第4話 アタシは彼女に裏切られた……らしい
――一限目。
「早速だが、今から抜き打ちテストをすんぞー」
「「「「えーー!?」」」」
蓮葉先生の宣言により、教室が一瞬にして悲鳴とバッシングで溢れ返った。
ちなみに、さっきの「えーー!?」にはアタシの声も含まれている。
「ふざけるなー! テストなんて聞いてないぞー!」
「こちとら数式なんてとっくに全部忘れてんだぞー!」
「そうだそうだー! 夏の汗と一緒に覚えた英単語も全部流れちゃいましたー!」
多分だけどこのクラス、結構バカ多いな。
まあ、アタシも記憶と一緒に授業の内容ほとんど抜け落ちてんだけど。
およそ40人の阿鼻叫喚するクラスメイトに混ざってアタシもブーイングしていると、蓮葉先生が「静まれ」とばかりに手を叩いて。
「ったりまえだろー。お前らもう高二だぞー。今から勉強を習慣付けとかないと、後で辛くなんのはお前らなんだからなー。夏休み中もちゃんと勉強してきたかどうか、今日はそれのチェックだ」
成程ね、確かにごもっともだわ。
ドチャクソありがた迷惑だけど。
アタシ達がどうこう言ったところで蓮葉先生の意思が覆ることもなく、その一枚のプリントは無慈悲にアタシ達の手元へと渡っていく。
「うーっし、んじゃ開始ー」
先生の合図と同時にアタシ達は一斉に名前を記入欄に書き、シャーペンの走る音だけが教室を覆い尽くした。
あれ? さっきまでブーイングの嵐だったけど、実は皆ちゃんと勉強してきてる?
数式忘れちゃったとか、汗と一緒に英単語が云々かんぬんってのは全部嘘だったの!?
一瞬動揺を顕にするも、アタシも負けてられないと思い、早速最初の問題文に目を通して……。通……して……。
…………うん! ちっとも分かんないや!
なに? なんで数学に英単語が出てきてんの?
なにこの丸っこいX? なにこの丸っこいY?
sin45度……、斜め45度の罪ってどーゆー意味?
最早呪文にしか見えない数字と文字の羅列を目の前に固まっていると。
「コンコン」
何やら窓の方からノックのような軽い音が聞こえてくる。
「コンコン」
いやいや、気のせいでしょ。
だってここ三階だし。一体誰がどうやって窓をノックするっていうのさ。
さっ、気を取り直してなんとかこの問題を……。
「コンコン」
だあーー! もーうっさいな!
一体なに? 誰のイタズラ?
問題が解けないことへのストレスもあり、イライラが募っていたアタシは睨むような目付きで窓の方を見ると……。
『あっ、こっち見た! ユリさーん!』
なんか居た。
見覚えのある金髪碧眼の美少女が、窓の外で逆さまになりながら浮かんでいた。
左手には彼女のセリフと思われる文字の書かれたスケッチブックと油性ペンが握られており、空いた右手を元気よくこちらに振っている。
……って、なんでリリィちゃんがあんなとこに居んの!?
衝撃のあまりつい反応が遅れてしまったが、この異様な状況を理解しようと、アタシはテストのプリントを裏返し慌てて白紙に文字を書く。
『何してんのそんなとこで!?』
『ユリさんがちゃんと授業を受けているか、気になっちゃいまして。テヘッ』
返事をスケブに書いた後、わざとらしく舌を出しながら頭をコツンと叩くリリィちゃん。
『テヘッ、じゃないから! 落ちたら危ないでしょ! ってかどうやって宙に浮いてんの?』
『浮いてるのではなく、宙吊りになっているだけですよ』
宙吊り?
そう言われてよく見てみると、確かに足先から釣り糸のような物が伸びている。
もしかして、こんな細い糸一本だけでこの体勢のままここまで来たっていうの?
この子人間じゃないでしょ。
『とにかく教室に戻りな! そっから落ちたら100%死んじゃうよ!』
『ご安心を、この程度の高さなら余裕で着地出来ますので。ところでユリさん、苦戦しているようですが大丈夫ですか? もしよろしければ、私も微力ながらお手伝い致しますが』
ここにきてまさかの助け舟。
お手伝いって、問題見せれば代わりに解いてくれんのかな。
『確かに苦戦してはいるけど……。これ二年生のテストだよ。一年生のリリィちゃんが解ける訳……』
『見くびってもらっては困りますねー。一学期の頃はちょくちょくこうしてユリさんの勉強している姿を覗いていたので、二年生の授業ならちゃんと頭に入ってます。なので、お力になれること間違いなしです!』
『いや自分の授業ちゃんと受けなよ。絶対先生、キミが急に居なくなって焦ってるでしょ』
『ご心配なく。ちゃんと変わり身は置いてきていますので』
なんだよ変わり身って。丸太でも椅子に座らせてんの?
とはいえ、それなら確かに心強いかも。
アタシはその言葉を信じ、リリィちゃんにプリントの表面を見せる。
しばらくリリィちゃんは黙々とその内容を確認し……。
って、あれ? 気のせいかな?
なんか少しずつリリィちゃんの体が上昇しているような……。
『ユリさん』
『なに?』
『私、心を入れ替えました。ユリさんに言われた通り、ちゃんと自分の授業を受けに戻ろうと思います』
コイツ逃げやがった!
『ちょっと!? なに逃げる理由アタシに擦り付けて帰ろうとしてんの! 解けないなら解けないって言えばいいじゃん!』
『大丈夫です、ユリさんなら私が居なくてもきっとやっていけます。私は、ユリさんを信じています』
『それっぽい言葉で片付けないで! ああちょ、リリィちゃん!?』
行ってしまった……。
突然窓の外に現れたかと思えば、期待だけさせて特になにもせずに帰っていってしまった。
なんだろう、この無駄に裏切られた感は……。
って、がっかりしてる場合じゃない!
早くこのテストを解いて……。
「キーンコーンカーンコーン」
無慈悲な終鈴が学校中に響き渡る。
「はい止め止めー。テスト回収すんぞー」
「やっば……」
蓮葉先生の指示が聞こえた直後、教室のあちこちからプリントが移動し重なる音が耳に入ってくる。
前に座るクラスメイトが、早く寄越せと言わんばかりの視線を向けている。
アタシは無言で表面は白紙、裏面は何度も消しゴムで擦った後と最後に書かれた自分のセリフが載ったプリントを渡すと、それは続々と前の生徒の手に渡り、遂に蓮葉先生のもとへと辿り着いてしまった。
「終わった……」
間違いなく0点……、いや−100点を叩き付けられてもおかしくない。
全身から一気に力が抜け、アタシは重力に従うように机に突っ伏した。
「あぁぁぁ萎えるぅ〜……。なえぽよピーナッツぅ〜……」
ちなみにこの直後、リリィちゃんから『テストはどうでしたか?』というラインが送られたが、アタシは文字を打たず中指のスタンプを一個だけ返した。