第6話 アタシはしょっちゅう彼女と口移しをしていた……らしい
――時は経過し、ようやく四限目の終わりを伝えるチャイムが鳴り響いた頃。
昼休みの開始と共に、さも当たり前かのようにリリィちゃんが教室に現れた。
「ユリさん! 一緒にお昼にしましょう!」
半ば強引にリリィちゃんに引っ張られ、アタシは同じ階の空き教室へと連れ込まれてしまう。
お決まりのように席を隣同士でくっ付け合い、アタシ達は一緒に昼食を摂り始める。
「いやー、先程はありがとうございました。危うくカラス達の仲間入りになるところで……」
「マジそれね。目の前で凧糸が切れた時はガチでアタシも焦ったわ」
「やはり本来の用途以外での使い方はしない方がいいですね。普通は人形を括り付けた状態で飛ばして、視線が空に誘導されている隙に地上を移動するのが正解ですから」
「いや知らんし」
重いため息を吐きながら、アタシは卵焼きを口に入れる。
うん、やっぱり舌がピリッとする。
「そんなことより、そっちは何か記憶を取り戻す手掛かりとか見付かったの?」
二限目にリリィちゃんを回収した後。
アタシはどうすれば記憶が戻るか、彼女に一緒に考えるようお願いした。
授業の合間の休み時間にはスマホで記憶喪失について調べ、授業中もノートを取りつつ記憶が戻る方法について模索していたのだ。
が、どれだけ調べても、どれだけ考えても、夏休みの頃からの進展は一切なし。
アタシの質問に対し、リリィちゃんも首を横に振って。
「いえ、まだ特には……。ただ記憶喪失について私なりに少し調べてみたのですが、どうやら記憶喪失というのは記憶が失くなるのではなく、正確には思い出せなくなっている……みたいですよ」
「らしーよねー」
それはもう知っている。ただ正直違いがよく分からない。
顔に出ていたのか、リリィはやれやれという表情を浮かべて。
「なので、強い記憶の残っている物を見たり、触ったり、体験したり、そんなちょっとしたきっかけで戻ることが多いんです」
「なーほどなーほど」
「という訳で、早速その検証です」
アタシが適当に頷いていると、リリィちゃんは自分の弁当箱からザンギを取り出し、それをこちらに押し付けようとしてくる。
「うわっ、ちょっ! なんじゃい急に!?」
「だから検証です。私がアーンするので、大人しく口を開けてください」
「それが記憶の戻るきっかけになるかもって?」
「その通りです」
強い記憶の残っている体験の再現。
つまり、アタシは過去にもこうやってリリィちゃんにアーンをしてもらったことがあるってことか。
別にそれをするのはいいんだけど……。
「どうしました?」
「いや、他の人達の視線が気になるっていうかー……」
当然、この空き教室を利用しているのはアタシ達だけじゃない。
アタシ達同様に、ここで昼食を摂ろうとするグループが少しずつ増えてきているのだ。
「いいじゃないですか。これまでにも何度かやっていますし」
「アタシにとっちゃ初めてみたいなもんなの!」
「でもそんな調子じゃ事態は一向に好転しませんよ。ほら、アーン」
頬を真っ赤にするアタシの反論を一切受け付けず、リリィちゃんの箸はどんどんアタシの口元に迫っていく。
「あーんもう! 分かった。分かったってば!」
アタシは意を決し、その箸に摘まれたザンギに思いっきりかぶりついた。
衣は冷めてサクサクとまではいかないものの、少し濃いめの味付けと醤油の風味が口いっぱいに広がっていく。
「どうですか?」
「……美味しい」
「よかったです。その感想が聞けただけで、早起きして作った甲斐がありました」
安心したように笑顔でそう呟くリリィちゃん。
正直横目で見るのが限界で、まともに彼女と目を合わせられない。
なんでだろ……、スミレちゃんにも何度か同じことやられた筈なのに、沢山の人に見られてるせいかめっちゃ恥ずい……。
「で、どうです? 何か思い出せそうですか?」
「うーん、正直なんとも……」
「刺激が足りないのでしょうか。仕方ありません。では今度は口移しでやってみましょう」
「く、くくく口移しいいい!!!???」
予想外の単語がリリィちゃんの口から飛び出し、アタシは驚きのあまり席を立ってしまう。
咄嗟に叫んでしまったせいで、あえて目を逸らしてくれていた生徒までもがこちらに注目している。
「いやいやいや、流石にそれはダメっしょ!」
「ですが、これもユリさんの記憶を取り戻す為です」
「ってことは前にも何度か経験してるって? いくらなんでもやり過ぎだから! アタシってそんなふしだらな子だったの!?」
「さあ、早くこちらに。大丈夫です、優しくしてあげますから」
「なに鼻息荒くして目一杯手ェ広げてんの! 絶対、絶ェェェッッッ対にイヤだからね! 他の人達だって見てるんだし!」
「いいじゃないですか。むしろ見せ付けてやりましょう」
「あっ、ちょ、待っ……!」
遂に痺れを切らしたのか、アタシが逃げられないようリリィちゃんは肩を掴みに掛かり、口にザンギを咥えたままこちらに顔を近付けてきた。
衣の油が付着し、唇が僅かに照りついている。
ヤダッ、ちょっといやらし……じゃない!
なんでこの状況でも興奮してんのアタシ!
流石に自制心が勝り、アタシはリリィちゃんの肩を掴み無理矢理突き放そうと試みる。
「ろうひて抵抗ふるんれふか?」
「そっちこそ、なに不思議〜みたいな顔してんの!」
結局その後はもみくちゃになり、アタシは大事な物を守り切ることで昼休みの終わりを迎えるのだった。