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プロローグ もう、彼女は覚えていない
初めて手を繋いだ時の温もりを覚えている。
緊張のせいで手汗が酷く、何度も何度もスカートの裾で拭き続け。まだ湿り気が気になりつつも勇気を出して繋いでみると、触れた掌は少し湿っていて、
『ああ、この人も緊張してたんだな』
と、安心感を抱いた記憶がある。
初めてキスをした時の感触を覚えている。
少しずつ、ほんの少しずつ近付いてくる彼女の顔。一旦リップをしたいとお願いすべきか迷っている内に唇が当たり、あまりの柔らかさに衝撃を受けつつ、僅かに流れ込んでくる彼女の吐息に体が一体感を覚え。離れた瞬間に、
『ああ、やっぱりリップをしとくんだった』
と、少し後悔した記憶がある。
他にも、初めて彼女の体を抱きしめた時の温もりも、初めて一緒にデートに行った時の喜びも、初めて彼女に『好き』と言ってもらった時の感動も。
全部、全部私は覚えている。
だけど、彼女はもうそれを覚えていない。
「キミ……誰?」
もう、覚えていないのだ。