第5話 アタシの彼女は空を飛べる……らしい
――二限目。
授業開始のチャイムが鳴る前に、アタシのクラスは教室からグラウンドへと場所を移していた。
服装も制服からジャージへと変わっており、体育係の指示に従い全員で準備運動に励んでいる。
「んあ〜〜、やっぱ体を動かすってのはいいもんだね〜」
運動は好きだ。
余計なことを考えなくていいし、沈んでた気持ちが少しずつ晴れやかになる。
記憶喪失から目覚めたばかりの頃もしばらく寝たきりの状態が続いたけど、気晴らしに外へランニングに行ったら五時間はぶっ通しで走ってたっけ。
でも不思議と全く息は切れてなかったんだよなー。
前のアタシって、実は結構体力あったのかも。
「灰園さん、体柔らかーい!」
「おっと、ダメだよ。そんなにアタシのパイオツをジロジロ見ちゃ。観賞料は1秒5万円で」
背中を反らす運動で、横から見ると150度近く上体を曲げていたアタシに周囲のクラスメイトが驚きと称賛の声を上げる。
うーん、もっとイケるかな。これ以上は多分ホラーになるから止めとくけど。
準備運動が終わると、教師の指示に従いアタシ達のクラスは男女で分かれた。
男子はサッカー、女子はソフトボールとなり、アタシ達は野球部用のグラウンドへと移動する。
軽くキャッチボールを挟むと、アタシ達は二チームに分かれ、早速試合を行った。
「おっしゃー! バッチこーい!」
センターの守備に就いたアタシはグローブを左手に装備し、両手を大きく広げながら存在をアピールする。
すると早速『カキーン』という打球音が空に響き、相手バッターの打球はこちらへと向かってきた。
風の影響もあり、打球がショートとセンターの間へと落ちようとした時。
アタシはスライディングと同時にグローブを構え、さながらWBCのヌードバーのようなファインプレーを披露した。
「ナイスキャッチ、灰園さん!」
「凄ーい! よく捕れたねー!」
「フフン、もっと褒めてちょ」
これよこれ!
やっぱ学校生活ってのはこうでないと!
女子の黄色い声援に浸りつつ、順調に3アウトを取った後。
攻守が交代し、アタシはヘルメットを被りバットを握った状態でバッターボックスへと向かった。
「アタシのバットが火を吹くぜ!」
バットの先を空に指し、予告ホームランを見せ付ける。
打席は右のバッターボックス。バットを短く持ち、相手チームの投手が投げるのをジッと待った。
それから僅か数秒後。ピッチャーが投げたボールをタイミングバッチリにバットの真芯で捉え、甲高い打球音が空に響くと同時に打球は綺麗なアーチを描いた。
左中間を貫くホームラン性の打球。
アタシはベンチにガッツポーズを披露し、確信歩きをしようとした……その時だった。
捕られてしまった。
アタシの放った打球は、いとも簡単にグローブの中へと吸収されてしまったのだ。
しかも空中で。
更に言えば……、
「ユーリさーーーーーん! やりましたよー! ほら、見てください。ちゃんとボール入ってまーす!」
ハンググライダーくらいはあろうバカでっかい凧に張り付きながら、空を飛んでいるリリィちゃんに。
……って、なにやってんのあの子!?
「ちょっとリリィちゃん! なにしてんの? ってか、本当になにしてんの!?」
「すみませーん! 我慢出来なくなっちゃってー!」
我慢出来なくって……。
ハア、もうなんかツッコむのも疲れてきちゃったよ。
情報量多過ぎなんだよ。これ絶対皆も動揺して……。
「相変わらずねあの子」
「ねー。灰園さんも大変だねー」
うっっっそでしょ。
全員リアクション通常運転なんだけど。
相変わらずって、普段からあんな感じなのあの子?
そんでいつもアレの横に居たアタシって、マジで皆からどんな目で見られてたの?
疑問だけが積み重なっていき、アタシの脳内はもうパンク寸前になってしまう。
「ユリさーん!」
「なにー……?」
「降ろしてくださーい!」
「自分で降りれんのかい。ってかどうやって空飛んでんのさ。どっからその凧持ってきたのさ」