保しておきたい。


 店内には左の壁際にボックス席が3つ。


 手前のボックス席には男性二人が向かい合って座っていて、タブレットシートをテーブルに拡げ、何かの打ち合わせをしているようだ。


 その一つ奥、真ん中のボックス席には、地味な色あいのパーカーを着た少女が座っている。

 染めたわけではなさそうな胡桃色の長い髪を、ゆるい三つ編みでまとめている。


 一番奥のボックス席は初老の女性が三人座っていて、楽しそうにお喋りをしている。会話が弾んでいるようなので、この席は当分空きそうにない。


 私は迷わず真ん中のボックス席の少女に歩み寄って声を掛けた。

「すみません。人と待ち合わせをしているのですが、よければ席を譲って頂けないですか?」


 私と目を合わせた少女は……小学5年生か6年生くらいかな。このあたりの子供って個人差が激しいから年齢がよく分からないけれど、思わず見とれてしまうほど可愛い。


「俺も待ち合わせをしてるんです。ごめんなさい」


 一人称が俺? ……俺っ子って珍しいわね。

 だけど声も凄く可愛いから、有りといえば有りかなと思った。


 奥のボックス席の女性三人組の一人が声をかけてきた。

「私達は買い物帰りに寄っただけだから、よければこの席を使って」


「良いんですか? あ――助かります、有難うございます」


 問いかけた時にはもう立ち上がっていた三人に、私は深く頭を下げた。


 私はカフェの出入り口が見える側に座ると、肩に掛けていたバインダーバッグを隣に置いた。

 中にはミリア様専用にデザインしてもらったコスチュームの原画が十数枚入ってる。


 テーブルの壁際に置かれているメニューパネルに指を伸ばし、ミネラルソーダをタッチした。


 しばらくすると、なにかのマスコットのようなキャリーロイドが、ミネラルソーダがなみなみと入れられたタンブラーグラスを、全くこぼす様子もなく静かに運んできた。


 キャリーロイドは最初にコースターを置き、その上にグラスを置いた。

 当たり前の順序だけれど、なみなみと注がれているので、口から行かないとこぼしてしまいそうだ。


 私は身をかがめて口から行こうとした。唇をつぼめてグラスに……


「ストローは自分で取らなきゃ駄目みたいですよ」


 席を挟んで向かい合わせになっている、真ん中のボックス席の少女がそう声をかけてきた。

 確かにキャリーロイドが付けているエプロンのポケットには、沢山のストローが頭を出している。


 グラスに吸い付こうとした姿を、少女に見られていたかと思うとちょっと恥ずかしかった。


「あ、ありがとう」


 少女にお礼を言ってストローをコップに挿し、一口飲んでから手のひらを見る。


 間もなく待ち合わせの時間だ。


 カフェの出入り口に目をやり、すぐに立ち上がれるよう姿勢を正す……。


 登録している個人データでは、ミリア様の中身は21歳の男性。

 課金額から想像できるのは大富豪のご子息。身なりも相当に良いはずだからすぐに分かると思った。


 ……そのまま5分が経過した。


 それらしい人物は現れない。時間帯も午後2時なので、表の人通りもまばらだ。

 待ち合わせ場所を間違えてしまったのかと思った。


 焦った私は手の平をなぞって通話アプリを起動し、登録していたミリア様の携帯番号へ掛けた。


 人差し指を頬骨に当て、呼び出し音を確認する。


 呼び出し音が聞こえ始めると同時に、前の方で小さな着信音が鳴った。

 どうやら前のボックス席の少女が手首に付けている、ウォッチタイプのスマホで青い光が点滅しているようだ。


「はい、もしもし」

「あ、あの……ミリア様、今どちらにいらっしゃいますか?」


「えっと、待ち合わせのカフェにいますけど」


 応答してきたミリア様の声と、少女の口の動きがリンクしてる――。

 それに声が……前回の通話の声とは違う。


「応答していらっしゃるのはミリア様御本人……ですよね?」


 私を見ていた少女が立ち上がって、こちらの席まで来るとお辞儀をしてきた。


「ごめんなさい。この前は知らない番号だったのでボイスを変えてました。俺はこういう容姿だから、いつも慎重なんです」


 うそ――これで21歳男性――うそぉ……ホント?

 え……この可愛い少女が――


 ――いえ、この可愛い男の娘がミリア様!?


 ◇


 私はミリア様に夢中になった。

 これは決して、私がそういう嗜好を持っているのではなく、いえ、多少はあるかもしれないけれど、


 彼自身が持つ――

 そう、彼自身気付いていない、優しさと包容力に惹かれてしまったの。







「続きが気になる」「面白いかも」と思われましたら、是非ブックマーク登録をお願いします。


※空いた時間を見付けては、頑張って続きを書いております。

投稿間隔は開きますが、どうぞ温かい目で応援のほどよろしくお願いします。

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