クラスのアイドル雅さんは、プールの授業では人魚になるのか
僕は泳げない。
泳げないだけじゃなくて、走るのも球技も苦手だし、更に言えば勉強だって微妙。
だけど、泳げないのが一番ツラい。
みんなが25メートルを颯爽と泳ぎ切ってる中、僕だけが10メートルあたりで、泳ぐアヒルのおもちゃを逆さにしたみたいにジタバタもがいてる。
小学校の6年間はそんなだった。
中学1年生の今年も、きっと同じに違いない。
そんな憂鬱な気持を無視して、今年も夏がやって来る。
『明日の体育はプールだ』なんて死刑宣告にも似た言葉を、独善的な笑みで宣う先生と、それを聞いて大いに沸くクラスメイト達。
僕はどっかのタイミングで、価値観が逆転した異世界に転移してしまったのか?
もしそうなら――早く元の世界に戻りたい。
そこではきっと、斜め前に座る雅さんの美しさは、僕だけしか知らないはずだから。
* * *
プール前のシャワーは最悪だ。
夏になりきれていない、中学デビューに失敗した2組の高嶋みたいな太陽の下じゃ、冷たいシャワーは拷問だ。
ガチガチ震えながらの準備運動。
プールの向こう側には女子達。
僕の妹と大して変わらない、子供っぽい女子達の中で、雅さんの美しさは別次元だった。
すらっと長い手足、引き締まったお腹、ささやかな胸。前髪がキャップの中に隠れたことで、いつもは見えない形のいい眉が顔を出す。
男子達は、そんな雅さんに見惚れている。
僕はといえば、よからぬ感情を振り払おうとブンブン頭を振る。
皆が出席番号順に泳いで行く中、僕は絶望から目を逸らそうと、斜め前のレーンに座る雅さんの背中を見つめた。
彼女は勉強も運動も、クラスでトップだ。
体育の合同授業で、男子をことごとく抜き去る雅さんの走りは、まるでインパラだった。校庭の砂を蹴り上げるしなやかな後ろ姿は、今も僕の目に焼きついている。
水中の彼女は、イルカになるのだろうか。
それとも人魚だろうか。
その勇姿を見たいと思いながら……声も届かないほどに遠く離れていく彼女の世界が、少しだけ悲しい。
ついに雅さんの番だ。
彼女は水面を見つめ、大きく息を吸い込む。
でも次の瞬間――
そこには、逆さまでジタバタもがくアヒルのおもちゃがいた。
長い手足でめちゃくちゃに水面を叩く、溺れた子鹿みたいな雅さんがいた。
誰もが唖然とする。
完全無欠のアイドル雅さんの失態に、皆が言葉を失う。
そんな中、僕だけは何度も頷いた。
『――がんばれ! 雅さん!』
心の中で叫んだその声は、初めて彼女に届きそうな気がした。
高嶺の花だと思ってたあの子に、同じような苦手があるとわかると、なんだか親近感が湧いたりしますよね(*´Д`*)
すっごい美人な同級生だって、同じ人間だし、同じ中学生。自分とは違うって壁を作っているのは、主人公の方なのかもしれません。
ちなみに幕田も泳げません。中学の頃は、プールが近づくと毎年憂鬱でした(^◇^;)